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- 112号 心理学は誰のもの?―研究と社会の接続を考える
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感謝が生み出す思いやりの連鎖 ─ヒトを助け合いへと導くこころの仕組み

小國龍治(おぐに りゅうじ)
Profile─小國龍治
博士(心理学)。専門は社会心理学,発達心理学。筆頭論文にGratitude promotes prosocial behavior even in uncertain situation. Scientific Reports, 2024, https://doi.org/10.1038/s41598-024-65460-zなど。
ヒトは誰しも,誰かに助けてもらったり,贈り物を受け取ったりしたときに「ありがたい」という感謝の気持ちを抱いたことがあるだろう。心理学では,この「感謝」を,他者の善意によって利益を得たときに生じるポジティブな感情と定義している[1]。感謝は単なる心地よい感情にとどまらず,困っている他者を助けたり,他者に資源を分け与えたりといった「向社会的行動」を促進する[2],[3]。私は,この感謝がどのような状況で,そしてどのような仕組みによって向社会的行動を促進するのかに関心を持ち,研究を進めている[4]~[7]。
まず,感謝はどのような状況で向社会的行動を促進するのだろうか。これまでの研究の多くは,自分の行動が確実に他者の役に立つ場面を扱ってきた[2],[3]。しかし日常生活には,「助けても本当に相手の役に立つのか分からない」「提供したものが相手の望むものでないかもしれない」といった不確実な場面もしばしば存在する。そのような状況では,ヒトは無駄になるかもしれないコスト(時間や金銭)を支払ってまで向社会的に振る舞うことをためらいがちである。
そこで私たちは,参加者に過去の感謝経験を想起してもらったうえで,他者に利益を提供できるか不確実な状況で向社会的に行動するか判断させた[4]。その結果,感謝経験を想起した参加者は,そのような不確実な場面においてもためらわず,向社会的に行動することが明らかになった。すなわち,感謝の力は「確実に役立つ場面」にとどまらず,「役立つかどうか不確実な場面」においても広く働くのである。
次に,感謝はどのようにして向社会的行動を促進するのだろうか。例えば,私たちの研究では,感謝経験を想起した参加者は「友達の誕生日を祝いたい」「高齢者に席を譲りたい」といった向社会的行動のレパートリー(他者に利益を提供するための選択肢)をより多く挙げ,その結果として日常生活における向社会的行動の生起頻度が高まることを明らかにした[5]。
さらに,後続の研究によって,感謝が向社会的行動を促進する心理的メカニズムは単一ではなく,複数のプロセスに支えられていることも明らかになってきた。児童と成人を対象とした研究では,感謝が向社会的行動を促進する動機づけ過程には発達的差異が存在することが示され,児童期には公平性への動機づけが,成人期には寛大さへの動機づけが,それぞれ向社会的行動における感謝の促進効果を駆動することが明らかになった[6]。
これらの研究から,感謝は単なる心地よさをもたらすだけではなく,他者への思いやりを育み,良好な対人関係の形成と維持を支えることが分かってきた。これまでの研究は主に二者間の状況に焦点を当ててきたが,現実には複数の潜在的な利益提供者が存在する場面も少なくない。
このような場面では,責任の分散や他者の意図や反応に対する不確実性によって,ヒトは向社会的に行動することをためらい,その抑制効果は潜在的な提供者の数が増えるほど強まる[8]。今後の研究では,このような複雑な社会状況においても感謝が向社会的行動を促進するのかを明らかにしていく[7]。加えて,感謝の向社会的機能がどのような状況で発揮されるのかに加え,逆にどのような状況ではその効果が発揮されにくいのかという「境界条件」についても検討していきたい[7]。
私たちの日常は曖昧で複雑な状況の連続である。だからこそ,思いやりの連鎖を生み出し,人々を助け合いへと導く感謝の力が,不確実な社会を生きる私たちにとって,より一層重要な意味を持つのではないだろうか。
文献
- 1.Tsang, J. A. (2006) Cogn Emot, 20, 138–148.
- 2.Bartlett, M., & DeSteno, D. (2006) Psychol Sci, 17, 319–325.
- 3.Ma, L. K., Tunney, R. J., & Ferguson, E. (2017) Psychol Bull, 143, 601–635.
- 4.Oguni, R., & Ishii, C. (2024) Sci Rep, 14, 14379.
- 5.Oguni, R., & Otake, K. (2020) Lett Evol Behav Sci, 11, 37–40.
- 6.Oguni, R., & Otake, K. (2025) Jpn Psychol Res, 67, 24–34.
- 7.Oguni, R., Tham, Y. J., & Ishii, C. (in-principle acceptance) Cogn Emot.
- 8.Fischer, P. et al. (2011) Psychol Bull, 137, 517–537.
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