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この人をたずねて

石津智大 氏

石津 智大
関西大学文学部心理学専修 教授

石津 智大(いしづ ともひろ)

Profile─石津 智大
慶應義塾大学大学院で心理学博士を取得後,渡欧。ウィーン大学心理学部研究員,ロンドン大学ユニバーシティカレッジ生命科学部上席研究員などを経て,現職。広島大学脳・こころ・感性科学研究センター客員教授を兼任。専門は神経美学。著書に『神経美学:美と芸術の脳科学』(単著,共立出版),『なぜアートに魅了されるのか』(分担執筆,共立出版),『泣ける消費:人はモノではなく「感情」を買っている』(単著,サンマーク出版)など。

石津智大氏へのインタビュー

聞き手:日下部春野

─学生時代からこれまでの研究の歩みを教えてください。

学生時代は生理心理学の研究室に所属していて,修論では視覚的注意を扱いました。修士の頃から芸術と美の心理学とか認知脳科学をやりたかったんですが,当時日本ではあまりできるところがありませんでした。なのでまず博士課程では脳の計測の勉強をしようと思い,顔や身体の認知が物とどう違うのかを,脳波計とNIRS,脳磁計で調べました。神経美学を本格的に始めたのは博士課程の後,ロンドン大学に移ってからです。

─ではそもそも,神経美学の研究を志したきっかけは何だったのですか?

母が絵が好きだった影響で,絵画に対する興味が昔からあったんです。でも中学2年生のある日,うたた寝から起きる瞬間に夢と現実の世界が同時に見えた経験があって,これは脳のせいだ,脳は絶対面白いなと思って,その時に脳科学者になりたいと思いました。

以来,絵画と脳への興味が独立してあったんですが,修士に入った時に,両方好きなんだから両方つなげてやっちゃえば一石二鳥で超楽しいじゃん,と思いました。で,こんなの誰もやってないだろうと思って調べたら,セミール・ゼキ先生がロンドン大学ですでに神経美学という分野を作っているのを知って,いつかこの辺で研究したいなと。それで最初は脳計測のスキルを身につけて,運よくロンドン大学にも行けて,神経美学を始められた,という来歴です。

─脳活動から美を研究するアプローチの強みと難しさを教えてください。

まずは,行動主義的流れの中でブラックボックスの一つだった脳に迫れることです。19世紀の実験美学や経験美学の研究者たちも,刺激の入力と行動の出力の間にある人間の内部の仕組みを知りたかったんですが,当時は方法がなかった。なので,今の神経美学は,経験美学のそういう思いを引き継いでいます。

一つの例がプラトンのイデア哲学で,真善美が人間の追求すべき3つの徳だと言われてるんですね。たしかに経験的にわかるじゃないですか。真実は美しいとか,善い行いをしてる人は美しいとか。でもそれはあくまで哲学的,定性的な議論と,経験則で言われていただけで。でも僕たちの研究を含め,神経美学で実際に調べてみると,道徳的な行い,数理的な真実,そして芸術や音楽の美しさを感じる時に,どうやら脳の同じような部位が活動している可能性がわかったんです。

そうすると,もしかしたらずっと人類が議論してきた真と善と美の判断は,脳の中でも同じようなシステムで行われているかもしれない。そういう定量的,客観的なデータを使って,人間の大事なものが何かを調べていると言えます。

─理論と,経験的な観察との間の部分を見ることができる。

そうですね。でもこれ,認知脳科学やってる人はみんな言うと思うんですけど,脳の研究をしても何もわからないんですよ。僕の大学院時代の恩師の小嶋祥三先生は,脳は行動を説明できない,行動が脳を説明するんだとずっとおっしゃっていたんです。本当にそれはそうで,何かやったら脳に何か活動が見られるのは当然で。だから行動実験があった上で,脳活動を補助的に使って人間の性質を調べるのが重要です。

─では逆に,脳を見ることそのものに面白いと感じることはありますか?

ありますよ。美しさや芸術的な感動っていう曖昧な体験や概念が,実際に体や脳部位の活動変化と関係していることは面白いし研究の励みになります。しかも,美学や芸術批評の世界は,美という体験に対して何か共通項を見つけたがってきたわけです。でもそれは原理的に無理で。

たとえば,顔の美しさの共通項が物理的なパラメータとして見つけられたとしても,それは決して色の美しさには適用できない。でも,美しさを感じる対象は全ての人で違うかもしれないけど,美を感じている心の状態には共通性があるかもしれない。心の状態は観察できないので,それに相関する生理や脳の反応から,間接的に共通項を探れる点に価値があると思います。

─今のお話も踏まえて,神経美学は隣接領域にどんなインパクトを持つと思いますか?

美や感性は,美術館やコンサートホールの中に収まっているものでは全然ないんです。真善美とのつながりからもわかる通り,何が正しいか,何を真実として認識するか,何を善きものとして好むかといった日常の至る所で出てくる問題にも,実は個人個人が持つ美の感覚は強く働いてるんですよね。

なので,神経美学は,美学や芸術だけではなくて,人間の幸せに関するいろんな物事にアプローチできる学問分野なんです。だから本質的に実験室の中だけで完結しないし,心理学や認知脳科学,芸術学の中だけでも完結しなくて,人間が人間らしい活動をしているところには必ずつながるものだと考えています。

─私の研究もそうですが,基礎研究の場合,世の中にどんな示唆をもたらすかを言語化するのがしばしば難しいと感じます。

一つはもちろん社会への応用で,短期的に大事ですが,もう一つ,偉大な先生たちが言う「人類の知の地平を広げていく」のも長期的に大事です。でも「この研究は人類の知を広げる」と言っても伝わりにくいですよね。

そこで一つのやり方が,古典を読むことです。この脳,体を持って社会を形成して生きる人類は,どれだけ科学や技術が発展しても,2000年前からずっと同じ悩みや問題を抱えてるんですよね。で,その問題を,たとえば「ニコマコス倫理学でこう言われている問題がある。それは今,現実にこんな問題につながっている。それを,神経美学のこういうアプローチで調べます」って表現すると,人類の知の地平を広げることでも,方向がちゃんと見えて,伝える力が違うと思います。

しかも2000年前からある問題って今解決できるようなことでは絶対なくて,100年,500年先の人類も同じ悩みを持つはずなんですよね。それを少しずつほぐしていくのが人類の科学の歴史だから,今後の発展という意義につなげられるんです。

─最後に,若手研究者へのメッセージをお願いします。

僕がなんで研究者をやってるのかというと,世界が豊かに見えるからだと思います。人生の豊かさって,知識や見方や経験が増えていくことによって,一つ一つの体験の細かな違いに気づいていくことだと思うんですよ。世界をより細かく見て,人生が豊かになる感覚を持つのは,すごく幸せなことだと思うんですね。それに直結している職業が研究者だと思うので,自分自身がもっと知りたいというテーマを追求してほしいと思います。

聞き手はこの人

インタビュアー:くさかべ はるの

インタビューを終えて

当初,石津先生の専門である神経美学は,その分野名ゆえに私の専門である社会心理学や行動科学とは遠い印象がありました。しかしいざお話をうかがうと,人間の心理や行動をもたらす普遍的法則への関心や,人類を深く知りたいというモチベーションに大きな重なりを感じ,大変エキサイティングなインタビューとなりました。

さらに,基礎研究の意義を古典から位置づける視点や,研究は「自らの世界を豊かにすることに直結する職業」であるという言葉には,私自身の研究観を肯定されたようでとても励まされました。このような貴重な機会をいただき,ありがとうございました。

研究テーマと関心

人間が他者の評判情報を社会環境に応じてどのように利用・伝達し,社会の維持に役立てているのかを,経験サンプリング法やオンライン実験を通じて検討しています。

私の関心は,評判や文化的規範,超自然的罰といった明文化されていないものに人間が恐れを抱き,自らの行動を律する現象にあります。それらがいかにして大規模な社会の構築に寄与しているのか,その起源や歴史を知りたいと考えています。特定の分野にとらわれない学際的なアプローチと,複数の手法による多角的な検証が理想の研究スタイルです。

Profile─くさかべ はるの
北海道大学大学院文学院博士後期課程在学中,日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は社会心理学,行動科学。筆頭論文に「拒否回避傾向の文化差はどこからくるのか:関係流動性と評判期待の役割」社会心理学研究, 40(1), 1–10, 2024.など。

くさかべ はるの

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