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治安が悪くなった気がするのはなぜですか?

島田 貴仁(しまだ たかひと)
Profile─島田 貴仁
博士(人間科学)。専門は応用心理学・環境心理学・犯罪予防。科学警察研究所などを経て2025年より現職。著書に『犯罪予防の社会心理学』(単著,ナカニシヤ出版),『犯罪と市民の心理学』(共編,北大路書房)など。
「最近,治安が悪くなった気がする」。そんな声を耳にする機会が増えました。闇バイト強盗やストーカー殺人のニュースを見聞きすると,社会全体が不安定になっているように感じるでしょう。アンケート調査でも「治安が昔より悪くなった」と感じる人は多数に上ります。しかし,同じ対象者に現在の治安をどう思うかと尋ねると「良い」と答えます。私たちはなぜ,このような矛盾した感覚を持つのでしょうか。
最初に区別しておきたいのが,「安全」と「安心」という2つの単語です。安全は,実際の犯罪発生件数や被害リスクといった客観的な状況を指します。一方,安心は,それをどう受け止めるかという心理的な状態です。安全が高まっても安心が高まらないことがありますし,その逆もあります。治安をめぐる議論は,この2つが混ざり合うところで揺れ動いています。
犯罪は「見えない」からこそ不安になる
犯罪は,騒音,匂い街中の街路樹などのように日常的に五感で知覚できるものではありません。事件現場に居合わせない限り,私たちは犯罪を直接経験することはほとんどありません。多くの場合,ニュース,SNSを通じて間接的に知ります。犯罪研究では,こうした情報接触によって不安が高まる現象を「間接被害モデル」と呼びます[1]。実際に被害に遭っていなくても,繰り返し報道に触れることで「社会全体が悪くなっている」という印象が形成されやすくなります。私たちの安心は,統計データだけでなく,日々触れている情報環境にも左右されているのです。
不安は必ずしも行動を変えない
では,不安が高まれば人は防犯行動をとるのでしょうか。必ずしもそうとは限りません。犯罪場面では「自分は他の人よりも安全だ」と考える楽観バイアスが強く働くことが知られています[2]。不安を感じていても,それが具体的な自己リスクとして認識されなければ,持続的な行動変容には結びつきにくいのです。
私たちは,不安を感じながらも日常生活を続けます。注意喚起を見ても,その場では「気をつけよう」と思いながら,やがて元の行動に戻ってしまうことも少なくありません。だからこそ,「怖さ」を伝えるだけでは十分ではありません。予防行動をとることがリスクを減らすのかを具体的に示す必要があります。
コロナ禍が示した犯罪理論
ところで,コロナ禍は,犯罪研究の世界では「史上最大の社会実験」と呼ばれています。世界各地でロックダウンや外出自粛により人流が減少し,DVを除く多くの犯罪が減りました[3]。
犯罪研究では,動機づけられた加害者,適した被害者(犯行対象),そして有効な監視者の不在という3つの条件が重なって犯罪機会が生じるとする日常活動理論が知られています(図1)。人流が減少して,加害者と被害者が出会う機会が減れば,犯罪も減る。この教科書的な命題が,社会全体の変化を通じて確認されたのです。
犯罪被害は「運が悪かった」と表現されがちですが,実際には一定の傾向があります。例えば自転車盗の多くは無施錠の自転車が被害に遭っています[4]。施錠という低コストの行動によって,自転車が「適した犯行対象」でなくなり,被害リスクを大きく下げます。このように,行動の違いが被害リスクを左右することを理解することが大切です。
エビデンスに基づく対策を
予防は,よく3つの段階に分けて考えられます。幅広い一般市民を対象にする「一次予防」,被害リスクの高い集団や状況に注目する「二次予防」,そして犯罪が起きた後の再発防止や支援を行う「三次予防」です。その中で一次予防は,多くの人が対象になる代わりに,比較的軽い介入が行われます。だからこそ,どのような人にどのような行動をどのように伝えるかが重要になります。
犯罪予防におけるエビデンスは2種類あります。一つは被害リスク(どのような属性のどのような行動を取る人が犯罪被害にあいやすいか),もう一つは,介入の効果性(ある防犯プログラムが受講者や受け手の行動を的確に変化させるか)です。その双方がそろわないと的確な介入はできません。
特殊詐欺を例に考えてみましょう。詐欺の手口は,典型例が広く知られると別の形へと変化します。最近問題となっているニセ警察官詐欺は,日本社会における警察への信頼の高さや,非対面型の生活様式の定着を巧みに利用しています。旧来の在宅高齢者を狙った固定電話の詐欺と異なり,携帯電話やショートメッセージが用いられるため,現役世代の被害リスクが高いこと,犯罪者と会話を始めると被害から逃れるのが困難なことが分かっています。
信頼や技術は本来,社会を支える資源ですが,詐欺ではそれが悪用されています。だからこそ,犯罪者に対抗するためには,どの年代の被害者が,どの接触経路で,どの段階で判断を誤りやすいのかを分析し,どの行動が実際に被害を減らすのかを確かめる必要があります。
心理学研究者と防犯実務家の協働
現在,日本各地で,心理学者と警察の防犯部門が協働し,犯罪データから被害リスクを分析して対策を立案し,社会実験によってその対策の効果を確かめる取り組みが進んでいます[5]。
自転車盗対策では,異なる自転車駐輪場に異なるメッセージの横断幕を設置し施錠行動を測っています(図2)[6, 7]。特殊詐欺対策では,異なる受け手に異なるメッセージのポストやメールを送信して,予防行動につながるかを測っています[8]。防犯パトロールなどの地域介入も,犯罪を減らすことだけでなく,住民の信頼をどう変化させるかという視点から検討されています[9]。
安全を高める取り組みが安心も同時に高めるとは限りません。だからこそ客観的な犯罪統計と主観的な犯罪不安の両方を測って,対策を改善していく必要があります。
安全は客観的なリスクの問題であり,安心は心の状態です。その間をつなぐところに心理学があります。不安をあおるのでも,楽観に流れるのでもなく,データと心の両面から治安を考えること。それが,私たちの周りにある「安全と安心の心理学」なのです。
文献
- 1.島田貴仁 (2021) 犯罪予防の社会心理学:被害リスクの分析とフィールド実験による介入. ナカニシヤ出版
- 2.木村敦他 (2023) 心理学研究, 94(2), 120–128.
- 3.Shimada, T., Suzuki, A., & Amemiya, M. (2023) Crime Sci, 12, 13.
- 4.Shimada, T., & Suzuki, A. (2021) Int Crim Justice Rev, 31(4), 420–437.
- 5.島田貴仁 (2025) 犯罪心理学研究, 62(S), 73–85.
- 6.島田貴仁・荒井崇史 (2017) 心理学研究, 88(3), 230–240.
- 7.Suzuki, A., & Shimada, T. (2025) Int Crim Justice Rev. https://doi.org/10.1177/10575677251405837
- 8.白川真裕・島田貴仁・樋口匡貴 (2022) 心理学研究, 93(6), 516–525.
- 9.草尾祐樹他 (2024) 環境心理学研究, 12(1), 18.
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