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裏から読んでも心理学

ぱっと見の裏にあるもの

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

世の中には「違うけど似てる」ものがありますよね。例えば『手袋を買いに』と『ごんぎつね』。作者も一緒だし主役も同じ子ぎつね。勘違いする人が世の中には絶えないようで,白状すると「あの子ぎつねが手袋を買いにいく話って,なんだったっけ。ごんぎつね?」なんてすっとぼけたことを言ってしまった過去があります。

講義でも学生が「それ違う」な混同をすることがあって,代表的なのがアイヒマン実験とスタンフォード監獄実験でしょうか。「看守がスタンガンで電気ショック与えるやつ?」みたいな。復習しておくと,権威者の命令で電気ショックを与えちゃうのが前者で,看守役がエスカレートして虐待に走ったのが後者です。若干似てるけどまぁ違う。

この二つの実験,著者らも近い関係にあるのは有名な話で,アイヒマン実験のミルグラムと監獄実験のジンバルドーは,同じ高校の同級生というめぐり合わせ(コーエン, 2008)。はー,名門校で出会ったエリートたちが切磋琢磨して共に世界的な学者になったんかーとか思ってたんですが,かなり違いました。

彼らの通ったモンロー高校,実は「パフォーマンス不足」を理由に閉校しているんです。たぶんドロップアウト率が高すぎたのかと。というのも,NYのブロンクスという決して高級住宅地とは言えないエリアの高校なんですね。ジンバルドーに至っては自身をスラム出身と明言してます。周りの子たちは長じて逮捕されたり殺されたりしてしまった,とまで語っていて,彼にとって「犯罪」とか「監獄」は決して遠く離れた何処かの話ではない。そういう背景あっての監獄実験だと思って原典(Haney, Banks, & Zimbardo, 1973)を読むと,見えるものが違ってきます。

ご存じのように監獄実験にはさまざまな批判が寄せられており,中にはジンバルドーを嘘つき呼ばわりする人もいます。曰く「看守役が勝手に虐待に走ったとか言ってるけど,ジンバルドー本人が『もっと厳しくいけ!』って発破かけてる音声が残ってるんですけど?(意訳)」など(Blum, 2019; Le Texier, 2019)。私も最初に告発記事を読んだときはショックで,「ジンバルドーのあれも,やっぱりあれなんだって」などと周囲に話してしまったことがあります。

しかしその音声資料ってそもそも,ジンバルドーたちが保存・公開したものなんですよね。論文を読んでもジンバルドー,自分が指示を出してたことを隠してません。むしろ,自分も状況に飲まれて “監獄” の規律維持に奔走してしまったと告白までしている。たしかに「看守たちに具体的な指示は出さなかった」という記述もあり,そこを捉えて「不正確だ!」と弾劾する向きもあります(Reicher & Haslam, 2006)。しかし「もっと厳しくいけ!」という指示は「400Vの電撃を与えて下さい」みたいな具体的なものではない(Izydorczak & Wicher, 2019)。「看守にかなりの圧が加えられるのは“監獄”なら当然」という感覚がジンバルドーにあったのではないか(Zimbardo, 2006; 2018)。

じゃあ彼に何も問題がなかったかと言えば,それはやっぱり,もっと正確に詳細を書いた方がよかったかもしれない。しかしスラム出身のジンバルドーにとっての「監獄」の常識と,他の(中流以上の階層出身者が多数を占める)心理学者にとっての常識がズレていて,それゆえに「言わなくてもわかるでしょ」という説明不足と誤解を生んでしまったんじゃないかな,という気がするのです。

ジンバルドーの人生を知った上で著作を読んだりYouTubeを見たりすると,「悪人が全て生まれついての悪人だと思ってくれるな」という,彼の切実な訴えが伝わってきます。そんな善意から発した研究でただただ悪者扱いされてしまうなんて結末は,いかにも悲しい。差し出されたものの価値は,それが銅貨であれ研究であれ,自分できちんと確かめなければと反省しました。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

  • 本連載は今回で終了です。

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