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乳幼児が見る世界からヒトの意識を考える

鶴見 周摩(つるみ しゅうま)
Profile─鶴見 周摩
中央大学文学部卒業,同大学大学院文学研究科修了,博士(心理学)。北海道大学でポスドク,助教を経て,2026年より現職。専門は知覚・認知心理学。筆頭論文に Covert attention modulates visual perception in early infancy. Brain Research, 1875, 1–6, 2026.など。
われわれが物理的な世界をありのまま知覚しているわけではないことを証明する手段の一つに「錯覚」があります。個人差はありますが,多くの方が錯覚を通じて意識と外界とのギャップを体感したことがあるでしょう。錯覚は驚きに満ちた体験ですが,実はこの錯覚は乳幼児では起きない(あるいは効果が弱い)ことが近年報告されています。大人の意識を推し量ることすら難しいのに,大人とは異なる世界を乳幼児が見ているとしたら,一体彼らはどんな世界を見ているのでしょうか?
錯覚が起きない乳児たち
まず初めに,生まれて数か月の乳児には知覚の恒常性という驚異的な能力が備わっていません。この恒常性は外界を安定して知覚するために重要であり,われわれの意識外で自動的に処理が行われています。例えば,友人との買い物中突然雨が降り始めたとき,友人(もちろん自分も)が陰に入って暗くなったからといって,当然ながら別人に変わったとは思いません。この当然を可能にしているのが恒常性です。われわれは日常の至る所で起きる些末な変化を無視し,これまでの経験から外界を推定することで安定した世界を経験しています。この恒常性が生後半年未満の乳児には備わっていないため,大人が気づかない変化に逆に気づくことが示されています[1]。つまり,恒常性がまだ働いていない乳児たちからすると,お母さんやお父さんに当たる光の量が変化するだけで,劇的な見えの変化が起きているのかもしれません。
こうした現象を踏まえると,改めてわれわれの脳が物理的な情報を実直に受け取っているわけではなく,あらかじめ予測を立てて外界を知覚していることが見て取れます。この推測して知覚する背景には,脳内でのフィードバック処理があります。テストなどで得たパフォーマンスに対して評価するフィードバックのように,脳の中でも情報処理の確認・評価作業がさまざまなレベルで行われています。そして,このフィードバック処理を介した情報処理は生後半年以降に確立されることが最近の乳児研究から示唆されています。詳細は省きますが,大人には見えづらい一瞬の顔が生後数か月の乳児には見えていたり[2],大人なら誤って統合してしまう情報を正しく見分けていたりします[3]。この転換点にいる乳児の視覚システムを調べることは,神経機序の解明だけでなく,多種多様な意識経験の始まりを知る手がかりとなります。
錯覚が起きない子どもたち
実は錯覚が起きないのは乳児に限ったことではありません。大人でも,周囲ほど錯覚の不思議さを感じられず,もどかしい思いをすることがあります。この個人差の背景にはいくつか要因がありますが,ここでは認知的な側面,つまり個人の経験や知識に基づいた影響に焦点を当てます。
例えば,錯覚とは少し離れるかもしれませんが,風景の見方には文化差があります。西洋文化圏の人々が風景の中のメインの物体(前景)を注視する傾向があるのに対し,東洋文化圏の人々は周辺の背景をよく注視することがわかっています[4]。個を重視する西洋文化と,集団を大事にする東洋文化での経験が,その人の風景の見方を変えると考えられています。ちなみに,こういった文化差は表情観察時にも見られ,西洋は口を,東洋は目を注視しがちになるというデータもあります[5]。
上述した経験や知識に基づいて生起するタイプの錯覚では個人差が現れやすいです。囲まれた円のサイズによって中央の円の大きさが変わって見える「エビングハウス錯視」(図1)は,視覚経験が比較的乏しい就学前の4~6歳児では起きないことが報告されています[6]。ただしこれは西洋文化のデータで,日本と米国の子どもたちで比較した研究によると,日本の子どもたちではエビングハウス錯視が生じることが示されています[7]。つまり,日本の子どもたちの方が周辺の情報により左右されてしまいます。これらの知見は,観察者の普段の知覚認知スタイルが錯覚の生起に大きく影響することを示唆しています。もちろん,こうした情報処理の背景には前項で紹介したような脳内ネットワークがありますが,さまざまな錯覚を用いることで処理のどの段階で起きるのかを推定できます。
発達の先にある景色
乳幼児から子どもとみてきたので,その先の発達についても触れておきます。錯覚が生じない段階から,生じるようになった先ではどのような結果が待ち受けているのでしょうか。若年成人(20~30代)から高齢者(60~80代)を対象とした研究によると,先に紹介したエビングハウス錯視は高齢者では起きにくくなるようです8。一見,乳幼児期と同じ状態に戻ったようにもみえますが,すべての錯覚が減退するわけではありません。例えば,同じ横幅の四角形でも高さがある方が細く見える「height-width錯視」(図2,身体でも起きる)は,むしろ高齢者の方が強く生じることがわかっています。同じ錯視であっても,発達段階によって結果が異なるのは,それぞれ背後にある原因が異なるためであり,非常に興味深い探究対象です。誌面の制限上,本記事では視覚に焦点を当ててきましたが,錯覚は視覚に限らず他の感覚器でも生じるので,関心がある方はぜひ調べてみてください。
意識の芽生え
われわれの普段意識に上る内容は「当たり前」の情報処理の上に成り立っています。しかし,今回取り上げた錯覚を通して,その当たり前が通じない世界があることに気づかされます。誰がどのように世界をみているのかを探ることは,その人の「意識の来歴」を垣間見ることであり,多種多様な自他の理解につながっていくのです。
文献
- 1.Yang, J. et al. (2015) Curr Biol, 25, 3209-3212.
- 2.Nakashima Y. et al. (2021) Proc Natl Acad Sci U S A, 118, e2103040118.
- 3.Tsurumi S. et al. (2023) Proc Biol Sci, 290, 20232134.
- 4.Chua H. F. et al. (2005) Proc Natl Acad Sci U S A, 102, 12629-12633.
- 5.Jack, R. E. et al. (2009) Curr Biol, 19, 1543-1548.
- 6.Doherty, M. J. et al. (2010) Dev Sci, 13, 714-721.
- 7.Senzaki, S. et al. (2025) Sci Rep, 15, 7008.
- 8.Mazuz, Y. et al. (2024) Sci Rep, 14, 14583.
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