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【小特集】

推す心を科学する

芸能人や二次元創作物など,熱烈な愛情を注ぐ対象を「推し」と表現するのはもはや一般用語であるが,人がなぜ誰か/何かを推すのか,また推すことの功罪についての心理学研究はそう多くない。この小特集では,推す心についての心理学研究の現在地を確認することで,これからの研究の道標を示したい。(福田実奈)

ファン心理を科学する─ファン心理研究のこれまでとこれから

聖心女子大学現代教養学部 教授

小城 英子(こしろ えいこ)

Profile─小城 英子
関西大学大学院社会学研究科社会心理学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は社会心理学。2021年より現職。著書に『恋愛の科学事典』(分担執筆,朝倉書店),『絶対役立つ社会心理学』(分担執筆,ミネルヴァ書房)など。

阪神タイガースとタカラヅカ

ファン心理研究は古くから行われている。特に万年最下位でも決して見放さない阪神ファンは心理学者の心をくすぐるようで,シャレから真面目なものまで研究例が多い。また,タカラヅカは,女性の演者だけで美しく夢のような世界を提供するところに特徴があるが,女性が演じる男役は究極の理想像であり,現実感のなさこそが魅力であることが多くの文献で指摘されている。阪神ファンもタカラヅカファンも,ファン集団に秩序があり,統制されている点が,ファン心理研究の対象に選ばれやすかったのかもしれない。

ファン心理の基本構造

阪神ファンやタカラヅカ以外にも,山口百恵や松田聖子といった特定のスターについて扱った研究はあるが,いずれも事例研究にとどまっていた。これらを統合して,ファン心理一般の構造の解明を目的とした初期の研究[1]では,ファン心理を,直接的なコミュニケーションはなく,間にメディアを介したパラソーシャルな関係[2]における対人魅力として位置づけ,①仕事,②本人の魅力,③社会的共有の3側面に大別されること(表1),その中でも①仕事がファン心理の主軸であること,アイドルは外見的魅力や疑似恋愛感情が他の職業よりも高いことなどを見出している。

表1 ファン心理の構造
表1 ファン心理の構造

この3側面は,時代や社会が移り変わっても,共通する普遍的な構造である。ただし,メディア環境の変遷によって推しとファンとの関係性が変化し続けていることから(後述),3側面の具体的な内訳については流動的で,社会状況や推しの特性に合わせて適宜改変していく必要がある。

ターニングポイントは「冬ソナ」と「アナ雪」

1980年代まで,メディアを介したファン心理は,アイドルに対する思春期の疑似恋愛を指すことが多かった[3]。当時は男女とも20代半ばで結婚するのが一般的なライフコースで,アイドル側も20歳を超えれば,結婚や引退,または俳優業などへのシフトチェンジによってアイドルとしての活動を短期間で終了しており,ファンの方も20歳を過ぎるころには自然とアイドルとの疑似恋愛から卒業していたのである。逆にいえば,年齢が上がってもなおファン心理(疑似恋愛)に浸っていることは未熟さと隣り合わせで,社会的には冷ややかな目で見られる向きもあった。

この状況を一変させたのが,2004年にNHK地上波で放送された「冬のソナタ」である。日本の往年の純愛ドラマに類似したフレームワークの中で,情熱的に愛を語る韓国の俳優が新鮮に映り,日本の中高年女性がこぞって恋に落ちた[4]。この恋心を韓国ドラマの嗜好や異文化への関心といった形に昇華させれば,後ろめたさも恥ずかしさも覆い隠すことができ,これを契機に中高年でもファン心理(恋心)を堂々と表明できる風潮に変わった。

「冬ソナ」でファン心理が中高年層にも広がったところへ「アナと雪の女王」(日本では2014年に上映)が決定打となる。ライフコースも価値観も多様化した現代において,社会規範や他者からの視線に束縛されず,自分は自分らしく生きていけばよい,という意識が少しずつ蓄積されていたところに,主題歌の「レット・イット・ゴー~ありのままで~」がそれを言語化したことが大ヒットの遠因にあったと見られる。すなわち,ファン心理も人目をはばからず「好きなものは好き」と公言できるようになり,折しも,推し活が精神的健康にもたらすポジティブな効果が注目されたことも,いわば学術的な大義名分となって,推し活の普及を後押しした。

ファン心理の光と影

しかし,強すぎるファン心理は,推しへの依存と表裏一体ともいえる。過度な依存は,現実逃避,ストーキング,推し活消費による経済的破綻,といった影の部分も持ち合わせている。熱狂的なファン心理が精神的健康とネガティブに関連していることを示す研究[5]もある。

情緒的関与の強い熱狂的なファンの中でも,アイデンティティが成熟しているタイプと,不安定なタイプに分かれるが,後者は空虚を埋めるために代理的に推しに依存している可能性が示唆されている[6]。推し活のポジティブな側面が注目されやすいが,ネガティブな側面もあることは心理学者として警鐘を鳴らしておきたい。

メディア環境の変遷と「推し」の多様化

映画の時代はファンが映画館へ足を運ばなければ推しに会えなかったが,1970年~80年代のテレビ黄金期には推しがお茶の間のテレビにやってきて,身近な存在になった。1990年代以降,インターネットやSNSが登場したことによって,推しとファンとの心理的距離はますます近づいている。

推しの役割や職業も多様化している。アイドルは疑似恋人だけでなく,疑似友人や疑似家族の役割も担うようになり,同時に,スポーツ選手やお笑い芸人がアイドル的に消費される,アイドルが俳優業や司会業に進出するなど,職業の境界線があいまいになってきた。さらには,動画配信者,アバター(コンピュータ上の分身),アニメやゲームの二次元のキャラクター,キャラクターに声を当てる声優なども推しに挙げられるようになり,二次元と三次元が混在してきた。

ファン心理研究と対人研究の混在

ついには,AKB48に代表される「メディアを介さず直接会える」ことをコンセプトとしたアイドルが誕生する。間を隔てていたメディアの消滅によって,新たに登場したファン心理は承認欲求である[7]。推しに自分の存在を認知してもらう,ファン集団の中で推しへの熱量や推しとの距離の近さで承認される,という二重構造となっている。

ファン心理研究がスタートした当初は,直接的なコミュニケーションはなく,メディアを介したパラソーシャルな関係性を前提としていたが,SNSで推しと直接的につながることが可能になり,「会いに行ける」アイドルが登場したことによって,対人研究との区別があいまいになってきた。その一方で,日常生活でも,尊敬する先輩を推しと表現したり,ファンであることを告白しても恋人としての交際とは別物であったりするなど,リアルな対人関係にもパラソーシャルな感覚が滲入しつつあり,ファン心理研究は限りなく対人研究と重なってきている。

ファン心理は社会心理学そのもの

ファン心理は生き物である。社会やメディアの構造によって,目まぐるしく変化していく。定義や対象を固定しにくく,つかみどころがないために,厳密に信頼性や妥当性や再現性が求められる査読論文にはなじまないかもしれない。しかし,突き詰めていくと,社会心理学の古典的理論を合わせ鏡で見ているような感覚に陥ることがある。世俗と侮るなかれ。ファン心理は,アイデンティティ研究であり,対人研究であり,集団研究である。流行研究でもあり,消費研究でもある。ファン心理は社会心理学そのものなのだ。学生の卒論指導を通じて社会の最前線を教えてもらいながら,社会心理学を学び始めたばかりの院生時代に再び戻ったようでワクワクしている。

文献

  • 1.小城英子(2019)ファン心理を科学する.松井豊(監修)社会に切りこむ心理学:データ化が照らし出す社会現象(pp.41-59).サイエンス社.
  • 2.Horton, D., & Wohl, R. R. (1956) Psychiatry, 19, 215-229.
  • 3.稲増龍夫(1989)アイドル工学.筑摩書房.
  • 4.島村麻里(2007)ロマンチックウイルス:ときめき感染症の女たち.集英社.
  • 5.Maltby, J. et al. (2004) Br J Psychol, 95, 411–428.
  • 6.小城英子(2018)聖心女子大学論叢,132,182–224.
  • 7.田中浩史(2016)コミュニケーション文化,10,19–39.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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