「好き」を仕事につなげて
林 大輔(はやし だいすけ)
Profile─林 大輔
2016年に博士(心理学)取得後,東京大学特任研究員,愛知淑徳大学助教を経て,2019年入社。2024年より現職。専門は知覚・認知心理学。
私は視覚に関する心理物理学研究で博士号を取得し,現在は企業で声を題材とした研究プロジェクトを進めています。本記事では,そんな人間が心理学を企業でどう活かしてきたのか,お話しできればと思います。
入社時に配属されたのは,化学や生物学,工学など主に理工系の研究者が集まる,事業部の研究所でした。弊社はメーカーなので,よい体験を提供できるモノを作り,お客様に届けることが仕事です。心理学は,人の体験を理解することは得意ですが,製品そのものの開発はできません。モノづくりをするには,他分野の方々との協業が必須です。そこでまずは,チームに心理学を知ってもらうため,月一で勉強会を開催して,心理学の考え方や評価手法を紹介することから始めました。そして実際の業務の中でもコミュニケーションを重ねていき,徐々に互いの分野の強みを活かして研究開発業務を進められるようになっていきました。最初は「どう貢献できるのだろう」と不安もありましたが,今は「心理学はモノづくりの役に立つ」と自信を持って言えます。
また,心理学が活かせる場面は研究開発にとどまりません。基本的に会社のすべての仕事には人間が関わっていますから,ある意味どこでも心理学を「使う」ことはできます。そこで,社内に心理学を知ってもらい,使ってもらうべく,同期と一緒に心理学を紹介するPodcastをつくって発信しました。その結果,というわけでは必ずしもないのですが,営業の方と実証実験を行うことができ,研究所の外でも心理学が活かせることを実感しました。
他にも,たとえば安全衛生活動では,応用行動分析の考え方が活用できます。業務中の不安全な行動を「あの人の意識が低いから」で片づけず,その行動を生んだ環境に注目することで,自然と安全な行動が促される環境・仕組み作りにつなげられました。また,チームビルディング活動では,産業・組織心理学の知見をもとに質問紙調査を行い,現状の可視化と施策の効果検証を行いました。これらは大学時代の専門とは異なる心理学の分野ですが,ベースとなる心理学の視点があったことで,学びながら進めていくことができました。
5年半の研究所生活を経て,2024年に現所属のD-LABへ異動しました。D-LABは,JTグループのまだ見ぬ「心の豊かさ」を長期視点で研究・探索・創造するコーポレートR&D組織です。私はその中で「心の豊かさ研究」の一環として「声遊楽プロジェクト」を立ち上げ,声を題材に未来の人間らしさを起点とした心の豊かさの可能性を探求・発信しています。私は,声優やVTuberなどの人間の声の技術が好きです。また,音声合成や声質変換などの音声工学技術にも関心があります。声遊楽プロジェクトでは両方の技術を対象に,心理学だけでなく,美学・社会学・科学技術社会論・図書館情報学・計算論的神経科学・工学などさまざまな分野の研究者と一緒に学際研究を進めています。発信活動としては,アカデミアでの発表はもちろん,研究者・表現者・企業人が交じり合う対談イベントや声体験の展示,AIキャラクターによるPodcast動画,VTuberとの共同研究などを行っています。研究と発信を通じて,声を発することも聴くことも,それぞれの人が好きな形で日常的に楽しめる「声遊楽」という文化を創りたい,と思っています。
私は心理学が好きです。そして振り返ると,私は企業に入ってからずっと心理学を使い続けてきました。心理学の考え方を人や業務と向き合うときの軸にしながら,自分のさまざまな「好き」を仕事につなげて,私は今日も楽しく過ごしています。
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