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心理学ライフ

山登りの魅力

筑波大学人間系 助教

前澤知輝(まえざわ ともき)

Profile─前澤知輝
北海道大学大学院文学院修了。博士(人間科学)。専門は認知心理学。著書に『大学で心理学を学びたいと思ったときに読む本』(分担執筆,誠信書房)。

私は大学を卒業後に登山を始め,最初に登ったのは北海道南部にある火山,北海道駒ケ岳でした。その後は青森県の白神岳や八甲田山に登り,少しずつレベルを上げていきました。カメラを購入したことをきっかけに何となく始めた趣味でしたが,今では雪山登山や数日間にわたる縦走にも挑戦するようになりました。正直に言えば,研究活動よりも登山のほうが好きなくらいです。

山での体験を振り返ればきりがありませんが,私の主なフィールドは,多くの登山者に人気の北アルプスや中央アルプスではなく,北海道や東北の山々です。なかでも印象深いのは,雪氷の研究をしている仲間と厳冬期に踏みしめた旭岳や,東京で出会った友人らとともに登ったトムラウシ山です。これまでに,雪に覆われた稜線の厳しさ,荒涼とした火山地帯の風景,そして岩稜を越える緊張感を体験してきました。さらに,大雪山と並んで好きな日高山脈では,冷たい川を渡渉したり,親子のヒグマと遭遇したりといった体験もありました。その各地で購入した山のデザインTシャツ(通称「山T」)は普段から愛用しています。

もちろん,登山は危険と隣り合わせのアクティビティであり,誰にでも気軽に勧められる趣味ではありません。ここ数年,痛ましい山の事故の報道が相次ぎ,登山者に厳しい目が向けられることも増えています。もちろん「自分は怪我をしない」と思っているわけではありませんが,登山中は思いがけない偶然の事故が起きてしまうこともあります。リスク管理がとても上手だと思っていた友人でさえ骨折の重傷を負い,私自身も低体温になりかけたことがあります。それでも,危険があると分かっていながら山に向かう自分がいるのは不思議です。その理由についてはっきりとした答えは出ていません。

登山という趣味を続けるなかで,その魅力や危うさについて考えることが増え,このところ,登山活動を研究という形で掘り下げてみたいという気持ちが強くなってきました。単に好きなことを仕事にしたいというよりも,せっかく大学という多様な挑戦ができる環境に身を置いているのですから,その機会を活かさないのは惜しいと感じています。

現時点で,取り組んでみたいことは二つです。一つは地図読みやナビゲーションの研究です。遭難事例の多くは道迷いによるもので,その原因には疲労や油断,道しるべの見落としなど,人間の行動が深く関わっています。そもそも地図やGPSを持たない,あるいは持っていても読まないといったリスク管理の問題もありますが,たとえ地図を携行していても,登山中の方向感覚はかなりあいまいで,自分がどの方角を向いているのか,どの地点にいるのかを正確に判断できません。そうした一つひとつの判断の誤りや行動の蓄積が遭難リスクを高めているのなら,どうにか是正できないかと考えています。

もう一つは登山者自身の行動に関わる研究です。これは,登山者に求められるマナーの問題にも関係しています。ごみを捨てない,野生動物を誘引しないといった基本的な行動に加え,植生を傷つけないようにストックの使用を控えるなど,山域ごとのルールも存在します。しかし,こうしたルールは見落とされがちであり,知識があっても行動に移されないことが少なくありません。たとえば,靴底についた植物の種を山に持ち込まないようにブラシで落とすことが推奨されていますが,実際に実行する人は少ないといいます。一方で,足跡をプリントしたマットを置いたところ,ようやく行動する人が増えたという研究もあります。こうした人間行動へのアプローチこそ,私たちの分野が貢献できる部分だと感じています。

前者については現在,登山道を3Dスキャンし,VRを活用して実際の道迷い状況を再現してみるという,やや壮大な研究構想を抱いています。ぜひ,自分が遭難事故を起こしてしまう前に,この計画を実際の研究として形にしたいと考えています。

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