公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

こころの測り方

オンラインで心理学実験

小林 正法
山形大学人文社会科学部 准教授

小林 正法(こばやし まさのり)

Profile─小林 正法
博士(学術)。2019年より現職。専門は認知心理学。著書に『認知臨床心理学:認知行動アプローチの展開と実践』(分担執筆,東京大学出版会)など。

海外ではインターネットを使った実験(オンライン実験)をしているらしいと聞いたのは2014年頃でした。当時,心理学実験といえば,暗室に代表される統制された環境で実施されるものが一般的でした。そのため,筆者は「オンライン実験なんて大丈夫なのかな?」と最初は感じました。しかし,その頃から徐々にオンライン実験を用いた論文が発表されるようになってきました。そこで所属研究室で新しい手法に興味を持つ有志ではじめてオンライン実験に挑戦してみました(この実験は失敗しました)。このように筆者は最初からオンライン実験が研究に利用できる手法だとは考えていませんでしたが,さまざまなオンライン実験を実施する中でメリット・デメリットを理解できました。コロナ禍以降,オンライン実験の利用が増加しているため,オンライン実験をご存じの方も多いとは思いますが,本稿で,あらためてオンライン実験について簡単に紹介します。実際にオンライン実験を体験したい方はキソジオンライン[1]やlab.jsデモ集[2](筆者作)を試してみてください。体験後に続きを読んでいただくと,より理解しやすいかもしれません。

オンライン実験の実施方法・利点

オンライン実験の代表的な実施方法の一つはインターネットブラウザ上でJavaScriptベースの実験プログラムを動作させることです。オンライン実験プログラムを作成する方法としてjsPsych[3],lab.js[4],PsychoPy[5]などが活用されています。lab.jsやPsychoPyではGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を用いたBuilderも提供されており,簡単な実験であればプログラミングなしで作成できます。作成した実験プログラムをサーバーやOpen lab[6]などのオンライン実験用プラットフォームにアップロードすることでオンラインでの実験の実施とデータ収集を行うことができます。参加者にはオンライン実験用のURLを伝えることで実験に参加してもらえます。

オンライン実験の利点の一つは,参加者を集めやすいことです。対面実験では参加者を実験室に招き,人数分のパソコンを用意する必要がありました。一方,オンライン実験では,インターネットブラウザが使えるパソコンさえあれば,好きな時間・場所で実験に参加可能です。そのため,より多くの参加者を集めやすくなります。さらに,クラウドソーシングを利用すれば,短時間で大規模なデータ収集も可能です。クラウドソーシングとは,インターネットを介して仕事を依頼・受注できるサービスです。このサービスに登録している人に対し,謝金を支払う形で実験参加を依頼すると,効率的に参加者を募集できます。例えば,100人程度の参加者であれば,クラウドソーシングを利用すると半日ほどでデータ収集が終わります。筆者が過去に1000人規模のオンライン実験を行った時でも,4日ほどでデータ収集が終わりました。

オンライン実験は信用できるのか?

ここまで読んだ方の多くは,「オンライン実験で得られたデータは信用できるのか?」という疑問を持たれているかもしれません。この疑問には複数の側面があるため,それぞれ検討してみます。なお,先に結論から述べると,オンライン実験はある程度は信用できるといえます。

まず,実験者が意図した通りに刺激呈示や反応取得ができているのかという,実験プログラムの精度に関する疑問が挙げられます。この疑問を調べた研究[7]によれば,反応取得と視覚呈示に関しては,多くの環境でズレは10ミリ秒(10ms)以内とされています。ただし,閾下呈示などの短時間の視覚呈示が必要な場合は遅延する場合があります。また,OS,ブラウザ,実験プログラムなどの組み合わせによって精度は変わります。実験プログラムによって異なりますが,WindowsではGoogle ChromeやFirefox,MacではSafariやGoogle Chromeが多くの環境で精度が高いことが示されています。一方で,環境によらず,視覚刺激と聴覚刺激の同期精度はあまり高くないとされています。

次に,参加者が実験者の意図通りに(真面目に)実験を行うのかという疑問も考えられます。この点については,対面実験で観察されたさまざまな心理現象・効果が,オンライン実験でも再現されるのかが検証されています。例えば,ストループ効果や心的回転などの古典的な心理現象・効果については,オンライン実験でも再現されています[8]。同様の検討を筆者はスマートフォンによるオンライン実験でも行い(図1),ストループ効果,フランカー効果,心的回転,処理水準効果などの現象・効果は,再現しています。参加者が十分に教示を読んでくれているのかという点に関しては,IMC(instructional manipulation check)という参加者が教示を十分に読んでいるかどうかを検出する方法も提案されています[9]。例えば,長い教示文の後半で特定の選択肢を選ぶよう指示し,その選択が実際に行われているかを確認する手続きなどが用いられます。ただ,クラウドソーシングの登録者はIMCを経験することが多いため,(見かけ上の)IMC突破率が高く,教示を十分に理解しているのかの指標としてはあまり活用できないかもしれません。

図1 スマートフォンを用いた実験課題(心的回転課題)の例
図1 スマートフォンを用いた実験課題(心的回転課題)の例

オンライン実験の注意点

オンライン実験は対面実験と比べて参加者を集めやすいため,気軽にさまざまな実験を実施できますが,決して万能ではありません。ここでは,オンライン実験の注意点を紹介していきます。

まず,教示に注意が必要です。対面実験であれば,教示が多少分かりにくくても,実験者が口頭で補足したり,参加者の質問に直接答えたりすることができます。しかし,オンライン実験では,参加者が単独で理解できる教示を作成しなければなりません。心理学実験に参加したことがない人もいるため,「注視点」などの専門用語が伝わらない可能性があります。できるだけ図などを活用し,分かりやすい教示を作成することが重要です。

また,オンライン実験では,実験者が参加者の状況を直接観察できないため,実験中に発生した問題を把握しづらいという限界もあります。実験プログラムのエラーに加えて,実験中に電話が鳴るなどの外部要因による問題が起きる可能性があります。オンライン実験では参加者に問題の発生を報告してもらわなければ,実験者は問題の存在自体に気づきません。そのため,問題の有無などを報告してもらうことなどが重要です。

倫理的な問題にも十分な配慮が求められます。人を対象としたデータ収集を行う研究では,多くの機関で倫理審査が必須とされています。オンライン実験では,不特定多数の参加が可能であるため,実験によって特定の対象に対してネガティブな偏見やネガティブな印象を与えないように注意しなければなりません。また,参加者にネガティブな影響が生じる可能性がある場合は,それを和らげる対策も必要です。例えば,ネガティブな単語を呈示する実験では,主要な部分が終わった後にポジティブな画像を呈示し,気分の改善を図るといった配慮が考えられます。さらに,オンライン実験ではデータがサーバー上に保存されるため,個人情報の保護やデータ管理にも十分な注意が必要です。

まとめ

本稿ではオンライン実験の実施方法や特徴を紹介しました。オンライン実験という新しい手法があれば,今後は対面実験は不要だと考える方もいるかもしれません。しかしながら,統制された環境での対面実験を実施できなければ,環境が統制しにくいオンライン実験を適切に実施することは困難です。そのため,オンライン実験が台頭し始めた現在においても,対面実験を用いた心理学実験実習の授業は重要な役割を担っていると筆者は考えています。

文献

PDFをダウンロード

1