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心理学ライフ
下手の横好きを楽しむ
犬塚 美輪(いぬづか みわ)
Profile─犬塚 美輪
東京大学大学院教育学研究科博士課程単位満了退学。博士(教育学)。大正大学人間学部准教授などを経て,2017年より現職。専門は教育心理学。著書に『14歳からの読解力教室:生きる力を身につける』(単著,笠間書院)など。
ある日ふと「着物の着付けができたらかっこいいのではないか」と思いついたことがきっかけで,日舞を習うことになりました。なにか新しいことがやってみたい!という謎の欲求がムクムクした時期だったようです。同時期に同級生がバレエを始めたと言っていたので,30代半ばになると人は踊りだすのかもしれません。
はじめは着付けだけを習っていたのですが,「着る機会がないから上達しない」と先生に言い訳したところ,「じゃあ,踊りにくれば?着付けの練習にもなるでしょう?」とおっしゃる。先生は実は踊りのお師範でもあったのです。なるほど,日舞ならお稽古のときに必ず着付けをするし,着物を着て動く練習にもなりそうです。でも…日舞ねえ…お高いんでしょう?と恐る恐るお尋ねしますと「古典はね。新舞踊のサークルならお金はかからないよ」と(日舞に古とか新とかあるのかと思われた方もいらっしゃるかと思います。古典は三味線に鬘,新舞踊は小唄・演歌・歌謡曲で自由な衣装,とイメージしてください)。それならいいか,面白そうだし,という出来心で新舞踊サークルに新人として入れていただくことになりました。
お稽古では,一人ずつ先生に振りをつけてもらうのが基本で,他のメンバーはその様子を見たり,自分の動きを確認したり,お菓子を食べたり,おしゃべりしたりしています。
サークルの年齢層は高く,参加当時の私は超若手の新人でした。先輩方は孫に近い年齢の私を大変かわいがってくださって,「きれい」「上手」「覚えが早い」と褒めちぎっては,お菓子をたくさんくれるのでした。いい気になって「新たな才能が開花しちゃったかな」とニヤニヤする私。
しかし,先輩たちは「年取るとなかなか覚えられない」とおっしゃりながら,初めから一つ一つの動きがきれいです。私は位置や手足の形は頭に入りますが,きちんとよい形にはなかなかなりません。先輩たちの絶賛の嵐の中,C–3POのように踊る私。
お稽古は,先生のお手本の動きを真似するのが基本ですが,これがなかなか難しい。お手本通りにやっているつもりなのですが,「違う」と言われてしまって,どう動けばよいのか,なかなか掴めません。こうかな?違う,こう!と繰り返していくうちに「あっ,右肩は下げるのか!」とやっと分かります。先生に「右肩を下げるんですね!」と言うと,先生は体を動かしながら「うん…そうね,肩…でも肩だけじゃダメで,こう,腕をこう」と返ってくる,というやりとりが続きます。
そもそも,他者の体の動きを見て自分の動きに反映させるなんて難しすぎる,先生がもっと言語化してくれたらいいのに!と不満に思ったりもしたのですが,それは私だけのようで,他の人は「他者の動きを自分で再現する」ことをそこまで無茶なことだとは感じていないようでした。「センス」の正体を(部分的に)垣間見た思いがします。
さてその後,長女が「私もやりたい」と参加するようになりました。娘と一緒になにかを教わるというのも新鮮でした。驚くことに,長女は,先生のお手本を見て自分で再現して踊れる,優れた学習者であることが判明しました。おかしいな,私の娘なのに。
また,超若手新人の座も娘のものになり,先輩たちの絶賛の嵐は全て娘に向けられるようになりました。今まで先輩の褒め言葉で強化されてきたのに。もうあまり褒めてもらえません。
とはいえ,私は私で進歩もしており,「先生がしてくれないなら自分で」と,動きを言語化するのがうまくなりました。踊っているところをビデオに撮って修正ポイントを見つけるという方略も身につきました。こうして自分の学習者としての成長を感じるのもまた楽しいことです。幼い頃のお稽古ごとにあまり良い記憶がないのですが,年齢を重ねたからこそ「下手の横好き」が楽しめるということもあるかもしれません。
そうやって楽しく学んでいたのに,COVID–19のせいで,お稽古に参加できない状況が続いており,娘と踊りたい欲を持て余しています。踊りたい曲を自分で選べるのも新舞踊の魅力の一つなので,次は何で踊ろうかと考えながら,また先輩たちと踊れる日を心待ちにしています。
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