- HOME
- 刊行物のご案内
- 心理学ワールド
- 110号 ロスとグリーフ――うしなうことの心理学
- 企業の研究部門で心理学を強みに
企業の研究部門で心理学を強みに
平尾 直靖(ひらお なおやす)
Profile─平尾 直靖
三菱電機を経て1997年に資生堂入社。東京薬科大学非常勤講師を兼任。文学修士(関西学院大学)。専門は生理心理学。著書に『価値を生む心理学』(分担執筆,新曜社)など。

美容と化粧を生業とする資生堂で仕事を始めてから28年余り,キャリアの大半はR&D(研究開発)部門で仕事をしてきました。
R&D部門では基礎研究の成果を活かした製品を開発します。その後,工場で製品を生産し,営業や店頭のスタッフの手でお客さまに届けられます。安心・安全な原料調達を図り,世界各国の法規を注視し,広告や広報活動を通じて魅力を伝え,従業員のキャリアや健康状態への配慮をするなど,さまざまな部署で多くの担当者が協力しあい,私たちは化粧品を生み出しています。
そんな中,心理学会に在籍されている多くのみなさまと同じく,大学で心理学を学んだ私にも担える役割があり,化粧・美容の心理学的な基礎研究,製品が肌だけでなく心に働きかけることを示す情報の開発・コミュニケーションに取り組みました。実験や調査,学会発表,論文や書籍の執筆,特許申請,研究成果の製品やサービスへの活用,広報活動を通じた情報発信といった企業の研究員としての業務です。そして,現在はR&D部門の戦略立案や組織運用を担う部署に在籍しています。
みなさんは,心理学を勉強して役に立ったと思いますか? 役に立つと信じて勉強をされていますか?
● 化粧品の企画にはお客さまの好みや市場トレンドの理解が必要。アンケートやインタビューの実施・解析を専門的に学んだ人だから任せられる業務があります。
● 試作品ができたら客観的な評価が必要です。香りや触感の良し悪し,心身への生理心理的な作用も含めた評価技術を身につけた人にしかできない仕事があります。
● 化粧品に愛着を感じてもらいたい。でもどうしたら……。そんなお客さまの心の働きを科学的な知見をもとに説明できる人なら,改善の糸口を見いだせるかもしれない。
● 化粧品は嗜好品。高級感の大切さを論理的・実証的に示せる人がいれば,コストや安全性が最優先の製造担当者との平行線の議論も前に進められるのに。
いかがですか? こんな風に想像してみたら,研究部門に在籍していればもちろん,異なるポジションであっても,心理学の知識を活かせそうな気がしませんか?
私は大学で生理心理学を学び,科学の方法を身につけました。心理学の専門性だけでなく,化粧品事業の多様な側面を学ぶ機会を得て,キャリアを重ねることができました。もちろん,私が歩んできた道と,他の方が歩む道は違います。でももし,誰もが企業の中での心理学のポテンシャルに100%の確信を持てるなら,多くの人がそれを目指し,とんでもない競争になりますよね?
「自分の力を信じても,信頼に足る仲間の選択を信じても……結果は誰にもわからなかった……」「悔いが残らないほうを自分で選べ」
これは諫山創(いさやま はじめ)先生の「進撃の巨人」(週刊少年マガジンコミックス)からの引用で,リヴァイ兵長が主人公のエレンにかけた言葉です。
キャリアを振り返っても,自分の選択が正しかったのかはわかりません。一生懸命取り組んだ後に残った軌跡が本当に価値あるものだったのかも確信はありません。ただ,心理学を活かして情緒価値にあふれた商品を生み出す仕事には,成功が約束された道はなく,リスクを取ってチャンスを与え支えてくれる周囲に感謝しながら,自分にできる努力を続けることが最善手だと思っています。
PDFをダウンロード
1