一冊の本との出会い
安藤 清志(あんどう きよし)
社会心理学に関心をもつようになったのは大学院に入ってからでしたが,それ以来,自分でやりたいテーマで研究するというより,人から頼まれたり,たまたま経験した出来事によって当分の「仕事」が方向づけられることが多かったように思います。そのひとつに,ある本との出会いがありました。
40年近く前の話ですが,たまたま洋書の新刊リストを眺めていたとき“Influence: Science and practice”というタイトルが目にとまりました。著者は米国の社会心理学者ロバート・チャルディーニ。とくに強い関心がある領域ではありませんでしたが,紹介文を読んでみて,説得される側の視点から書かれていることに新鮮さを感じました。早速原書を取り寄せてみると,各章に「防衛法」という節が設けられ,説得から身を守る方法が伝授されていました。これはおもしろい,ということで社会行動研究会のメンバーを誘って訳出,2年後に『影響力の武器』(誠信書房)という書名で出版することができました。
原書の副題が「科学と実践」となっていることからもわかるように,チャルディーニは科学としての心理学を重視しつつ実践の場に関わることに強い「こだわり」をもっています。翻訳を通じて彼の業績を詳しく知るようになって,私自身,こうした考え方の影響を受けていたようです。若い頃は「実験室実験」を行うことが多く,被験者として実験室に来てくれた大学生しか見ていなかったように思いますが,この頃から,社会の出来事にようやく目を向けるようになりました。何年か後,友人の弁護士から航空機事故の犠牲者遺族の調査に協力を求められ,悩んだ末にイエスと回答したのも,こうした自分自身の変化とおそらく無関係ではありません。この調査の一環として,事故で大切な家族を喪った人たちに話を伺った経験は,その後,被害者や被災者と社会との関わりについて社会心理学の視点から関心を向けるきっかけとなりました。
かつてG・A・ミラーが講演で用いた“give psychology away”(心理学の知見を広く社会に提供する)という有名な表現を今でもときどき目にしますが,私が大学院生だった頃に比べると,日本の心理学界は心理学の知識を人々の生活や社会の向上に役立てようとする姿勢が明確になっていると思います。今後も,こうした流れは加速されていくことでしょう。私も,新たな出会いを楽しみにしながら,もう少しお手伝いができればと考えています。
Profile─安藤 清志
1979年,東京大学大学院人文科学研究科心理学専門課程博士課程単位取得退学。1979年,東京大学教養学部心理学教室助手,1983年,東京女子大学文理学部専任講師,同大助教授・教授を経て2000年~2021年,東洋大学社会学部教授。文学博士(東京大学,1989年)。専門は社会心理学。著書に『見せる自分/見せない自分:自己呈示の社会心理学』(単著,サイエンス社),『現代社会心理学』『臨床社会心理学』『新版 社会心理学研究入門』(以上共編著,東京大学出版会),『航空機事故で家族を喪うということ』(共著,誠信書房)など。
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