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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

地球規模の環境問題に対する心理学からのアプローチ

糸井 風音
筑波大学理工情報生命学術院システム情報工学研究群社会工学学位プログラム博士後期課程2年

糸井 風音(いとい かざね)

Profile─糸井 風音
修士(持続環境科学)。専門は環境心理学・環境配慮行動。筆頭論文にRelevance of faith and its positive associations with plastic pollution mitigation behaviors: Findings from Japan and Malaysia. J Environ Inf Sci, 2024(1), 23–34, 2024など。

環境問題と心理学

気候変動は,人類が直面する重要な課題のひとつである。読者の方々にとっても,豪雨災害や夏の猛暑など,日常生活の中でその影響を実感する機会が増えているのではないだろうか。こうした環境問題への取り組みには,自然科学の知見に加え,人々の意識や行動を理解する心理学的な視点が求められる。なぜならば,科学的な事実が明らかでも,人々がその解決に向けた行動を実際にするかどうかは,多様な心理的要因に左右されるからである[1]

環境心理学は,人と環境の相互作用に注目し,人々にとってより良い空間の設計から,自然環境と人間との関係改善を扱う領域として発展してきた[2]。なかでも,自然環境の維持や保全のためのごみ減量,リサイクル,節電・節水などの環境配慮行動については,行動に至る心理過程を解明する研究蓄積をもとに実践的な介入も行われている。これらの行動は,自然環境の汚染,資源問題など,その原因と対策の効果が人々にとって比較的わかりやすい問題に対応している。

気候変動に対するアプローチ

一方で,気候変動は,原因と結果の関係が複雑で,問題の全体像を直感的に捉えることが難しい。また,責任が個人や特定の集団ではなく社会全体に分散しているため,人々に行動を促すには多様な意思決定の過程を理解する必要がある。気候変動は1980年代には深刻な問題として広く認識され,現在は温暖化の進行とその原因が人類の活動にあることが科学的根拠とともに示されている[3]。しかし,「気候変動は,本当なのか?」「自分の生活に影響があるのか」といった疑問を抱く人は少なくない。こうした受け止め方の違いを説明するため,スペンス[4]らは「気候変動の心理的距離(psychological distance of climate change)」という考え方を示した。心理的距離とは,ある出来事を自分からどれだけ近いか/遠いかと感じる程度を指す。「遠い将来の話で,自分が生きているうちはあまり影響がない」と感じる場合,心理的距離は大きいといえる。危機の認識は場所や経済状況などさまざまな要因によって異なり,効果的な対策を進めるには,人々の認識の差とその背景を解き明かすことが出発点であり,心理的距離はその手がかりとして研究が進められている[5]

課題と今後の展望

このように,気候変動に関する研究が進められているが,既存の研究成果は欧州や北米など西洋文化圏のものが多く,そのほかの地域を対象とする知見は限られている。環境保全を目指す上では,普遍的な心理を探ることに加えて,地域ごとの価値観や文化を無視することはできない。例えば,プラスチックごみ削減行動に関する日本・マレーシア比較研究[6]では,信仰や文化にもとづく環境観が行動に影響していることが示された。こうした文化や社会的背景は,環境配慮行動の理解と促進において無視できず,気候変動のような抽象的で複雑な課題に取り組む上でも重要であると考えられる。今後の研究では,主要な理論とあわせて,文化的背景に根ざした多様な価値観や行動様式にも目を向けていく必要があるだろう。多様性を反映した知見を積み重ねていくためにも,まずは日本やアジアからの研究成果をより発信していくことが大切だと感じている。人と自然環境の関係をいかに捉え,維持・再構築していくかを探る探究は,これまで人々の環境意識・行動の向上や環境負荷低減に貢献してきた。気候変動問題においても,対策へ結びつける難しさに向き合いながら,果たしうる,そして果たすべき役割は大きいと考える。心理学は,人々に気候変動への適切な認識と行動を促し,持続可能な社会を実現するために重要な役割を果たしていくと信じて,これからも研究を続けていきたい。

文献

  • 1.Steg, L. (2023) Annu Rev Psychol, 74, 391–421.
  • 2.ギフォード, R/羽生和紀・槙究・村松陸雄監訳 (2005) 環境心理学:原論と実践(上).北大路書房
  • 3.デスラー, A. E./神沢博・石本美智訳 (2023) 現代気候変動入門:地球温暖化のメカニズムから政策まで.名古屋大学出版会
  • 4. Spence, A. et al. (2012) Risk Anal, 32, 957–972.
  • 5. Brügger, A. et al. (2015) Nat Clim Chang, 5, 1031–1037.
  • 6.Itoi, K. et al. (2024) J Environ Inf Sci, 2024(1), 23–34.

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