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【特集】

学校教育における動物の役割と現状

中島由佳
大手前大学現代社会学部 教授

中島由佳(なかじま ゆか)

Profile─中島由佳
シカゴ大学大学院Humanities修士課程修了(Master of Art. Humanities)。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(人文科学)。内閣府日本学術会議上席学術調査員を経て2013年より現職。著書に『大学受験および就職活動におけるコントロール方略の働き』(単著,風間書房),『ひとと動物の絆の心理学』(単著,ナカニシヤ出版),『キャリア・プランニング』(共編著,ナカニシヤ出版)など。

動物を飼うことが子どもの成長によい影響を与えると期待する親は多いようだ。実際に,ペットへの愛着の高さはひとへの共感性や向社会性と関係する(Vidovic et al., 1999)。子ども自身もまた「家庭で動物を飼うことは責任を学ぶことができる等の点で自分たちの成長に大切」との認識を示している(Robin et al., 1983)。しかしその一方で,子どもたちが日常で動物に触れ合う機会は少ない。犬や猫などのペットを飼う家庭は約3割(内閣府,2010)。しかもその8割以上が室内飼いだ(日本ペットフード協会, 2020)。子どもたちが動物に触れ合う機会は,近所を散歩する犬に会うか,めっきり少なくなった野良猫にかまうなどの機会しかなくなった。

では,動物との絆を通してひとへの共感性や思いやりを育む機会は,現代の子どもたちは持つことができないのだろうか。

いや,いるではないか。学校に,動物が。

教育の中での学校動物飼育

教育における動物との絆の活用は,動物介在教育(Animal Assisted Education; AAE)として欧米を中心に広まっている。しかし日本がこのAAEの先進国であることを皆さんはご存じだろうか。我が国では,明治時代の学校制度開設の当初よりウサギや鶏などの学校動物の飼育が行われ,学習指導要領にも動物飼育の重要性が記されている。日本は,学校教育として動物飼育が行われてきたほぼ唯一の国であり,学校風景の思い出の一コマとして,動物たちは存在し続けてきた。

日本のAAEの特徴は動物飼育,つまり「動物を世話すること」にある。欧米でのAAEの多くは,動物が子どもたちの機能を補い介助することを主目的に導入されてきた。これに対し我が国のAAEは,学校動物の「世話」を通して,理科的知識等の涵養とともに情操や道徳性を養うことに教育的ねらいを置く(Nakajima, 2017)。

そして,そのような教育効果を実際に持つことが近年の「学校での動物飼育が子どもの心理的発達に与える影響」に関する研究から明らかになりつつある。藤崎(2004)は,飼育を通してウサギとの関わりを多く持った児童は,生物学的理解に立った上でウサギをひとと同じ社会的な存在として理解し,ウサギとのコミュニケーションの量も増えたことを報告している。中川・無藤(2015)も,学校での動物飼育に関する小学生の作文集を分析した結果,教育的ねらいを持って動物飼育に携わった場合,作文の字数や構成力,感情表現力の得点が有意に高かったことを報告している。これらの知見から一貫して言えること。それは「世話することが教育的効果を生む」ということだ。

「学校の動物飼育で優しい子に?」

私が学校での動物飼育に関する研究に足を踏み入れたのは院生時代。ある獣医さんが研究生として我がゼミの一員となった。彼女のたっての望みは「学校動物の飼育は子どもの心を育む」ことの証明。しかし実際に調査・分析を担当する者が必要であり,彼女のバディになることを私は依頼されたのだった。一学年全員で動物の飼育をする「学年飼育」に焦点づけた研究の結果,教育的ねらいを持ち動物の体調管理などを適切に行っていた「適切飼育群」の学校においては,「不適切飼育群」の学校,動物飼育を行っていなかった学校に比べて,児童の中に他者や動物への共感性や思いやりの心を育むこと,さらに,たとえ家でペットを飼えずとも,学校で適切に動物の世話をすることを学んでいる子どもは,社会性がより発達することが明らかになった(中島他,2011;図1)。単に動物飼育を行うことでは「優しい子」にはならないのだ。心にかけ世話をする中で,他者への共感性や思いやりも養われる。そんなことが示される結果となった。

図1 飼育前→終了1年後の変化量の比較
図1 飼育前→終了1年後の変化量の比較
①:適切飼育群×家にペットなし,②:不適切飼育群×家にペットあり,③:学年飼育なし群×家にペットあり。色の違いは群間の有意差を示す。

「世話すること」の大切さ

表1 調査対象
表1 調査対象
表2 調査時期
表2 調査時期

ただ疑問も残る。学校ごとではなく,子ども一人一人への学校動物飼育の効果はどうなのだろうか。教育的ねらいを持って適切に飼っている学校にも動物嫌い,お世話をするのが嫌いな児童もいる。学校が動物飼育に熱心でなくとも,動物好きで絶えず動物のそばにいる子もいる。さらに,動物がいない学校に比べれば,「動物が学校にいる」ということ自体,何らかのよい効果を持つのではないか?

そのような問いを解決すべく,各児童の学校動物への愛着や理解,世話をしている子はその関与の度合いを変数に組み込み,その上で,一学年全員で動物の飼育をする「学年飼育群」,飼育はしないが学校で動物と触れ合える「ふれあい群」,学校に動物が飼われていない「動物なし群」を時系列的に比較し,学校に動物がいる意義を探ろうとした(中島,2020,表1・表2)。

3年間の調査の結果分かったことは,「学校に動物がいること」ではなく,「動物との触れ合いや世話」が子どもの心の発達には大事,ということだった。動物への愛着は,動物をただ眺めているだけの「ふれあい群」よりも飼育を行った「学年飼育群」の方が有意に増していた。また二元配置分散分析の結果,「学年飼育群」は,「ふれあい群」や「動物なし群」に比べて,学校適応や他者への共感性が有意に上がっており,ここでも飼育の効果が示されたのだった(図2・図3)。このことは,動物飼育のどのような面が心理的発達に寄与するかを重回帰分析をすると,より明らかとなる。飼育終了後(T3)の学校適応や他者への共感性,向社会的行動に関係があったのは,飼育(T2)での「動物への理解」「飼育の楽しさ」「命への責任」等だった。つまり,「かわいい,好き」という表面的な愛着だけでなく,世話をし時間を共有することを通して,ものを言わぬ動物の気持ちを察し関係性を築いていく。そのような体験が社会性の涵養にもつながる,ということが示されたのだ。

図2 「学校適応」3群のT1→T2の変化(4年生)「とてもそうだ」から「そうではない」まで4件法で評定。
図2 「学校適応」3群のT1→T2の変化(4年生)
「とてもそうだ」から「そうではない」まで4件法で評定。
図3 「他者への共感性」3群のT1→T2の変化(4年生)「とてもそうだ」から「そうではない」まで4件法で評定。
図3 「他者への共感性」3群のT1→T2の変化(4年生)
「とてもそうだ」から「そうではない」まで4件法で評定。

曲がり角

しかし,そんな学校での動物飼育も曲がり角を迎えつつある。契機は2003年の鳥インフルエンザの流行だった。ウィルスを保有する野鳥に学校の鳥類が万一接触した場合,その鳥類から児童へ,感染が起きる可能性があるのではないか。そんな危惧が全国的に広まり,児童に動物飼育を行わせることへの不安が膨らんだ。児童には触れさせられないから,と教員のみが飼育を担う学校も増えた。

飼育のあり方が変わり,学校での動物飼育自体も下火になってきているのではないか。そのような懸念を受けて我がチームは,全国2万余の小学校の10分の1にあたる約2000校に2017~2018年,飼育動物の有無や数・種類について電話で聞き取り調査を行った。また各大学の協力を得て,大学生たちが小学生の頃(2003~2012年)の動物飼育の状況を調査した。併せて,現在飼育を行っている小学校に,飼育状況や問題点等を問い合わせた(中島,2020)。

その結果明らかになったのは,飼育を行う学校はこの10年ほどで減少していること(図4),特に鶏やウサギ,モルモットなどの鳥・哺乳類の割合が減少し,メダカを始めとする魚類の割合が逆に増加したことであった(図5)。このような動物種の割合の変化,特に鳥類の飼育の著しい低下は,鳥インフルエンザへの感染を恐れたことが最も大きな要因と考えられる。加えて,魚類等に比べ飼育に労力を要する点が哺乳類の飼育の減少を招いたと考えられる。

図4 動物飼育の有無2003~2012年と2017~2018年の比較。
図4 動物飼育の有無
2003~2012年と2017~2018年の比較。
図5 鳥・哺乳類と魚・両生類等との比率2003~2012年と2017~2018年の比較。
図5 鳥・哺乳類と魚・両生類等との比率
2003~2012年と2017~2018年の比較。

また,子どもたちが鳥・哺乳類と触れ合う機会が減ってきているであろうことも,調査結果からはうかがえる。長期休業中の世話は,鳥インフルエンザ流行前の「児童が当番で世話」から「教職員が当番で世話」に約15年間で変化した(図6)。鳩貝(2004)では下位にあった「感染症やアレルギー」への懸念も,この15年間で高まった。動物に子どもが接触することへの不安や懸念から鳥・哺乳類の飼育割合が減り,教員が世話を担うようになり,結果として子どもが動物に触れ合い世話する機会が減った。そのようなことが本調査からはうかがえる。

図6 「長期休業中の世話」の回答の比率(その他を除く)
図6 「長期休業中の世話」の回答の比率(その他を除く)

学校での動物飼育の明日に向かって

抱いて温かい鳥類や哺乳類を飼育し世話することが子どもの社会性の発達に寄与すること,しかし,鳥インフルの流行以降は,そのような動物と学校で触れ合う機会が減ってきていることが,これまでの学校での動物飼育に関する研究結果からは明らかとなった。また,飼育の主体が児童から教員に移った小学校が多いことを鑑みると,何のための学校動物飼育なのか,その意義を問い直す時期に来ている。新型コロナ禍により増えた業務や働き方改革とも相俟って,教員の負担も看過すべきではない。

ペットの室内飼いも進み,現代の日本は,子どもたちが人間以外の種との交流を持つ機会が減った。しかし,他の動物との交流を幼少から体験することが,種の多様性への理解,ひいては地球環境への理解につながるのではないだろうか。その意味でも,子どもたちが継続的に動物に触れ合い,飼育し愛着を育むことのできる機会として,学校での動物飼育は重要なのではないだろうか。

そのような学校動物飼育を継続させるカギとなるのは,地域ぐるみの支援だろう。たとえば,保護者が協力して休日・長期休暇の動物の世話をする地域がある。また校区の獣医師が小学校に動物を貸し出し,検診や飼育指導,長期休暇中の預かりを行う「ホスティング」という試みも始まっており,その教育的効果を検証中だ。動物が幸せな環境で暮らすことができ,子どもも動物飼育を通して社会性や命の大切さを学ぶことができ,教員の負担も軽減される“win・win・win”の関係を作れるような学校動物飼育を地域ネットワークの中で作っていくことが,今後求められるのではないだろうか。

様々な実践や調査研究を踏まえた意見を交換し合い,学校での動物飼育の明日を皆さんと考えていきたい。

文献

  • 藤崎亜由子 (2004) 「幼児におけるウサギの飼育経験とその心的機能の理解」『発達心理学研究』15, 40–51.
  • 鳩貝太郎 (2004) 「生命尊重の教育に関する調査結果と考察」『生命尊重の態度育成に関わる生物教材の構成と評価に関する調査研究』(pp.5–22).平成13 〜 15年度科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書
  • 内閣府 (2010) 『動物愛護に関する世論調査』
  • 中川美穂子・無藤隆 (2015) 「学校動物飼育体験のあり方から見た児童作文の分析」『子ども環境学研究』11, 27–32.
  • Nakajima, Y. (2017). Comparing the effect of animal–rearing education in Japan with conventional animal–assisted education. Frontiers in Veterinary Science, 4, article 85.
  • 中島由佳 (2020) 『鳥インフルエンザ後の学校動物飼育の実態調査および子どもの心理的発達への飼育の効果究』平成29〜 31年度科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書.
  • 中島由佳・中川美穂子・無藤隆 (2011)「学校での動物飼育の適切さが児童の心理的発達に与える影響」『日本獣医師会雑誌』64, 227–233.
  • 日本ペットフード協会 (2020) 『全国犬猫飼育実態調査』
  • Robin, M., Bensel, R. T., Quigley, J. S., & Beahl, N. (1983). Childhood pets and the psychosocial development of adolescents. In A. H. Katcher & A. M. Beck (Eds.), New perspective on our lives with animal companions (pp.436–443). Philadelphia: University of Pennsylvania Press.
  • Vidovic, V. V., Stetic, V. V., & Bratko, D. (1999). Pet ownership, type of pet and socioemotional development of school children. Anthrozoos, 12(4), 211–217.

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