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【小特集】

再犯防ぐ改善更生の最前線─刑務所の現場から

再犯を防ぐ新たな取り組みとして,拘禁刑の施行,「対話」の導入,被害者等の心情等の聴取・伝達制度の施行などが始まり,心理学の果たす役割が大きくなっています。現場の第一線で活躍されている先生方に,刑務所が行っている心理学に基づく取り組みの現状と課題について紹介していただきます。(野村和孝)

「拘禁刑」 下の刑務所の役割とは?

法務省矯正局 更生支援管理官

朝比奈 牧子(あさひな まきこ)

Profile─朝比奈 牧子
南イリノイ大学大学院修士課程修了。修士(司法学)。専門は,犯罪心理学,臨床心理学。法務省矯正局,矯正研修所,刑務所,少年刑務所,少年鑑別所等勤務を経て2025年より現職。臨床心理士,公認心理師。

「懲役刑」と「拘禁刑」

2025(令和7)年6月1日から,新たに「拘禁刑」が始まり,明治の時代から100年以上用いられてきた「懲役刑」と「禁錮刑」は,同日以降に行われた犯罪には適用されなくなりました。耳慣れた「懲役〇年」や「無期懲役」という判決はやがて聞かれなくなり,刑務所の中にいる人たちは,懲役受刑者から拘禁刑受刑者に入れ替わっていくことになります。

拘禁刑について説明する前に,そもそも,懲役刑とはどういうものだったのかをおさらいしておきます。「懲役刑=刑務所に入る」ということはよく知られていますが,実はこれに加えて,懲役受刑者には,受刑期間を通じて刑務所の中で「作業」と呼ばれる何かしらの仕事(=役)に従事することが義務づけられており,この営みを通じて罪と向き合い,責任を自覚することが期待されています。「懲」の字が使われていますので,もしかすると,重たい石をひたすら頭上に掲げるような無益な苦行がイメージされるかもしれませんが,実際には,作業を継続することがやがて社会復帰した際の生活を安定させることに役立つようにというコンセプトの下,多くの人が刑務所内の「工場」と呼ばれる場所に通勤し,手作業を中心とした生産作業を行っています。人によっては,工業用ミシンを使った縫製や,金属加工,印刷,木工,革工,地域ごとの伝統工芸などの熟練を要するような作業に取り組んだり,溶接,自動車整備,電気工事,理美容などの技能を身に付けるための職業訓練を受講したりもしています。また,刑務所に収容された人々の生活を支える炊事,洗濯,掃除などを「作業」として担当している人もいます。

一方,新たに始まった「拘禁刑」では,刑務所に入ること(=拘禁)に加えて,「改善更生を図るため,必要な作業を行わせ,又は必要な指導を行うことができる」ということが規定されています。懲役刑時代の刑法では,どんな人にも一律に作業が科されることのみが規定されていたことと比較すると,拘禁刑下では,個々人の「改善更生に必要かどうか」という観点から刑務所側が作業や指導について検討し,見極めることが求められるようになったといえます。

改善更生に必要な作業や指導

「改善更生」の定義を深堀りするには誌面が足りませんが,ここでは「罪と真摯に向き合い,出所後は一社会人として犯罪をすることなく生活すること」を目指す姿として設定することにします。一般社会内での25~59歳の方の労働力率を参考にすると,男性で9割以上,女性で8割前後が労働力としてカウントされています[1]ので,刑務所出所者についても,多くの場合何かしらの仕事に就き,納税者となることが期待されているといえます。そうすると,刑務所にいる間も,基本的には作業(=就労)を中心とした生活を送って勤労習慣を維持し,就労能力を高めることが改善更生を促すものと考えられます。

他方で,高齢や疾病,障害等の事情により,出所後に就労を中心とした自立生活を送ることが想定されない人も一定数います。たとえば,2024(令和6)年末日に在所した受刑者33,745人のうち,65歳以上の受刑者は5,085人(15.0%)[2]に上ります。また,2024(令和6)年中に新たに刑が確定した受刑者14,822人のうち,3,285人(22.2%)[2]に何かしらの精神障害(知的障害を含む)が認められます。これらの対象者のうち一定数の人については,刑務所内で作業に従事する場合も,その目的は社会復帰後の就労生活を見据えてというよりは,収容生活中の心身の健康・認知機能の維持向上の方に重きが置かれることになるものと考えられます。

また,上記の他にもさまざまな事情で生きづらさを抱えた人や,犯罪の背景にある問題性が複雑であり,作業に従事することに加えて具体的な働きかけが必要な人に対しては,それぞれの抱える課題に応じた改善指導や教科指導,社会復帰支援等を行うことが改善更生に有効であるものと考えられます。拘禁刑下では,そのような人に対して,従来は「作業」に充てていた時間を,指導等の時間に柔軟に充当しやすくなったといえます。

刑務所で「実施すべき」指導とは

現場でアセスメントを担当している心理専門官は,「受刑者の改善更生を図るために必要な指導」としてどのようなものがあり得るか,さまざまな選択肢を検討しながら勤務しています。近年では,刑務官,教育専門官,医師,看護師に加え,福祉専門官,就労支援専門官,作業療法士等の多職種でチームを結成し処遇に当たる体制も整備されてきています。

代表的な改善指導として,主に罪種や犯罪の結果に着目して指定する6種の特別改善指導(薬物依存離脱指導,暴力団離脱指導,性犯罪再犯防止指導,被害者の視点を取り入れた教育,交通安全指導,暴力防止指導)がありますが,これらに加え,本人の課題やニーズに着目して実施する一般改善指導という枠組みがあります。後者については,対象者に応じて,施設内外のリソースを活用しながら発展させていくことが見込まれています。

他方で,個々の受刑者に対して「この対象者の改善更生にはこんな指導が必要だ」という見通しが立ったときには,それを刑務所内という環境で「実施できるか」という観点と,「実施すべきか」という観点の両面から検討する必要があります。「できるか」の方は,環境や設備,人手,求められる専門性,予算などの観点から実施できるかどうかという検討です。もう一方の「すべきか」の方は,刑務所の役割として,当該指導を実施することが妥当であり,社会から求められているのか,という検討です。後者の方は,一律に答えが出せるものではありません。

さまざまな考え方があり得ますが,ここでは3つの立場を考えてみます。1つめは,悪いことをして受刑するに至ったとはいえ,人はだれでも善く生きる権利を持っているので,可能な限りどのような指導でも実施すべきだという考え方です。目的を本人と社会の福祉の実現に置く考え方といえます。2つめは,刑務所の出所者が再犯しないことは,社会で暮らす全員の利益にかなうことであるので,費用対効果が相応に見込まれるのであれば実施すべきだという考え方です。この場合の目的は,より社会防衛に重点を置いたものとなります。3つめは,受刑者の犯した事件によって被害を受けた人がいることを考えれば,たとえ再犯防止に役立つ働きかけであっても,受刑者の利益になると見込まれるものは控えるべきであり,可能であっても実施すべきとは限らないという考え方です。この場合の目的には,応報と被害の回復との均衡という視点が混ざってきます。

これら3つの考え方は,どれか一つが正解というわけではありません。受刑者であるその人の生まれ持った資質,置かれてきた環境,犯罪に至った経緯,犯罪の結果,社会に戻ってから再び罪を犯すリスクの大きさなどによって,どの程度の指導を実施することが妥当か,に対する答えは揺らぐと考えます。

拘禁刑下では,これまで以上に「必要な指導」を展開しやすくなった分,誰にどこまで何をするべきなのかという問いに向き合う局面が増えてくることになります。まずは,改善更生を実現するために必要かつ効果的な作業や指導の内容を充実させるために,幅広い分野から学び,効果検証を行って質の向上を目指しながら,同時に,個々の受刑者が持つ背景事情を把握した上で,どのような受刑者にどれだけのリソースを注ぐことが社会的に妥当なのかという観点から,最適な処遇の在り方を見つけていく必要があると考えています。その過程で道に迷わないためには,さまざまな立場の方からのご意見をうかがいながら進んでいくことが不可欠です。機会をとらえて,皆さまの声をお聞きできたらありがたく思います。

文献

  • 1.総務省統計局 (2025) 労働力調査(基本集計)2024年(令和6年).
  • 2.法務省 (2025) 矯正統計統計表2024年(令和6年).
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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