公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

【小特集】

何を求めて旅に出るのか?

林 幸史
大阪国際大学人間科学部 教授

林 幸史(はやし よしふみ)

Profile─林 幸史
博士(社会学)。専門は観光心理学,社会心理学。2024年より現職。論文に「長距離徒歩旅行がもたらす心理的変容:歩く旅の心理過程についてのナラティブレビュー」国際研究論叢:大阪国際大学紀要, 39(1) 89–110, 2025.など。

異郷の風景

死者が荼毘に付され,燃え尽きるまでを眺めることができる場所がある。あなたはそこに行ってみたいだろうか? インドには,野天の火葬場があり,そこで焼かれた肉体は遺灰となって,川に流される。その地を訪れた三島由紀夫は,神聖で清浄かつ,嘔吐を催すような忌わしさに充ちていたと述べた[1]

インドの火葬場での光景は,日本人には,驚きや恐怖といった感情をもたらす。感情に強く訴えかけるような経験を求める人はその地に憧れを抱き,そうでない人は敬遠する。ズッカーマンは,このような個人差をセンセーション・シーキング(新奇性・刺激追求傾向)と名付けた[2]。体験から得られる新しい感覚を追求する心理傾向である。

新奇性欲求と観光動機

人が旅する理由の一つは,新しい経験や,強烈な感覚や感情を求める新奇性や刺激への欲求である。日常生活の単調さを,新しい世界での刺激によって解消し,最適な覚醒レベル[3]に戻そうとする。では,どのような行動や活動が,新奇性欲求を満たすのか。それを観光者モチベーション研究が教えてくれる。

モチベーションは,個人に行動を起こさせる動機と,その行動を特定の方向へと向かわせる目標や対象からなる。そのため,観光者モチベーションも,人を旅へと押し出すプッシュ(push)要因と,特定の目的地に導くプル(pull)要因という2つの側面に分けて論じられる。ここでは,「なぜ旅をするのか」を説明するプッシュ要因となる観光動機の研究について,その主要な研究や理論を紹介する(表1)。

表1 観光動機研究の年表
表1 観光動機研究の年表

観光動機研究の先駆者は,ダンとクランプトンである。ダンは,人が旅に出る動機は,アノミーと自己顕示であるとし[4],クランプトンは,社会・心理学的な7つの動機と,文化的な2つの動機を見出した[5]。その後,アイソ=アホラは,人が旅する理由は,「日常的世界からの逃避」と「心理的報酬の追求」という2つの要素で説明できるとした。それらには,個人と対人の側面があり,個人的世界(個人的なトラブルや問題),および対人的世界(同僚,家族,友人,隣人)からの逃避,個人的報酬(熟達感や有能感,異文化学習,休息とリラックス),および対人的報酬(現地住民や旅行仲間との交流)の追求という4つの側面で構成される[6]

ピアースのTCLとTCP

観光動機は複数の要素で構成されるが,そこに序列を加えたのがピアースである。ピアースはマズローの欲求階層説を応用して,トラベル・キャリア・ラダー(TCL)と呼ばれる5段階の梯子状モデルを提唱した[7]。人々の観光動機は,5段階のトラベル・キャリア(リラックス欲求,安全-刺激欲求,関係性欲求,自己発展欲求,自己実現欲求)のいずれかに位置し,ライフステージや旅行経験によって梯子を上下動するように変動する発達的かつ動的な理論であった。国内でも,佐々木が,観光動機が,緊張解消,娯楽追求,関係強化,知識増進,自己拡大という5次元に集約できるとし,階層性のアイディアを支持していた[8]

多くの研究者によってTCLの実証調査が進められたが,経験が増えれば高次の動機に変化するという階層構造は認められなかった。TCLを批判的に検証したライアンは,旅行経験を積むことで動機そのものが変わるというよりは,観光者は経験を通じて,より満足のいく体験を構築するスキルを習得すると考えるべきだと述べた[9]

その後,TCLを再構築したピアースは,新たにトラベル・キャリア・パターン(TCP)という枠組みを提唱した[10, 11]。段階的な変化にはこだわらない,動機づけのパターンとその構造についての理論である。TCPは,中心層,中間層,外部層の3層から成る。中心層には,トラベル・キャリアを問わず重視される「新奇性」「逃避・リラックス」「関係性」の3つの動機が配置される。中間層にはキャリアによって重要度の高低が分かれる「自己実現」「自己発展」や「自然」「現地社会との関与を通じた自己啓発」の動機が,外部層には重要度が低い「孤独」と「ノスタルジア」などが位置づけられた。そして,旅行経験が蓄積されるにつれて,旅の目的は,自分自身の安全や内面的な成長から,現地の文化や環境への関与へと変化するという。

観光動機研究から見えるもの

50年余りの歴史がある観光動機の研究を概観したが,これらの研究が捉えようとした「動機」は,果たして心理学概念の動機かと問われると,それとは異なると答えるべきだろう。動機とは,行動を起こさせる欲求・認知・感情の内的プロセスである[12]。そもそも旅に出るときに,私たちはどれほど自らの動機を自覚しているだろう。筆者自身が旅に出るときも,「どこかに行きたいな」という漠然とした気持ちが沸き起こり,旅行の計画を立て始めることが多い。旅立つ前に「何があなたを突き動かすのか」と問われたところで,明確な答えなど持ち合わせていない。つまり,観光者は,自らの旅行中の行動を観察したり,自身の感情を解釈したりすることで,その背後にある動機を推論しているに過ぎない[13]

では,これまでの観光動機研究は何を明らかにしてきたのか。その答えは,私たちが旅に認めてきた価値ではないだろうか。価値とは,私たちの人生の指針であり,行動を動機づける望ましい目標を指す。シュワルツは,10の普遍的な価値タイプを「変化への開放性-保守主義」(刺激や変化に富んだ生活を重視するのか,安全や調和,伝統を重視するのか)と「自己高揚-自己超越」(自己の成功や威信を求めるのか,自己よりも他者の安寧や幸福を優先するのか)の2軸で説明している[14]。そして,観光動機もまた同様の次元で解釈できる[15]。数か月に渡り海外を放浪するバックパッカーの旅の動機は,新奇な体験をすることや現地での交流を求める気持ちが強い。その背景には,人生にはさまざまな経験が必要であり,挑戦や冒険を選択すべきとの価値観がある。旅は,日常の制約から自由になれる分,その人の重視するものが表れやすい。どのような旅を好むかを知ることは,その人が人生で大切にしている価値を知ることにつながる。

このように考えると,観光動機研究は,旅の動機の研究というよりも,旅を通して実現される個人の価値観を捉える試みであったといえるだろう。価値観が人生経験とともに少しずつ変化するように,観光動機も旅行経験を積むことによって変わっていく。私たちは旅を重ねるなかで,自分にとって価値のある旅を学び,自らが旅をすることの意味を自覚していく。これが旅は人生に似ていると言われる所以かもしれない。

文献

  • 1.三島由紀夫 (1977) 暁の寺. 新潮社.
  • 2.Zuckerman, M. (1979) Sensation seeking. Lawrence Erlbaum Associates.
  • 3.Berlyne, D. E. (1960) Conflict, arousal, and curiosity. McGraw-Hill.
  • 4.Dann, G. M. (1977) Ann Tour Res, 4(4), 184–194.
  • 5.Crompton, J. L. (1979) Ann Tour Res, 6(4), 408–424.
  • 6.Iso-Ahola, S. E. (1982) Ann Tour Res, 9(2), 256–262.
  • 7.Pearce, P. L. (1988) The Ulysses factor. Springer.
  • 8.佐々木土師二 (2000) 旅行者行動の心理学. 関西大学出版部.
  • 9.Ryan, C. (1998) Ann Tour Res, 25(4), 936–957.
  • 10.Pearce, P. L., & Lee, U. I. (2005) J Travel Res, 43(3), 226–237.
  • 11.Pearce, P. L. (Ed.) (2019) Tourist behaviour. Edward Elgar.
  • 12.Reeve, J. (2018) Understanding motivation and emotion (7th ed.). Wiley.
  • 13.Crompton, J. L., & Petrick, J. F. (2024) Ann Tour Res, 104, 103692.
  • 14.Schwartz, S. H. (2012) Online Readings Psychol Cult, 2(1), Article 11.
  • 15.林幸史・藤原武弘 (2008) 実験社会心理学研究, 48(1), 17–31.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1