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裏から読んでも心理学

古きを温ねたら甘くなかった

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

数年前,京菓子資料館を訪れたときのこと。静謐な空間の中,思わず吹き出してしまったのが羊羹の歴史セクションでした。曰く,羊羹の「羹」は“あつもの”です。え?それって熱さに驚いて膾を吹いちゃう,あの羹(スープ)だよね?それじゃ「羊」はなに?答えはシンプルで,そもそも羊羹は羊肉のスープだったというのです。それが紆余曲折を経て甘い小豆の練り物へと変貌を遂げたそうで,なんでやねん。

和菓子に比べれば歴史の浅い心理学の世界でも,いつの間にか話がすり替わってしまっている例がたまにみられます。例えばムザファ・シェリフの光点の自動運動実験。妻キャロリンとの合作(泥棒洞窟)ではなく,彼のデビュー作のほうです(Sherif, 1936)。暗闇だと静止光点が動いて見える錯覚を使って社会的規範の形成を追った古典ですね。

実験にきた参加者は真っ暗な部屋に二人または三人グループで入れられます。並んで椅子に座ったら光点が点く。それが動いたら移動距離を口頭で答えるのがお仕事。と言っても真っ暗闇で距離の手がかりが何もないので,当てずっぽうせざるを得ません(そもそも光点は動いていません)。それでは皆がてんでばらばらの回答を続けるのかというと,そんなことはない。繰り返すうちにグループごとの基準が生まれたというのです。具体的には各メンバーの回答の中央値がきれいに揃ってきた。これはまさに社会的規範の形成だ!というのがシェリフの主張。

わけが分からない状況におかれた人々が,互いに相談するでもなく社会的規範を作り上げるという実験は,世界恐慌に続くわけの分からない混乱の時代にあって注目を浴びます。ところが公刊から30年以上経って「あれって解釈ちがくない?」という研究が発表されます(Alexander et al., 1970)。参加者たちは実験者が光点を動かしていると思ってたよね。だから正解があると思って,隣の人の回答に寄せただけなのでは?

なるほど。自分的に“ちょっと”動いて見えたときに,同じものを見たはずの隣が「1インチ」と答えてたら「これで1インチなのかな」と思っちゃいそうで,それがシェリフ実験の社会的規範の正体だというのです。

それなら「光点が動くのは錯覚だから!隣と違うこと全然あるから!」と強調しまくれば回答はバラバラになるはずで,実際,そうなりました。Alexanderさんたち「ほらね」と論文を書いたのですが,話はそれで終わりません。「それはそれで,隣と違う回答しろって誘導しすぎでしょ」というツッコミが入り(Pollis et al., 1975),挙げ句の果てに両陣営が誌上討論(かなり口汚い)を行うという(Zucker et al., 1976; Pollis et al., 1976),羊羹(スープ)もびっくりの熱い展開があったようです。

面白くて夢中になって読んでいたところ,何か違和感が。もともとのシェリフの売りは「回答の中央値が揃ってくる」という点で,パソコンのない時代に手書きでいくつもグラフを描いてまで強力に推しています。ところが論争の両陣営とも中央値のことにほとんど触れない。かろうじてPollis陣営が「規範ができれば中央値の分散が小さくなるはずだ。そして小さくなってる。どうだ!(意訳)」とドヤってる箇所があるんですが,表4を見たら,むしろ分散は大きくなってない?一方のAlexander陣営にいたっては「中央値(median)」とすべきところを「最頻値(mode)」と書いてしまっている。

互いを苛烈に批判してるわりに,両陣営とも自他のオリジナルからのズレには気づいてないっぽい。そのくせどちらも「我々こそがシェリフ実験の本質を理解しているのだ」と声高に主張している。「生」とか「抹茶チョコレート味」とか出しておきながら,誰が本家か元祖かで争ってる(らしい)某菓子を思い出してしまって,人の変わらぬ営みに,やや甘じょっぱい気持ちになりました(注:八ツ橋は好きです。)。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

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