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【小特集】

物語を旅するコンテンツツーリズム─「聖地巡礼」による没入体験となつかしさ

楠見 孝
京都大学国際高等教育院 特定教授

楠見 孝(くすみ たかし)

Profile─楠見 孝
博士(心理学)。専門は認知心理学。京都大学名誉教授。2025年より京都大学国際高等教育院副教育院長・特定教授。著書に『メタフォリカル・マインド:比喩的思考の心理学』(単著,有斐閣)など。

はじめに

コンテンツツーリズムとは,小説・映画・ドラマ・アニメなどの作品の舞台となった場所を訪ねる旅である。特に2000年代に入ると,気に入った作品の舞台を「聖地」と捉え,ファン同士で情報を共有しながら,作品の場面と同じ場所を探し,登場人物の足跡を追うように町を歩く旅を「聖地巡礼」と呼ぶようになり,2010年代に盛んになってきた。本稿では,この旅を「物語世界への没入」という独自の動機と体験をもつと捉える。そして,その特徴を,全国調査の結果[1]となつかしさの心理学の知見[2]を基に考察する。

「聖地巡礼」の広がりと特徴

聖地巡礼は,アニメの聖地巡礼が代表例である。作品のファンが「舞台となった場所」を発見し,SNSで共有されて,多くの人が訪れるようになるというプロセスがある。さらに,自治体が作品と連携したイベントを開催したり,観光施策に取り入れたりするケースも増えてきた。

聖地巡礼の動機の中心には,「自分が愛した物語の世界を,現実の空間で追体験する」ことがある。そこで重要となるのが,物語への没入(immersion)感情である[3]。物語に入り込み,登場人物の視点で世界を感じるような経験が強いほど,舞台を実際に歩くことで「物語が現実につながる」特別な感覚が生まれる。

没入体験はなぜ「旅」に向かうのか

図1 聖地巡礼(コンテンツツーリズム)における作品没入-なつかしさプロセスモデル
図1 聖地巡礼(コンテンツツーリズム)における作品没入-なつかしさプロセスモデル

私たちの研究(全国16~79歳,800名のウェブ調査)[1]では,想像性(ファンタジー)傾向とポジティブななつかしさ(過去の出来事を想起することに心地よさを感じ,その意味や価値を認識する)傾向[4]が,作品世界への親近性を高め,旅行中の没入を規定する先行要因であることが示された(図1の①)。

これらの特性をもつ人は,作品の舞台を訪れた際に「既知感」「なつかしさ」「感動(やっときたという思いと興奮)」を強く経験し,それが作品への没入を促進する(図1の④)。さらに,表1に示すコンテンツ別の特徴として,とりわけアニメ聖地巡礼では,20~30代の若年層を中心に,旅行前の情報収集から旅行中・旅行後の発信に至るまでインターネット利用と発信が活発であり,現地での没入体験と感動が相互に促進される傾向が見られた(図1の③~⑤)。一方で,TVドラマや映画の聖地巡礼は40~50代が中心であり,小説では50~60代を中心に幅広い年齢層が含まれる。インターネット活用は,年齢層が高くなるほど相対的に低下する傾向がある。

聖地巡礼による既知感となつかしさ

聖地巡礼による物語の舞台で,なぜ,なつかしさが生じるのか。作品を鑑賞した経験は本来「映像や文字としての記憶」であり,実際にその場所を訪れた経験とは異なる。それにもかかわらず,人は目の前の風景を視界に捉えた瞬間,「初めて来たのになつかしい」と感じることがある。この独特の感覚は,心理学におけるなつかしさとデジャビュの研究[5]から理解することができる。

特に作品に没入している人ほど,繰り返し作品に触れることで,物語世界の詳細なイメージが形成されるとともに親近性が向上する(図1の②)。そして実際に現地を訪れた際,目の前の現実の風景と「作品を通じて形成された場面イメージ」が一致すると,それが自分自身の過去経験のように再認される。これが,聖地巡礼特有の強い既知感やなつかしさを生み出す要因である(図1の④)。

さらに,この強い既知感と「ここには初めて訪れた」という現実認識が併存するため,「初めて来たのに前にも来た気がする」というデジャビュとして経験されるのである。

なお,調査の結果,表1で示すように,こうした既知感は,実写映像であるTVドラマや映画だけでなく,アニメにおいても同程度に高かった。一方で,小説は他のコンテンツに比べて訪問時の既知感が低く,「思い描いていた場所とは違う」と感じやすい傾向があった。これは,読者が文字から想像したイメージと実際の風景との間に,食い違いが生じやすいためと考えられる。

聖地巡礼の心理的効果と課題

聖地巡礼には多くのポジティブな効果がある。作品を介して現地の人との交流やファン同士のコミュニティが生まれる。さらに,なつかしさがもたらす心理的充足感は,旅の満足感を高め,幸福感を向上させる。また,旅行後には約3割から半数の旅行者が作品を再視聴・再読しており,作品世界を再度味わう行動につながっている(図1の⑤)。

一方で,来訪者の急増によるオーバー・ツーリズムの課題がある。SNS上では作品の有名カットを発見して撮影したり,自分が入って再現したりすることが目的化する現象も見られる。また,団体での訪問は,旅の個人的な意味づけが喪失し,没入やなつかしさの効果も弱まる。

こうした課題に対して観光心理学は,これらの感情・認知・社会への影響と世代差(表1)を分析して,持続可能で一人ひとりの満足度の高い観光のあり方を提案することが考えられる。聖地巡礼は,流行による名所巡りではなく,「物語と現実の接点を通して自己を再構築する」行為として,理解し直す必要がある。

表1 聖地巡礼(コンテンツツーリズム)のコンテンツ別の特徴(文献1より)
表1 聖地巡礼(コンテンツツーリズム)のコンテンツ別の特徴(文献1より)

おわりに:自分だけの聖地巡礼へ

旅は,外の世界を見るための行為であるが,聖地巡礼は,「内的世界を確かめる行為」でもある。人は物語に没入するとき,登場人物の感情と自分自身を重ね合わせる。その舞台を訪ねる旅は,内的な物語世界と現実世界を往還し,「今の自分がどこに立っているのか」を再確認する機会となる。

人にはそれぞれ「聖地」がある。それは有名作品の舞台とは限らず,子どもの頃に住んでいた団地,遊んだ公園,学校,学生時代を過ごした街角など,私たちは人生のさまざまな「自分の物語の舞台」をもっている。そこを再訪したときのなつかしさは,過去の自分と現在の自分をつなぎ,人とのつながりを思い起こさせ,未来へ踏み出す力を与えてくれる。

聖地巡礼の旅は,「物語世界に没入する」だけでなく,その体験を通して満足感やなつかしさを伴いながら,「自分の物語を再発見する」営みへとつながるものである。作品と自己の物語に導かれた,なつかしさを伴う旅は,現代において新たな意味をもつ旅の形であると考える

文献

  • 1.楠見孝・米田英嗣 (2018) コンテンツ・ツーリズム学会論文集, 5, 2-11.
  • 2.楠見孝(編)(2014) なつかしさの心理学:思い出と感情.誠信書房.
  • 3.小山内秀和・楠見孝 (2013) 心理学評論, 56(4), 457–473.
  • 4.楠見孝 (2021) 心理学評論, 64(1), 5–28.
  • 5.楠見孝 (2021) なつかしさはなぜ起こるか:単純接触効果と自伝的記憶,デジャビュ.繁桝算男(編), 心理学理論バトル(pp.49–64). 新曜社.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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