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【小特集】

刑務所における「対話」の意義

平畠 隆充
富山刑務所矯正処遇部矯正処遇部門(教育) 法務教官教育専門官

平畠 隆充(へいばたけ たかみつ)

Profile─平畠 隆充
公認心理師・精神保健福祉士。教育学修士。2008年,法務教官として採用。少年院,複数の刑務所を経て現職。対話と各種依存症について関心を持つ。アノニマス・ネームは「フォアグラ」。元茶道部。

話を聴くということ

私は教育専門官です。少年院で採用され,現在は刑務所の教育に関する部署で働いています。少年院や刑務所のような矯正施設では,被収容者の再犯防止と社会復帰を目的とした,数々の矯正処遇を行っており,私たち教育専門官は主に【改善指導】と呼ばれる,認知行動療法等の心理学的アプローチを活用した,被収容者の問題行動の低減と,適切な行動変容を促す働きかけを担当しています。被収容者は,薬物,性,暴力,殺人,詐欺,窃盗等の犯罪で入所しており,彼らの背景には,複雑かつ根深い問題が存在します。私はいつも,多くの被収容者と個別やグループワークの形で向き合い,話を聴いています。感じるのは,自分の想いを誰かに話したい人がとてもたくさんいるということです。ここは,これまで話を聴いてもらってこなかった人たちが集まっている場所なのだと思います。

対話実践とは

拘禁刑の施行に伴い刑務所に導入された【対話実践】とは,北欧発祥のオープンダイアローグ・リフレクティング対話技法などのエッセンスを取り入れた対話的な取り組みを指します(図1)。対話実践は,対等性・他者尊重・ポリフォニー(多声:多様な声が同時に存在すること)などの要素を持ち,問題の解決よりも,対話を続けること自体に重きを置くユニークな手法です。私は数年前から対話実践に携わり,多くの人と話すうちに,すっかり対話の魅力に取り憑かれてしまいました。その理由は,対話実践が徹底して「話し手の話しやすさに配慮した話し合いの方法」であり,「人を人として大切にする理念」を内包しているからです。

図1 対話実践風景のイメージ
図1 対話実践風景のイメージ

対話実践は基本的に複数名で行います。進め方はさまざまですが,当所でよく行っている方法を簡単に紹介します。

まず,以下の役割をする人を決めます。

①話し手

②聴き手(その他の参加者)

③観察者・リフレクター(いずれも一人とは限りません)

そして,セッションA・セッションBという2つの構造を設定します。セッションAは①-②の間の話し合い,セッションBは②-③の間の話し合いです。Aで話されたことについて,Bで思いを話し合い,それを受けてAで再び話し合いを行う,このようなAとB,2つのセッションを交互に繰り返します。Bのセッションのことを【リフレクティング】と呼びます。対話実践は他の職域でも行われていますが,刑務所の場合は,①を被収容者,②と③を職員である刑務官やその他の専門職が担当することが多いように思います。

この一風変わった手法の背景には,対話実践の「話すことと聴くことを丁寧に分ける」「本人のいない場所で本人の話をしない」という考え方があります。リアルな声・言葉として表れる会話を【外的会話】,心の中に生じる思い,ことばのことを【内的会話】といい,話し手は自分の話したことについて,目の前で他者が話し合うのを静かに聴き,心に浮かんできた思いを再び声に表していきます。このように「話す」と「聴く」を丁寧に分けることで,内的会話は深まり,対話は続いていきます。

対話実践の理念に基づくルール・作法には,他にも「意見を押しつけない」「議論や説得をしない」「否定,批判をしない」「相手の言葉を言い換えない」などがあります。いずれも話し手の主体性を尊重したやり方です。セッションAでは,話し手は尊重され安心して居られる空間で話し,セッションB(リフレクティング)では他者のさまざまな声に触れます。話し手は,セッションAでは何を話し/何を話さないか,セッションBでは提示された声を聴くか/聴かないかについて,自らの意思で選ぶことができます。

一方,他の参加者は,ポリフォニーを意識してリフレクティングを行います。参加者は地位や経験,職種にかかわらずみな対等です。全員で足並みをそろえ,同じ方向を向く必要も,ゴールを定める必要もありません。話し手の声を聴いて浮かんだ思いを言葉にして,自由に目の前のお皿に並べていくイメージです。聴く側の気持ちを大切にしながら,ポリフォニックな声を表現していきます。

対話実践のすてきなところは,「話し手の話を引き出す」のではなく,「話し手が安心して声を出せる場所を,参加者みんなで丁寧に作る」ところです。相手を説き伏せて,望ましいとされる方向に誘導しなくていいのは,心地よいものです。こうしたルール・作法が,対話の場を豊かで彩りあるものにしていると思います。

刑務所における「対話」の意義

対話実践には,安心して思いを話せる雰囲気,【心理的安全性】があります。刑務官たちと共に対話して気づいたのは,「刑務所では,刑務官と被収容者が互いに安心して話せる機会がほとんどない」ということでした。刑務作業を行う所内工場での作業場面や,居住棟の生活場面では,少数の刑務官が多数の被収容者を担当します。刑務官はきわめて多忙です。現場の安全管理に責任があるので,個別に話を聴いてあげたいと思っても,公平性を保つために個別対応できなかったり,あえて厳しい態度で被収容者に接せざるを得なかったりする場合があります。被収容者の側も同様です。周囲の者の視線があるので刑務官とじっくり話すことは難しく,話せたとしても立場の違いから,相手の意に沿うような発言になりがちです。

しかし,対話の場は異なります。ルールの下,互いの立場や役割から離れて,一人の人間としての本音,率直な思いを話すことができます。初めて対話実践に臨んだある刑務官は「日頃接している受刑者の生の気持ちを初めて聴いた。みんな,ただ漫然と日々を過ごしているのではなく,それぞれの悩みを抱えながら,懸命に生活しているのだと思った」と述べました。また,ある被収容者は「職員には職員なりのつらさ,苦労があることを知った。これまでは正直,反発することが多かったが,今後は迷惑かけずに頑張らなくてはと思った」と述べていました。対話を通して相手の思いを知ることは,互いを理解し,尊重することにつながる,小刻みながらも着実な歩み寄りのプロセスであると思います。

対話実践には,これまで述べた被収容者向けの処遇の他に,職員間で行う取り組みもあります。これは,職場の空気,カルチャーを変化させる試みです。刑務所や少年院といった矯正施設において,規律秩序の維持,施設の保安・管理運営は言うまでもなく重要です。しかし,それのみが独り歩きすると,人を管理する「モノ」として扱い,尊重できなくなる危険性があります。

それは,被収容者に対しては人権を侵しかねない不適正な処遇につながりますし,職員間にあっては,失敗を許されず,ひたすら理不尽に耐えることを強いるような,風通しのよくないストレスフルな職場環境を生みます。人は,自らが安全で尊重された存在であるという自覚があってこそ,他者のことを大切にできるのではないでしょうか。その観点からも,刑務所における対話実践導入の意義は,単なる新しい処遇技法の移入に留まらず,人を人として尊重し,理解していく対話の理念を職員自身に内面化することにあります。それは,刑務所の被収容者に対する矯正処遇をさらに充実させ,発展に導いていくものであると私は考えています。

おわりに

拘禁刑は,更生と社会復帰を目指し,個別のニーズに適した対人援助を行う刑のあり方です。対人援助のベースが相互理解と他者尊重であることを考えれば,対話実践の理念は拘禁刑を体現しているといえます。あたかも茶席のように,対等で,明るく,穏やかな雰囲気の中で,多彩な人々が集い,互いに慮りながら,自由な声を通わせることのできる空間,そんな対話の場をこれからも重ねていきたいと思います。

文献

  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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