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【特集】
言語が先か,思考が先か─言語発生・進化・習得におけるニワトリとタマゴの問題

今井 むつみ(いまい むつみ)
Profile─今井 むつみ
認知心理学者。日本認知科学会フェロー。アジア初のCognitive Science Society Fellow。専門分野は,認知科学,特に認知言語発達科学,言語心理学。単著に『学力喪失:認知科学による回復への道筋』『ことばと思考』『学びとは何か:〈探究人〉になるために』(以上,岩波新書),『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房),『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』『アブダクション英語学習法』(日経BP)ほか多数。
生成AIはここ数年で驚くべきスピードで進歩しており,紡ぎだす言語の流暢性は人間を超えている。生身の人間はしばしば言葉に詰まったり,言いよどんだり,文法を間違えたりするが,AIは,ハルシネーションはあってもどこまでもよどみない。
私は人間の子どもの言語習得の仕組みを研究しているのだが,生成AIの言語学習はあらゆる点で人間の子どもの言語の覚え方と対照的である。しかし,その違いが人間の言語の本質的特徴について,さらに人間の独特の習得法について,私たちにさまざまな気づきを与えてくれる。
アブダクション:演繹推論でも帰納推論でもない推論
一般的に推論と言えば演繹推論である。演繹推論はある命題あるいは規則が真であるか(あるいは規則に適合しているか違反しているか)を判断する推論である。認知心理学では有名なウェイソンの4枚カード問題は演繹推論の問題である。
もう一つのメジャーな推論形式は帰納推論である。帰納推論とは,データ系列からある規則性を見つけて,その規則をまだ起こっていない事象に適用し,予測する推論である。生成AIはまさにこの推論をする。生成AIはビッグデータから単語間の関係性を統計的に抽出し,次に起こる可能性がもっとも高い単語を予測する。
では私たち人間が日常的に行っている推論はどちらだろうか。
例えばこのような場面を考えてみよう。
①電車が突然止まった。「また人身事故か」と考える。
②最近咳がよく出る。「肺がんかもしれない」と心配になる。
③待ち合わせた相手が来ず電話もつながらない。「昨夜の私の言ったことが気に障ったのか」と思う。
①~③は因果関係の推論である。人は,何かが起こるとその原因を考えずにいられない。それが,たまたま経験した事象でも,自分の身体に起こったことでも,あるいは他者の行動でもそうである。それは科学の源であるが,因果推論は科学者の専売特許ではなく,小さいころからだれでも日常的にしている推論である。
人はまた,本来なら情報が足りず,結論を導き出せないような情報を自分の知識で補って結論を導くことも常にしている。時には話者の提供する情報が誤っていても,聞き手は本来の正しい情報を推論することもしばしば行う。『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』という本[1]は,福井県立図書館の司書さんたちが,利用者の珍妙な覚え間違いタイトルを集めた事例集だ。読者はそのタイトルの珍妙さに笑うが,私は誤ったタイトルから探している本を見つけ出す司書さんたちの推論の力に感動する。ある利用者は「村上春樹の『とんでもなくクリスタル』という本はどこですか?」と聞いてきた。司書さんは「そのタイトルの本はありませんが,お客様が探しているのは田中康夫さんの『なんとなく,クリスタル』,あるいは村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』ではないでしょうか?」と返した。著者名もタイトルも間違った情報から,推論によって見事に利用者の意図していた本の候補を言い当てることができたのだ。
このような推論は,演繹推論でも,帰納推論でもない。では何か。アブダクション推論である。演繹と帰納に比べて聞きなれないことばではあるが,人間は自然にこの推論を日常的に行っている。もともとは,チャールズ・サンダース・パースというアメリカの哲学者が作ったことばである。Abductionは英語圏でも推論の1種としてだれもが知っており頻繁に使う言葉ではない。一般的にはこのことばは「誘拐」という意味で使われる。パースはこのことばを「科学的探究における仮説形成推論」という意味で使ったが,認知科学ではより広く,人が日常的に行う,演繹でも帰納でもない推論を包括的に指すことばとして使われている[2]。
アブダクション推論を一言でいえば,「論理の跳躍を含む非論理推論」である。このように書くとアブダクションがいわゆる「よい推論」だと思う人は少ないだろう。実際,アブダクション推論は頻繁に誤りをもたらす。しかし,そもそも科学の「仮説」というのはあくまでも「仮のアイディア」であって,多方面から多角的に検証されなければならないし,ある時代に科学者たちに受け入れられ,理論として確立した後でも,誤りが見つかり,修正されたり,別の理論に置き換えられたりすることは科学の歴史上何度となく繰り返されてきた。
言語習得のときに行われる推論
言語習得の過程で学習者が行う推論は演繹推論だろうか,帰納推論だろうか,アブダクション推論だろうか。この問題を考えるために,ことばの意味を覚えるために乳幼児がどのような推論をするのかを考えてみよう。
多くの人は,子どもは大人にことばを教えられ,暗記して覚えていくと考えている。ことばの定義を教えられ,外界に存在する対象が定義に合っていればそのことばの指示対象として受け入れる。つまり演繹推論であると考えるわけである。
しかし考えてみてほしい。「ウサギ」や「ミルク」のような単純なことばでさえ,その「意味」を子どもにわかるように教えることはできない。ことばが指す対象の一つを指さして,そのことばを使うことくらいしか大人にはできないし,しない。時にはその対象を直接指さすことすらせず,ある状況でことばを使うことしかしないかもしれない。知らないことばを聞いた子どもはそのことばが状況中のどの対象を,あるいはどういう概念を指し示しているのかを推察─英語で言えばguess─するしかない。しかし,ことばが発せられた状況はしばしばとても曖昧である。これはアメリカの哲学者クワインが「ガヴァガーイ」問題と名付けた「一般化の問題」である。言葉が通じない未開の地で先住民が野原を走るウサギを指し「ガヴァガーイ」と叫んだ。意味は「ウサギ」,単に「動物」かもしれない。あるいは「あれを捕まえろ!」という命令かもしれない。こんな日常には起こらないことを考えるのは哲学者だけだよね,と思うかもしれない。しかし,子どもは日々この問題に直面し推論して結論づける。誤った意味に解釈してしまうことは日常茶飯事である。
人気YouTube番組「ゆる言語学ラジオ[3]」に投稿された子どもの言い間違いの事例をいくつか引用させてもらう。
エピソード1
朝食でロールパンに切れ込みを入れ,ツナマヨを挟んだものを食べたあと,「次はジャムをつけてトーストで食べたい」と言ったので,「焼くの? そのままの方がいいんじゃない?」と聞きました。そうしたら,「焼かなくていいけどトーストで食べたい」との返事。よくよく聞いてみると,「パンに具を挟むのが『サンド(イッチ)』で,上に載せるのが『トースト』」だと思っていた模様です。
エピソード2
ビニールプールに水を貯めている途中で,子どもから「もうプールわいた?」と言われました。「お風呂が沸いたよ」という親の言葉から,人が入るほどの大きい入れ物に水を貯めることを,「わく」という動詞として学んだようです。
エピソード3
バスタブに「入る」ときも「出る」ときも「ハイル」と言う。「ハイル」という動きの方向を表す動詞を「またぐ」という動作のことばだと思っていたらしい。
日常的な「目に見える動作」ですらことばは曖昧で,ことばの意味について誤ったアブダクションを誘発する出来事は日常のあらゆる場面にある。しかも,人間の言語は,目に見える,「今ここ」にあるモノや行為を名付けるだけではない。むしろ直接目で観察できない概念も切り取り,ラベルづけをすることに人間の言語の本領がある。「右」や「左」ということばはその一つだ。
私たち成人は,政治思想を指す比ゆ的な使い方でない,字義的にモノとモノとの空間の位置関係を表す「右」や「左」ということばが抽象的で「目に見えない概念」だと思わないだろう。だが,次のエピソードは「右」「左」がいかに抽象的で,見ただけではその意味を理解することが不可能な概念を指すことばなのかを示している。
エピソード4
子どもに「左右」の概念を教えるため,左右に関する絵本を見せたり,「右手」「左手」という言葉を意識的に使ってみたりしましたが,「自分の注目していた場所(方向)とは違う場所(方向)」を指す言葉が「左」であると認識してしまったようで,何かを探すときに「左にある?」と言ってソファの下をのぞいたり,後ろを振り向きながら「左は?」と言ったりします。
エピソード4は「左」が直接観察できない極度に抽象的な言葉だと教えてくれる。目で観察できるのは「左」を使える一事例にすぎず「左の意味」ではない。観察経験から話者が「左」で何を伝える意図か推察する必要がある。「左」が特定方向を指すとの理解は,簡単には正解を得られない高度なアブダクションだ。しかし「左」の本当の意味は「自分の左手の方向」ではなく,「前後左右」という視点依存のシステム自体を理解しなければならない。その視点システムは自分の身体を中心にした─つまり自分の顔が向いている方向を「前」とし,右手の方向を「右」,左手の方向を「左」とする自己中心システムと,他者,あるいは自分の外にある対象を中心にして,その対象の「前」を中心に左右を決めるシステムの2つがある。左右ということばを「使うことができる」ということは,話し手,聞き手の双方が,今の状況で,どちらの視点の枠組みをとっているかを推論できることにある。これは互いの「見え」や「意図」を探る推論で,いわゆる「心の理論」を必要とする。「心の理論」は他者の見えや知識,感情などの推論であり,アブダクションの典型である。
エピソード5
お雑煮に入れるお餅は,各自が焼き餅を自由に入れるスタイルでした。
そこでの甥っ子の一言「おれはおぞいち~」。「なんのこと?」と聞くと,「お餅1個だからおぞいち,お餅2個ならおぞうにでしょ?」とのことでした。
エピソード5は,子どもが言語インプットを分析・要素化し,組み合わせて新しいことばを創造することを示している。そこでは類推が大きな役割を果たすが,それには今の状況が過去の経験と「似ている」と思うことが前提となる。
これらのエピソードが示すことは,言語を学習するために,子どもは少なくとも以下のことをしている,あるいはできるようになるように学んでいる。
①話者がことばを発した状況で,話者の意図を考え,ことばの意味を解釈する。
②単語がさらに細かい意味の要素に分割できるか考え,細かい意味の要素を探る。
③要素を組み合わせ,新しいことばを創造する。
④「似ている」「同じ」を探す。
⑤ある状況で単語の意味を推論によって覚えたら,その単語を「似ている」状況にも使う。これによって,一つの単語を多義的に拡張する。
⑥単語同士を関係づける。新しい単語を聞くたびに,既知の単語との関係を考えて,単語間のネットワークシステムをつくる。
⑦単語を組み合わせて,自由自在に文,文章を生成し,相手に伝える意味を拡張する。
これらはすべてアブダクション推論である。これらの多様なアブダクション推論は,大人の外国語学習などの言語習得の場面に限らず,まさに日常生活においても,プロフェッショナルな場面でも,科学の探究の場面など,ありとあらゆる場面で,大人が行っている,人間の意思決定や知識習得,問題発見の根幹となる推論なのである。では,アブダクション推論は人間に言語をもたらした「タネ」あるいは「タマゴ」なのだろうか? この問題を考える際に,AIと進化的にもっともわれわれヒトに近い祖先であるチンパンジーがアブダクション推論をするかどうかは直接の証拠にはならなくても,ヒントは与えてくれるはずだ。
言語の発生,進化とアブダクション推論の関係
現代のAIの「推論」は膨大な量のデータからの帰納推論であり,予測はするが因果関係や目に見えないメカニズムについて,自発的に推論することはしない。そもそもヒトは現代のLLM(大規模言語モデル)ベースのAIのような大量のデータを瞬時に扱える情報処理能力も記憶能力も持たない。逆に,情報処理能力,記憶力が制限されているからこそ,思考の跳躍を伴うアブダクション推論をする必要があったのではないだろうか。アブダクション推論のもっとも原初的なものは,他者の意図や行動を予測する推論だと考えられ,この推論の必要性が言語を発生させた原動力になっているというのは,蓋然性が高い仮説であるように私には思われる。
ヒトに最も進化的に近いチンパンジーは言語を持たない。かつて彼らに言語を教える試みが世界中で行われた。当時の多くの研究は,文脈や語彙システムから切り離された単語と典型的な指示対象の対応付けを覚えれば「意味を覚えた」と考えていた。確かに訓練された彼らは対応づけを記憶できた。しかし,単語が「意味」をもつこと,複数単語を規則に従い組み合わせて文の意味を生成し,自分の欲しいものを要求したり相手と合意・情報共有できることを理解せず,自発的に言語を使うことはなかった。
チンパンジーはアブダクション推論をするのだろうか? 興味深く,重要な問題である。動物実験で使われるオペラント条件づけは,単なる連合学習といえばそれまでだが,刺激と報酬の間の関係性の規則を見つけ,一般化する必要がある。それはAIと同じように帰納学習と考えてもよいかもしれない。もちろん学習に必要な訓練の量は,AIよりはずっと少ないが,ヒトの子どもが必要とする訓練量に比べればずっと多くの時間の訓練が必要である。
ここまで,アブダクション推論は帰納推論とまったく性質の異なる別種の推論であるかのように話を進めてきたが,実は帰納推論とある種のアブダクション推論の間には連続性があると言える。現在観察できる事象から時間を遡及して目に見えない原因を特定しようとする因果推論は,私の知る限りではヒト以外の動物種はほとんど行わないが,パターンの一般化はオペラント条件づけでも必要かもしれない。実際,クワインのガヴァガーイ問題はクワインによって,また,続く発達心理学者たちの探究において,「帰納推論の問題」と呼ばれていた。少量のデータから一足飛びに単語の事例を一般化し,他の対象に適用するのは「論理的に不可能な帰納推論」とされ,ヒトの子どもがどうこの不可能性を克服し単語の意味を推論するのか研究がさかんに行われた。
ヒトの子どもは,どのような概念がことばになりやすいか,どのような知覚的特徴が一般化の基準になるかといった,単語を一般化するための手がかりを生後2歳くらいまでに学び,その知識を駆使して新しい単語の意味を推論する[4]。その際,複数の手がかりを柔軟に組み合わせ,その状況で最適解を考え,単語に意味を付与する。しかし後に当該の単語と関連のある新たな単語を学ぶと当該の意味を修正するということも行っている。これらの一連の推論過程は,まさに知識を創造し,柔軟に組み合わせ,修正することで知識の体系をつくっていくという,ヒトの熟達者が行うアブダクション推論による仮説形成と検証のサイクルと構造的には変わらない。これを乳幼児が行うことで言語の習得が成り立っているのである。
チンパンジーは,統計学習からのパターンをほんの少しだけ跳躍させて一般化を行うかもしれない。これをアブダクション推論に含めるなら,チンパンジーもアブダクション推論をすると言えるかもしれない。しかし,知識を柔軟に組み合わせた仮説形成と検証,修正のサイクル,つまり恒常的な知識の体系の拡張と再編成はヒトしか行わない推論であり,その能力が言語発生,進化と言語習得を可能にするタネ,あるいはタマゴではないだろうか[5]。もちろんこれもアブダクションによる仮説ではあるのだが。
文献
- 1.福井県立図書館(2024)100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集.講談社文庫.
- 2.Thagard, P. (2007) Abductive inference: From philosophical analysis to neural mechanisms. In A. Feeny & E. Helt (Eds.), Inductive reasoning: Experimental, developmental and computational approaches (pp.226–247). Cambridge University Press.
- 3.https://www.youtube.com/@yurugengo
- 4.今井むつみ・針生悦子(2014)言葉を覚える仕組み:母語から外国語まで.ちくま学芸文庫.
- 5.今井むつみ・秋田喜美(2023)言語の本質:ことばはどう生まれ,進化したか.中公新書.
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
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