公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

心理学史諸国探訪【第31回】

学校法人立命館副総長/立命館大学総合心理学部教授 サトウ タツヤ
 心理学史に限ったことではないが、エジプトという名称の国における心理学史をあつかうことと、現在エジプトと呼ばれている地域における心理学史というものがずれることは珍しくない。両者の積集合をとるか和集合をとるかで、対象となるエリアの広さはかなり異なることになる。

サトウ タツヤ

エジプト─①

ドイツのヴントが19世紀末に体系化した心理学は,意識を対象にして,生理学などが用いていた実験という手続きで,心を明らかにしようとしました。実験という手法を磨き上げた心理学は,心という見えないものの機能を取り出すことができる学範(ディシプリン)として注目を集め,心理学を学び博士号を取得する学生の数も増加しました。こうして研究の数が増えた結果,ヴントによる実験心理学の限界が明らかになったものの,後継者たちはさらに魅力的な心理学の研究を生み出していったのです。このように考えると実験心理学が今の心理学の基盤を作ったことは明白で,各国における実験心理学の定着を見ていくことには一定の意味が認められるでしょう(それだけではすまないとはしても……)。

アラブ圏における近代心理学の最初の足跡は,19世紀後半のレバノンに遡ることができます。1874年にアメリカ人宣教師ダニエル・ブリス(Daniel Bliss)がアラビア語による近代初の心理学著作『精神哲学の初歩』を執筆・出版しました[1]。日本初の本格的な心理学書である『心理学(和装版)』(ヘブン著・西周訳)がほぼ同時期(1875年)に出版されたという事実を踏まえると,洋の東西における近代知の同時多発的な伝播と受容の様相を物語っており味わい深い妙味があります。

Daniel W. Bliss (1823–1916)
Daniel W. Bliss (1823–1916)
https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Bliss

エジプトの公教育に心理学が組み込まれていくのは20世紀初頭のことです。1882年に教員養成のためのカレッジが設立され,1886年に教育科学に関する講義が始まると,1906年にそのカリキュラムの一部として初めて心理学が登場しました。これがエジプトの教育システムにおける最初の「公式な」誕生と言えるようです。さらに1908年,最初の近代的な大学として「エジプト大学」が非政府機関として設立されました。エジプトは16世紀以降オスマン帝国に支配され19世紀後半はイギリスの保護国に甘んじていましたが,20世紀頃になると民族意識が高揚し大学の設立もこうした流れの中にありました。エジプト大学では哲学カリキュラムの一部として心理学の講義が提供され始めます。当時はフランス人教員らが講義を担当しており,1911年には女性の心理学を扱う最初の講義が,1913年には刑法を学ぶ学生向けに精神障害の心理学の講義が行われました。

1925年に大学が国営化されてカイロ大学になると,心理学は哲学部の主要な構成要素へと昇格しました。そして1929年にエジプト政府はスイスの教育学者クラパレードを顧問として招聘し,彼が知能テストの適用や教育改革の提言を行ったことで近代心理学の概念が広く紹介されました[2]。また,彼は顧問として優秀な学生を海外に留学生として派遣する提案をしています。留学生の一人がユサフ・ムラード(Youssef Mourad)でした。

Youssef Mourad(يوسف مراد)(1902–1966)
Youssef Mourad(يوسف مراد)(1902–1966)
author/yousef-murad

彼は教師経験を経てカイロ大学文学部に入学し,1930年に卒業すると翌1931年に奨学金を得てフランスに留学しました。ソルボンヌ大学でピエロン(Henri Pieron)とドラクロワ(Henri Delacroix)に師事し,1940年に博士号を取得。帰国後にカイロ大学教授になっています。エジプトにおいてアラビア語で心理学を講義することによって,エジプトのみならずアラブ圏・アフリカ圏に近代心理学を広めるきっかけを作りました。行動・心理・生理を相互に結びつけた統合心理学を提唱。1953年に『心理学雑誌(Majallat al-Nafs)』を創刊した一人です。

文献

PDFをダウンロード

1