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可能性としての発達加速現象
日野林 俊彦(ひのばやし としひこ)
専門はと問われると,発達心理とか青年心理とか無難に答えてきました。高校生のころから,漠然と心の不思議を解き明かしてくれそうな心理学を学びたいと考えていました。研究生活では,ニホンザルや保育園児の行動観察など,多種多様な研究に参加させていただき,並行して学生相談にも携わり,多角的な視点から「人間とは何か」を考えることができました。しかしながら,生涯の研究の中心は,イメージしてきた心理学とは異なり,大阪大学で前田嘉明先生・澤田昭先生によって長年研究されてきた発達加速現象の心理学的研究でした。身長や体重の時代的な増加や思春期変化の低年齢化の原因や影響を考えるものです。栄養が原因と考えられがちですが,原因は解明されていません。ちなみに,男性の平均身長が180cmを超えるような現代の北欧の人たちの高身長は100年以上かけて到達したものです。一方,日本女性の平均身長は,北欧の女性よりも低身長ですが,思春期変化の時期は早いと考えられています。発達心理学の定義では,青年期の開始が早いことになります。二次性徴も対象としたため,研究自体も困難な面がありました。思春期・青年期の発達と性の問題は切り離せない重要な課題です。しかし,日本の社会では性に関するタブー意識が強く,性に関わる領域の研究が難しい現状があります。
思春期変化の年齢は,性差,個人差,集団差,時代差などがあり,さらには進化の中でも変化してきたもので,生物学的にも,心理学的にも,各個人にとって意味のある指標と考えられています。発達加速現象の研究からも,身体のみならず,人間の心理や行動にも系統発生(進化)と個体発生(発達)の両視点が必要と考える比較発達心理学的な視点も重要と考えられます。発達加速現象そのものは,私たちの研究でも時代的変化が停止傾向にあると推定され,興味・関心が低下していると思われます。しかし発達加速現象は,いわば発達変容現象の一側面として考えることができます。家庭環境が思春期変化の時期に影響するというJ・ベルスキーなどの進化発達心理学的視点やヒトは成長・成熟の時期や順番を変化させながら進化してきたとするヘテロクロニー(異時性),さらには,性成熟の早まりの否定的な影響も指摘される健康科学的な視点のような,新しい枠組みから見直すことにより,今なお,可能性を秘めた研究だと考えています。学際的な視点からの研究が求められていると思います。
Profile─日野林 俊彦
1974年,大阪大学文学部哲学科心理学専攻卒業。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学,学術博士(大阪大学)。専門は比較発達心理学。日本学術振興会奨励研究員,大阪大学人間科学部助手・大阪大学健康体育部講師・助教授,学生相談室長,大阪大学人間科学部・人間科学研究科教授,藍野大学医療保健学部特任教授を歴任。2017年,大阪大学名誉教授。日本心理学会名誉会員。著書に『新・青年心理学ハンドブック』(分担執筆,福村出版),『朝倉心理学講座3 発達心理学』(分担執筆,朝倉書店)など。
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