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【特集】

文化神経科学

石井 敬子
東京大学大学院人文社会系研究科 教授

石井 敬子(いしい けいこ)

Profile─石井 敬子
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。名古屋大学大学院情報学研究科准教授,同教授などを経て,2026年より現職。専門は社会心理学,文化心理学。著書に『文化神経科学:文化は心や脳をどのように形作るか』(単著,勁草書房),『科学としての心理学』(共訳,新曜社),『つながれない社会』(共著,ナカニシヤ出版)など。

「どの人にも,まるで大海の一滴の水のように,母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている」(米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』188ページ)─果たして背後霊としての文化や言語,歴史はどのように人に絡みつき,転じて人は無自覚,無意識のうちにその背後霊をどの程度維持,再生産するのだろうか。

文化心理学は,心理学の立場からそれらの問いに答える。その主眼は,日常生活を通じて実践されるさまざまな文化的慣習に注目し,その慣習と人の心の性質との相互構成過程を明らかにする点にある。

特に2010年以降,WEIRD(Western,Educated,Industrialized,Rich,Democratic)に基づいた知見の一般化への疑念,クラウドソーシングプラットフォームの発展,アーカイブデータのデジタル化,ビッグデータを利用・分析するためのツールの開発などが重なり,洋の東西以外の地域をターゲットとした研究の必要性や,歴史や進化といった時間軸を考慮した文化の起源や維持・変容に関する議論が活発になっている。

またそうした流れと歩を合わせるように,「文化-心-脳-遺伝子」を視座とした文化神経科学の研究も行われてきている。人の心理・行動傾向とそれに対応した脳内基盤は,現状の文化環境に適合することによって発現し獲得されていくとともに,過去の環境において適応的な形質が伝達され,それに対応した遺伝子が選択されてきた結果であるとするならば,意味やシンボルを操作し学び産出できるといった文化に生きる人の側面と生物種としてのヒトの側面を切り離すことなく,生物学的アプローチを取り入れた包括的な理解が必要である。

文化と遺伝子の共進化

人(ヒト)が作り出したある文化環境の特徴が人(ヒト)のある遺伝子の頻度に影響を与え,世代から世代への遺伝子の継承に文化環境が選択圧となる。つまり,自然選択の結果,遺伝情報が次世代へと伝達されるとともに,文化的に適応した形質をもつ人(ヒト)の遺伝子はその文化において選択されやすくなり,またその遺伝子の頻度が高まることによってその文化環境の特徴も進化していく。

この文化と遺伝子の共進化の代表例として,大人のラクトース(乳糖)耐性レベルの地域差が挙げられる。牧畜文化が進化した文化環境において,大人でもミルクを摂取することが可能な遺伝子(つまりラクトース耐性遺伝子)をもつ人たちは,持っていない人たちよりも多くのカロリーを摂取でき,その結果,長生きし,より多くの子孫を残すことができるかもしれない。

そのような文化環境のもとでは,ラクトース耐性遺伝子を持っていることの適応度は相対的に高く,その遺伝子は次世代へ受け継がれやすいだろう。さらに,その遺伝子をもつ人の割合が増えると,その地域におけるミルクの消費そのものも増え,それに沿うように文化も進化する。

このような共進化を援用した研究では,ある遺伝子多型(DNAの配列における微妙な個体差)における遺伝子型の割合が国や地域レベル間で異なる点に着目し,その地域において優勢とされる規範や行動様式との関連を調べるといった手法が用いられ,さまざまな示唆的な知見が見いだされている。本論では,規範の厳しさに関連する研究を紹介する。

規範の厳しさ

社会規範(人々が共有している行動についての基準やルール)に注目した文化の次元として近年提唱されているのが,規範の厳しさである。

ゲルファンドらは,33か国による調査を通じ,病原体を含めたさまざまな生態学的な脅威(例えば,高い人口密度,資源の不足,領土を巡る集団間の衝突)にさらされた地域ほど,逸脱行為に対して耐性が低く,行動の統制に関する規範が厳しいとしている[1]。背景として,そのような地域ほど人々の生存のためには集団的な防御が必要であり,実際,集団主義によって特徴づけられる行動特性,例えば自民族主義や同調がその防御のための有効な手段として機能したとも考えられている。

このような環境要因を背景とした規範の厳しさの地域差に関連している1つの候補として,セロトニントランスポーター(5-HTTLPR)遺伝子多型が挙げられる。

セロトニンは脳内の神経伝達物質であり,情動や睡眠,摂食などのさまざまな神経機能の調節に関与している。5-HTTLPRは,軸索の末端に存在し,シナプス間隙からセロトニンを再取り込みする役割がある。その遺伝子多型として,プロモーター領域と呼ばれる遺伝子の発現をコントロールする箇所の繰り返し配列からなるものがよく知られている。具体的にはその遺伝子多型には,短い(s)と長い(l)の2つのタイプがあり,いったん放出されたセロトニンを神経細胞内に取り込む量はsアレル(対立遺伝子)をもつ個人のほうが少ない。

5-HTTLPRのsアレルをもつ個人の割合には大きな地域差が存在する。例えば東アジアにおいてsアレルをもつ個人は70~80%を占めるのに対し,ヨーロッパではその割合は40~45%である。さらに近年の研究によれば,過去に生態学的な脅威にさらされた国ほどsアレルをもつ個人の割合が高く,sアレルをもつ個人の割合が高い国ほど集団主義傾向[2]や規範の厳しさ[3]が顕著である。

これは,脅威下では生存のために人々の間での協力行動を促すような規範や価値観が重視されるとともに,そのような規範や価値観とsアレルは対応しているために,sアレルをもつことは適応的であり,sアレルをもつ個人たちが人々の間での協力や逸脱者への厳罰といった規範をより強固にしていった可能性を示唆する。

加えて,オキシトシン受容体(OXTR)遺伝子多型との関連も示唆されている。オキシトシンは9個のアミノ酸からなるタンパク質由来のホルモンであり,その受容体は子宮や乳腺といった末梢組織に加え,脳内の扁桃体や海馬,側坐核,前頭前野などの領域にも発現しており,それらの情動(例えば不安や恐怖の軽減)や社会行動(例えば共感性や信頼)の機能を調整している。

リーらは,OXTR遺伝子多型がどの程度脳の特定領域で発現しているかをもとにいわば脳内での表現型を推測し,それが国レベルの社会生態学的な脅威と規範の厳しさとどのように関連するかを検討した[4]。具体的には,70のOXTR遺伝子多型と10の脳領域(例えば,前部帯状回,前頭前野,尾状核)をターゲットとした。そして各脳領域におけるOXTRの発現レベルについて地域差(アフリカ,東アジア,南アジア,ヨーロッパ,アメリカ)を分析したところ,前部帯状回を対象とした際に最も明確な差異が見いだされた。しかも前部帯状回におけるOXTRの発現レベルは,国レベルの生態学的な脅威や規範の厳しさと正の相関を示した(図1)。

前部帯状回が共感や向社会性に関連していることを踏まえると,生態学的な脅威が高い環境のもとでは,共感や向社会性を促す機能ゆえに,前部帯状回におけるOXTRの発現レベルが選択されてきたのかもしれない。

図1 縦軸は,国ごとに算出された前部帯状回におけるオキシトシン受容体の発現の程度であり,それは(A)における横軸の社会生態学的脅威,(B)における横軸の規範の厳しさのそれぞれと正に相関する。(文献4より) 
図1 縦軸は,国ごとに算出された前部帯状回におけるオキシトシン受容体の発現の程度であり,それは(A)における横軸の社会生態学的脅威,(B)における横軸の規範の厳しさのそれぞれと正に相関する。(文献[4]より) 

またこの前部帯状回におけるOXTRの発現に特に関連していた2つの遺伝子多型と連関したOXTR遺伝子多型rs9840864には地域差があった。そのCアレルをもつ個人の割合はGアレルの割合よりも小さかったが,東アジアにおいてのみその傾向は逆転した。そしてわれわれがこの遺伝子多型と日本人の道徳基盤との関連を調べたところ,身体的,精神的汚染を忌避し,潔癖さや貞節を守る徳(神聖)を重視する程度は,GGよりもCCの遺伝子型をもつ人々で高かった[5]

生態学的上の脅威(例えば病原体)が大きかった環境(例えば東アジア)において規範は厳しくなりやすいが,おそらく神聖の醸成はそのような環境において適応的であったのかもしれない。東アジアにおいてCアレルが多数派であることはこの点に何らかの形で関連していると思われる。

さらに,規範の厳しい環境下において,正の報酬を得るようなふるまいや反応(例えば逸脱行為に対して敏感に反応し罰を与えようとすること)は強化されていき,しかもそのような報酬に敏感な個人ほどその学習に動機づけられるかもしれない。このような報酬に基づく学習にはドーパミン神経系やそれに関連する遺伝子が関与していると考えられるが,一連の北山らによる研究は,自己や他者理解にかかわる脳領域の容積に加え,規範からの逸脱に関する脳内反応に関してもドーパミンD4受容体(DRD4)遺伝子多型が調整していることを示している。

ドーパミンは,認知,情動,動機づけなどのさまざまな機能を制御する重要な神経伝達物質である。DRD4とは,これまでに同定されてきている5種類のドーパミン受容体の1つである。DRD4をコードする遺伝子に関する多型の代表的なものは,DRD4遺伝子のエクソン3領域における多型であり,2~11の繰り返し単位からなる。多くの人々は,この繰り返し単位が4である4R対立遺伝子をもつ。

ところがこれまでの研究によると,4R対立遺伝子をもつ人々と比較し,繰り返し単位が7や2である7Rや2R対立遺伝子をもつ人々のほうが報酬に対する感受性が高い。規範からの逸脱に関する脳内反応として検討されたのは,事象関連脳電位(ERP)[6]であり,意味的な不一致を反映した指標であるN400というERPの成分(事象からだいたい400ミリ秒を頂点潜時とした陰性方向の振幅を示す脳電位)であった。

日米の参加者は,ある呈示された状況(例えば,高速道路または自転車専用レーン)において後続に示される行為(例えばサイクリング)がどの程度社会的に逸脱しているかを判断した。そしてその行為が示されてから判断画面が呈示されるまでの間のERPに注目した。

規範の厳しさは米国よりも日本において顕著であるため,N400も同様の文化差が期待された。そして報酬に敏感な個人ほどその文化において優勢な行動傾向の学習に動機づけられるのであれば,特にこの文化差は報酬に対する感受性が高いとされる7Rや2R対立遺伝子をもつ人々において強く見られるだろう。

実際の結果はそれに一致するものであった[7]。ただし,7Rや2R対立遺伝子は少数派であり,特にアジアにおいて7R対立遺伝子をもつ人は稀である。つまり,規範の厳しさが維持される背景として,逸脱に対する敏感さや厳罰は決して主流ではなく,別のプロセス,例えば状況要因への注意の向けやすさや同調のしやすさも関わっていることが示唆される。

ゲノムワイド関連解析

注意すべきは,ここまで述べてきた単一の遺伝子多型の効果量は極めて小さく,5-HTTLPRやDRD4といった候補となる遺伝子多型のみを検討する限り,大多数の遺伝子による影響の有無は未知のままといった点である。

一方,ゲノムワイド関連解析(GWAS)は,すべての組み合わせを総ざらいして,どのDNAの塩基配列に生じる違いが個人差を生み出すのかに焦点を当てたものである。多くの研究は,英国のUK Biobankや米国のAdd Healthなどの解析に基づき,そこに多数含まれるヨーロッパを出自とする人々を対象にしたモデルを作成する。データ内の民族の差異は基本的に統制される。

そのため,これら欧米のビッグデータを対象としたGWASから得られたモデルを他の民族背景の人々に適用するのは困難である。そしてその困難さゆえに,さまざまな民族集団を対象としたGWAS研究は今後必要である。

例えば日本人を対象とした主観的幸福感に関するわれわれのGWAS研究[8]は,関連する3つの一塩基多型を見いだした。これらは欧米のビッグデータを対象としたものとは異なる一方,韓国人を対象とした研究[9]で報告されたものと一部共通していた。

ここまで見てきたように,特に遺伝子までを研究の視座に入れた際,いくつかの重要なミッシングリンクがある。本論の文脈に沿えば,生態学的な脅威の程度を反映した規範の厳しさがあり,それに対応した心理・行動傾向,さらには脳内反応も見られるが,これらを表現型として考えたときの遺伝子型に至るまでの道筋は全くわからない。

一方で,GWASによって見いだされる各遺伝子多型の効果は砂の一粒であり,しかもどのような機能を持っているのかほぼわからない。

そしてこの個人差が文化現象の説明となりうるのか不明である。現状,多くの研究では,GWASによって得られた複数の候補遺伝子の効果を評価するための多遺伝子スコア(各遺伝子多型の影響をアレルの数[0,1,2]にその遺伝子多型の効果量で重みづけして求め,加算したもの)が用いられている。

また機械学習を用いて個々人をクラスター化できるような遺伝子多型のセットを多数同定した研究[10]では,性格特性に関する潜在クラス(機知に富んだ,几帳面,創造的,依存的,無気力)と少なくともいずれか1つには関連する42のセットとのネットワークを明らかにし,うち36セットがフィンランド,ドイツ,韓国において共通していた。

ネットワークとして遺伝子による寄与を評価する同様の試みとして,中核的な効果をもたらすものと周辺的な効果をもたらすものに分けて,遺伝子間のネットワーク(オムニジェニックモデル)を想定し,異なった民族背景の人々の間の共通性と差異を見いだそうとするアプローチもある。

今後ここに同様の中核-周辺的なネットワーク構造をもつような文化環境と,それが遺伝子と相互作用する過程を想定することで,異なった民族背景の人々の間の共通性と差異についての詳細な理解が可能になることが期待される[11]

文献

  • 1.Gelfand, M. J. et al. (2011) Science, 332, 1100–1104.
  • 2.Chiao, J. Y., & Blizinsky, K. D. (2010) Proc R Soc B, 277, 529–537.
  • 3.Mrazek, A. J. et al. (2013) Cult Brain, 1, 100–117.
  • 4.Lee, K. S. et al. (2021) Genes Brain Behavr, e12783.
  • 5.石井敬子他 (2023) 日本社会心理学会第63回大会.
  • 6.通常,脳波は自発的に絶え間なく表れているが,それとは独立に何らかの事象に対しての脳の電気活動,つまりERPがある。実験ではある特定の事象に対するERPを測定するために,参加者に対してその事象を含む条件と含まない条件とを実施し,条件比較を行う。着目するERP以外の脳波はノイズであると仮定され,条件比較によって相殺される。よって条件差が見出されるのなら,着目している事象の有無によって出現したERPであると解釈できる。
  • 7.Salvador, C. E. et al. (2025) Soc Cogn Affect Neurosci, 20, nsaf083.
  • 8.Ishii, K. et al. (2024) Poster presented at the 2024 meeting of Society for Social Neuroscience.
  • 9.Kim, S. et al. (2022) Nat Hum Behav, 6, 1014–1026.
  • 10.Zwir, I. et al. (2020) Mole Psychiatry, 25, 2295–2312.
  • 11.Mathieson, I. (2021) Am J Hum Genet, 108, 1558–1563.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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