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【小特集】
推しへの心理的所有感と同担仲間意識がもたらす幸福感

上田 泰(うえだ ゆたか)
Profile─上田 泰
博士(経済学)。成蹊大学経営学部長などを経て2026年より現職。専門は組織行動論。単著に『集団意思決定研究』(文眞堂),『組織の人間行動』(中央経済社),『組織行動研究の展開』(白桃書房)など。
はじめに
現代において推し活はもはやごく一部の人たちの限られた趣味ではない。ある調査によれば15~79歳の3人に1人は推しがいるという[1]。ここで推しとは,他人に薦めたくなるほど熱烈に好感を抱く対象のことであり,その対象にはアイドルやアーティスト,スポーツ選手といった実在の人物だけでなく,アニメキャラや,刀剣,城,地域なども含まれる。そして,推しのパフォーマンスを楽しんだり,推しを応援したり,推しの情報を授受したり,あるいは他者に推しを薦めたりする行為を一般に推し活という。今日では,複数の研究領域から推し活の研究が進められているが,以下では「組織行動論(organizational behavior)」で発展した諸概念を援用した研究を紹介する。
推し心理の特徴:心理的所有感と同担意識
そもそも何らかの対象を推す心理とはどのようなものか。その心理をここでは心理的所有感と同担意識という2つの面から考えてみよう。まず人間がある対象に所有感を抱くのはその対象の所有を法律で認められている(法的所有権がある)ことが基本である。しかし,法的所有権がなくても人間はその対象に所有感を抱くことがある。たとえば,自分が勤める会社を「わが社」と呼ぶ会社員は少なくないし,特定のブランドに強い愛着を感じ,そのブランドの成功を自分のことのように喜ぶ消費者もいる。このように,会社やブランドなど,特定の対象に心理的な所有意識を持つ場合,その意識を「心理的所有感(psychological ownership)」という[2]。
アイドルなどのファンも自分が推す対象に強い心理的所有感を抱いており,その心理的所有感は推し活に強い影響を与えていると言われる。たとえば,推しを自分の一部のように意識して応援したり,自分が推しを育てていると考えたりする。筆者らの分析では,推しに対してファンが抱く心理的所有感には,推しを自分の一部あるいは理想のように意識する「心理的一体感」と,自分が推しを育てる役割や責任を果たすべきと意識する「心理的責任感」の2つの次元があることが明らかになっている[3]。
さらに,推し心理のもう1つの特徴として,ファンは同じ対象を推すほかのファンに対して肯定・否定のアンビバレントな意識を持つことが明らかになっている。自分と同じ推しを持つ他者を広く同担(同じ推しの担当の意味)と呼ぶとすれば,この2つの意識を「同担仲間意識」と「同担競争意識」と名付けることができる。同担仲間意識とは同担を同じ推しを支持し,育てる同志と意識することであり,同担競争意識とは同担をライバルと意識することである。2つの意識は概念的には相反するが,心理的所有感とこの2つの意識はそれぞれ正相関の関係があることが分かっている。また,心理的所有感と同担意識の間には前者が後者に影響する関係のほかに,たとえば,集合的所有感(みんなで特定の対象を所有する意識)のように後者が前者に影響すると考えられる場合もあり,むしろ相互作用的な関係があるとも考えられる。
推し活の特徴:推しに対する貢献
ファンは,自分の推しの情報を集めたり,そのパフォーマンスを楽しんだりするだけでなく,推しや同担に貢献する活動を積極的に行っている。たとえば,こうしたファンは,SNSに掲載された推しの情報をリポストやシェアしたり,他者に推しの素晴らしさを伝えたりする。また,コンサートなどでの自分たちの振る舞いによって推しが悪く思われないように気を遣って行動することもある。
従業員が公式的な職務範囲を超えて,自発的に組織に貢献する行動は「組織市民行動(organizational citizenship behavior)」と呼ばれている[4]。組織市民行動は,従業員が組織に恩を感じるときに,その恩返しとして行われると考えられている。ファンは,推しがいることで充実した人生を送れていると考える。そういう点でファンは推しに恩を感じており,その恩返しとして推しや同担に貢献することで自分も満足や幸福を感じることができるのである。筆者の分析では,この「貢献的推し活」には推しの情報を他者に伝える「情報発信行動」と,推しの評価を下げない(あるいは上げる)ようにファン自らが良きシチズンであり続けるという「市民性行動」という2つの次元がある[5]。市民性行動の目的も自分たちの態度や行動によって推しの良さを伝えることであると考えれば,これら2つの活動は,いずれも自分が推しの素晴らしさを文字通り他者に「推す」活動であるとも言える。以上の心理的所有感,同担意識,貢献的推し活の内容をまとめたのが表1である。
幸福感を生み出す推し活
貢献的推し活は,推しとの社会的交換関係の中での恩返しであるから,恩返しができればファンは幸福感(推し活を通じた幸福感)を抱くと考えられる。また,推しへの心理的所有感や,自分が推す対象を同様に推す仲間やライバルがいるという同担意識が強ければ,積極的な貢献的推し活を行うと予想できる。また,これらの心理的所有感や同担意識(特に同担仲間意識)はそれ自体も幸福感に影響すると考えられる。
このような関係は,心理的所有感(または同担意識)から幸福感への影響を貢献的推し活が部分媒介する関係として描くことができるが,その関係を実証的に明らかにした例が図1と図2である[6, 7]。
図1は心理的一体感・情報発信行動・推し活幸福感の間の関係を分析したものであり,図2は同担仲間意識・市民性行動・推し活幸福感の関係を分析したものである(数値は標準化回帰係数)。図1の心理的一体感(および図2の同担仲間意識)から推し活幸福感の回帰係数は,上段は媒介変数がある場合,下段は媒介変数がない場合である。回帰係数はいずれも0.1%水準で有意な正の値であり,またブートストラップ法を通じて心理的一体感や同担仲間意識が幸福感に及ぼす影響を貢献的推し活が部分媒介する関係があることが明らかになっている。
なお,図2は同担仲間意識の影響を示したものであるが,それとは別に幸福感への同担競争意識の影響を分析すると,その二者間だけでは有意な正の影響があったが,その間に情報発信行動を媒介変数として加えると,同担競争意識から幸福感への直接の影響は有意でなくなった。2つの同担意識は正相関の関係にあるものの幸福感に及ぼす影響が異なる点は学問的な関心だけでなく,アイドルの運営組織などには有益な情報となるであろう。
文献
- 1.川野祥太・瀧岡信太朗 (2025) ファイナンス, 720, 32-33.
- 2.Pierce, J. L. et al. (2001) AMR, 26, 298–310.
- 3.井上淳子・上田泰 (2023) マーケティングジャーナル, 43(1), 18-28.
- 4.Organ, D. W. et al. (2006) Organizational citizenship behavior: Its nature, antecedents, and consequences. Sage.(オーガンほか/上田泰(訳) (2007) 組織市民行動.白桃書房.)
- 5.上田泰 (in press) アジア太平洋研究, 51.
- 6.上田泰 (in press) 日本情報経営学会誌, 46.
- 7.上田泰 (in press) 成蹊大学経済経営論集, 57(2).
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
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