公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

心理学ライフ

海洋での心理学を考える

吉村 直人
立命館大学OIC総合研究機構 専門研究員/日本学術振興会特別研究員PD

吉村 直人(よしむら なおと)

Profile─吉村 直人
九州大学大学院人間環境学府行動システム専攻心理学コース博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は認知心理学。

大学生のとき,スキューバダイビングサークルに入ったことで,見事に海の世界に魅了されました。活動を通して,ますます海の世界にのめり込み,夏休みには八丈島のダイビングショップで丁稚奉公するなど,貴重な経験を積むことができました。そんな中,潜水に臨むヒトを観察していると,心理学的にも興味深い気づきがありました。普段は落ち着いた人が水中では途端に周囲が見えなくなり,冷静に潜っているように見える人も実はパニックだったなど…。水中では想像以上に心のうちでさまざまなことが起きているようです(もちろん,私自身も同様)。そんなきっかけから,いつか海をテーマに心理学研究がしたいと,さまざまな取り組みを始めました。今回はそんな活動を語らせてください。

水中心理学,始めました

まずは「水中で心理学実験をやるぞ!」と意気込んだものの,どんなデザインや手続きで実践できるのか,細かなノウハウは先行研究には記載がなく,どうすればうまくいくのか全く想像もつきませんでした。そこでまずは大学時代の友人に協力してもらい,潜水プールで典型的な行動実験を試してみることにしました(図1)。

図1 水中で実験課題に取り組む様子
図1 水中で実験課題に取り組む様子

耐水性能という観点から,装置にはボタンなどの入力装置がないものが適しているため,防水フレームに収納された専用のタブレット端末を使用しました。実験課題には,視覚探索と持続処理課題を選びました。いざ実践してみると,呼吸の泡が視界を遮ってしまうことや,タッチパネルでの触覚的なフィードバックの問題など,予想外の問題が見えてきました。水中環境がいかに一筋縄ではいかないかを痛感し,現在はこれらの問題を踏まえて実験デザインの調整を進めています。なお,友人たちは課題をクソゲーみたいだと楽しんでくれていました。悪い意味ではありません(笑)。

海洋フィールドワーカーへの興味

ひょんなことから,九州大学の山田祐樹先生[1]を通じて,JAMSTEC主任研究員の川口慎介[2]さん率いる有人潜水調査船しんかい6500による深海調査航海に同行させてもらえることになりました。海洋フィールドワーカーたちは,社会から隔絶した船上で作業をしています。そんな特殊な経験を積んでいる彼ら彼女らに同行し,心理学的な調査を行いました(図2・図3)。

図2 しんかい6500の潜航風景
図2 しんかい6500の潜航風景
図3 採取した海洋生物の標本を記録・撮影
図3 採取した海洋生物の標本を記録・撮影

8泊9日にわたる船上生活を共に過ごし,調査活動を見学させてもらいました。調査の合間には質問紙調査を実施し,さらに,しんかい6500の操縦士にはインタビューや,研究者には潜水艇内でタブレットを使った行動実験をお願いしました。それらの成果については紙幅の都合で割愛しますが,特に印象的だったのは,居住スペースと研究スペースがほとんど地続きで,屋外と屋内の境界が曖昧になっている点です。調査船という空間は,まさにそれ自体が不思議で独特な場だと感じました。そして,そんな状況に適応して活動するフィールドワーカーたちに心理学者としての関心がいっそう高まりました。

趣味から生まれたような研究活動ですが,潜水経験や海洋フィールドワークなど,一般の人々には想像もつかないような経験が,当事者たちの心に何らかの影響を与えているように感じます。これからの研究活動では,それが何なのかに迫って行きたいです。

文献

PDFをダウンロード

1