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この人をたずねて

村本由紀子 氏

村本由紀子
東京大学大学院人文社会系研究科 教授

村本由紀子(むらもと ゆきこ)

Profile─村本由紀子
東京大学文学部卒業,同大学院人文社会系研究科修了。博士(社会心理学)。京都大学助手,岡山大学准教授,横浜国立大学准教授・教授を経て,2011年に東京大学大学院人文社会系研究科准教授,2018年より同教授。専門は社会心理学。著書に『多元的無知:不人気な規範の維持メカニズム』(共著,東京大学出版会),『社会心理学』(共著,有斐閣),翻訳書に『木を見る西洋人 森を見る東洋人』(ダイヤモンド社)など。

村本由紀子氏へのインタビュー

聞き手:山中七菜子

─村本先生の研究テーマや研究対象について教えてください。

個人と集団や共同体との関係に興味があります。集団の中での個人の振る舞い方や,暗黙の規範がどのように生まれ,維持され,変化していくかに関心を持っています。集団の規模はさまざまで,小グループから文化比較の領域まで幅広く研究しています。

─そのような暗黙の規範が生まれ,維持されるプロセスのひとつが「多元的無知」という現象でしょうか?

多元的無知とは,集団の中で皆が暗黙のうちに従っている規範があり,個々人が本当はそれを変えたいと思っていても,自分だけがそう思っていると誤解し,結局変えられない現象です。例えば,企業での「付き合い残業」のように,誰も本当は必要ないと思っていても,皆がやっているから自分もやるという状況です。この現象がなぜ起きるのか,どうすれば破れるのかを研究しています。

─社会のさまざまな場面で見受けられますね。多元的無知が特に起きやすい状況や構造はありますか?

他者の行動は観察可能でも背後の心理は見えないので,それを誤推測してしまうことで生じます。付き合い残業の例だと,同僚に「残業好きでやっていますか?」「本当はいらないと思っていますか?」なんてなかなか聞けない。つまり,集団内のコミュニケーションのあり方と深く関連しているのです。多元的無知の起きやすさは,集団の規模やネットワーク構造,流動性の違いによって異なります。例えば,(異動や転職などの)流動性が低い集団では規範を破るコストが高いため,規範に従いやすくなります。また,ダイバーシティが高いと互いの考えを確認する必要があるため,多元的無知は起きづらくなるとの知見もあります。

─私たちが社会生活を送る上で不利になる側面が目立ちますが,多元的無知には適応的意義があるのでしょうか?

個人レベルでは,規範遵守は社会に適応するための行為であり,だからこそ変えにくいのです。また,まだ研究途上ですが集団としてのメリットもあるかもしれません。例えば昨今「心理的安全性」が注目されていますが,実際はどうあれ,皆が自分の発言は受容されるとポジティブに思い込んでいれば,集団としてうまく機能することもありえます。

─企業などへのアウトリーチ活動をされることも多いかと思いますが。

企業では環境変化に即して規範をどう変えるかが重要な課題です。男性の育休取得とか,制度を導入しても普及しない理由として,文化が変化しないことがあります。多元的無知の概念は,なぜ新しい制度に適応しづらいのかを説明するのに役立ちます。職場の文化を変えるには,誰かが「ファーストペンギン」になることが重要ですが,それだけでは不十分な場合もあり,環境要因を特定して変えることが必要です。

─社会へのメッセージ性が非常に大きい分野ですよね。実験室で得られた基礎的な結果を社会へ発信される際に気をつけていることはありますか?

基礎研究と社会応用はリンクしていると考えています。実験室で緻密なモデルを作る研究が好きですが,そのような研究をする際は社会現象とどう関わっているかを常に気にしています。同時に,研究を社会に還元する際には慎重さも必要です。環境や文脈によって同じメカニズムでも効果が異なることがあるため,それを理解してもらえるよう伝えることが重要だと思います。

─問題視している社会現象を背景に基礎研究をされているというのは,先生が学部卒業後に働かれてから大学院に進まれたことがきっかけなのでしょうか?

銀行で働いた経験から,学部で学んだ社会心理学が実際の職場や取引関係などで役立つと実感できました。職場内の人間関係,取引先との集団間関係,国際マーケットの文化差の問題など……。学び直す意義を感じたし,楽しそうだなと。

─その後は研究をお仕事にされていますが,その中で楽しいなと思うことや難しいなと思うことはありますか?

私が研究者として楽しいと思うのは,学生と話し合う時間です。素朴に社会現象とか身の回りのことに関心がある,面白い種を持っている人がたくさんいます。そうした素朴な関心を研究上の問いに変える手助けをする過程で,彼ら彼女らが社会現象への理解を深め,新しい視点で分析できるようになる達成感を共有できることが喜びです。特にこの分野では,方法論や実験デザインなどに関してクリエイティビティを発揮することで,より面白い研究になることがあるのがとても楽しいです。

─「研究室(ラボ)」もある意味で社会集団だと思います。より良い環境のために一人ひとりが意識できることはありますか?

メンバーにとって,自分の研究が理解される場だという感覚を持てることが大事です。お互いの一番の関心は違っていても,根底の部分で研究の視座や理念を共有できている感のような。同時に,研究室の中に閉じこもらないことも大切で,特に博士課程の学生は自分の研究室以外の場所にも顔を出すとか,他の研究者と協働する機会を持つべき。私もそれぞれの人に合った「広げ方」をサポートしたいですね。

─今後の研究の展望や気になっている社会問題はありますか?

暗黙の能力観に関心があります。社会環境や教育制度によって,適応的な能力観は異なります。選択肢が多い社会では生来の能力差を前提として自分の適性を探すことが有利ですが,評価軸が限られた社会では失敗しても諦めずに特定の能力を伸ばす努力が重要になります。メリトクラシー(功績主義)と自己責任論など,社会制度によって価値が変わる問題と基礎的な社会心理現象の関わりを扱った共同研究を計画中です。

─これから研究の道に進む学生や大学院生へ,自分自身の研究を見つけるためのアドバイスをお願いします!

既存の理論や方法論に縛られず,自分だけの視点や経験を大切にしてほしいです。何が研究になるかをまずは気にしすぎず,自分が面白いと思うことや理不尽だと思うことを,自分の好きな方法で追求するのが良いと思います。それが研究のオリジナリティにつながりますので,大事にしてください。ただし切り口が見つかったら,その先は自分一人で面白がるだけで終わらせず,分野を超えたより多くの人たちに面白いと思ってもらうことを目標に,研究として磨いていってほしいです。

聞き手はこの人

インタビュアー:やまなか ななこ

インタビューを終えて

村本先生とは今回のインタビューで初めてお会いしました。ユーモアを交えながら,真摯にお答えくださる温かな雰囲気に緊張が解け,誌面に載せきれないほどの質問をさせていただきました。また,社会で起きている現象を研究の背景に置き,そのメカニズムを統制された環境(実験室)で緻密に検証されているお姿がとても印象的でした。多元的無知の研究についてのお話は,集団の一員としての自分を見つめ直す貴重なきっかけとなりました。

現在の研究テーマ

乳児期の顔や情景といった物体認識におけるトップダウン処理の発達を研究テーマとしています。具体的には,画像輝度を白黒2値に変換したMooneyfaceという認識されにくい顔画像を用い,顔検出能力が生後1年の間にどの程度獲得されるのかを明らかにしました。また,風景画像を再認する際に,実際に観察した範囲よりも広く思い出されてしまう境界拡張とよばれる現象が乳児期でも生じることを明らかにしました。現在は幼児期から成人期まで等しく適用可能な手法(アイトラッカーによる視線計測)によって,幼児期以降の物体認識におけるトップダウン処理の発達的変化を検討しています。

Profile─やまなか ななこ
立教大学大学院現代心理学研究科心理学専攻博士後期課程在学中。日本学術振興会特別研究員DC1。修士(心理学)。専門は知覚・認知発達。筆頭論文にThe development of Mooney face perception in 6- to 11-month-old infants. Journal of Experimental Child Psychology, 253, 106199, 2025など。

やまなか ななこ

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