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心理学ってなんだろう
ガヤガヤした場所でも話ができるのはなぜ?
ボイスレコーダーでミーティングのようすを録音したものを聴くと,周囲のガヤガヤした音に発言者の声が紛れて聴き取りにくくなっていることがよくあります。ミーティングのときは難なく相手の発言を聴き,ディスカッションできていたのに……。録音の仕方が悪いのでしょうか。それとも私たちの耳には何か特別な働きがあるのでしょうか。
A.茅原拓朗
難なく会話できる状況でもレコーダーに録音すると途端に聴き取りにくくなる?このことは録音の良し悪しよりもむしろ私たちの聴覚系がもつ特別な能力を示すものと考えられています。私たちの耳も機械の耳も入り口の部分(鼓膜とマイクロフォン)は同じ原理で音波を受け取っており(特性としてはむしろ鼓膜のほうが劣っているくらいです),またレコーダーはマイクの信号パタンをほぼそのまま記録しているので,録音された音は私たちが鼓膜で受け取っている音波そのものの姿であるといえます。私たちが難なく聴いている「音」の材料は,実はこのようにかなり低質なものだったのです。
こう考えると,雑踏の中で会話するという,これまで当たり前にしてきたことが,聴覚系の能動的な働きに支えられたスゴイ営みであったことがわかります。聴覚心理学では,このスゴイ営みのことをカクテルパーティ効果と呼んで,現象の詳細やこれを支えるメカニズムについて研究しています。面白いことにカクテルパーティ効果では,相手の声をパーティのざわつきから分離できるだけでなく,これまで聴こうとしていなかったざわつきの中に自分の名前や関心がある語が登場するとそれらが急に聴こえてくることも知られています。このことは,カクテルパーティ効果が聴こうと思っているものだけを抽出する単なるフィルタリングのメカニズムだけに支えられているのではないことを示唆しています。たとえば,音の立ち上がり・立ち下がりの時間差,周波数帯域の違い,音源位置の違い,時間変動パタンの違いなどさまざまな手がかりをもとに,何を聴き取るかとは別に音がいくつかの意味のある固まりに分離されている可能性があります(これを音脈分凝といいます)。また2点で音波を受け取るという耳の構造も関係しているらしく,聴覚系は2つの耳に到達する音の時間差を利用して不要な残響成分を取り除くことができることもわかっています(先行音効果)。これを体験するのは簡単で,ざわついている部屋で片耳をふさいでみてください。すると途端にウワーンとした響きが聴こえてきて声など聴きたいと思っている音が聴こえづらくなるはずです。
録音した音を聴くのはやっぱり私たちの耳なのに,その音を直接自分の耳で聴くときより聴き取りにくいのは,直接聴くときには使えているいろいろな手がかりの多くが録音の音では使えなくなっているからです。手がかりを残すやり方で録音し再生すれば同じように聴こえるはずですが,完全なものはまだ実現していません。
かやはら たくろう
宮城大学事業構想学部デザイン情報学科助教授。東京大学インテリジェント・モデリング・ラボラトリー客員研究員。
専門は,知覚・認知心理学。
心理学ワールド第30号掲載
(2005年7月15日刊行)