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【小特集】
複雑性PTSDに対するトラウマフォーカスト認知行動療法
亀岡 智美(かめおか さとみ)
Profile─亀岡 智美
精神科医。専門は児童青年精神医学,トラウマ関連障害の臨床と研究。著書に『子ども虐待とトラウマケア:再トラウマ化を防ぐトラウマインフォームドケア』(単著,金剛出版),『子どものトラウマとPTSDの治療』(共編著,誠信書房)など。
はじめに
トラウマフォーカスト認知行動療法(Trauma–Focused Cognitive Behavioral Therapy,TF–CBT)は,子どものトラウマ関連障害への第一選択治療として,その効果が実証されている[1-3]。本稿では,TF–CBTの概要を紹介するとともに,複雑性PTSD(Complex PTSD, CPTSD)に対する治療における留意点について概観したい。
診断基準と病態像
CPTSDとは,WHOの診断基準ICD–11(国際疾病分類第11版)において,初めて公式の診断基準として認められたカテゴリーで,従来のPTSD症状(再体験症状,回避症状,脅威の感覚)と,自己組織化の障害(Disturbances in Self–Organization, DSO)から構成されている。DSO基準に含まれる感情制御困難,否定的自己概念,対人関係障害は,アタッチメント形成不全の際に認められる状態と類似したものである。つまり,CPTSDとは,PTSD症状とアタッチメント不全が混在した病態であると考えることができる[4]。
臨床で出会うCPTSDケースは,うつや不安症状,解離症状が併存しており,単一の診断名で理解することが困難なことが少なくない。また,さまざまな衝動行為や攻撃的態度など,一見いわゆる「問題行動」とみなされるものの背景に,PTSD症状が潜在していることもある。
現段階では,CPTSDを対象にしたアセスメント尺度や効果的な治療法の検証などは報告されていないが,これまでにもCPTSDの病態自体は存在していたのであり,実際の臨床現場ではさまざまな工夫と対応がなされてきた。
TF–CBTの概要とCPTSDへの効果
TF–CBTは,さまざまな技法の治療要素を取り入れて構成される複合的なプログラムである(図1)。毎週1回,約50~90分,8~20回の構造化された枠組みで実施される[1],[2]。
トラウマ記憶に向き合うまえに,さまざまなスキルを習得する要素(トラウマの心理教育,ストレス・マネジメント,感情表出と調整,認知コーピング)に取り組み,段階的にトラウマ記憶に向き合えるように工夫されている。この際,養育者も治療に参加し,子どもと同様のスキルを学ぶことにより,養育者自身のストレス対応能力やペアレンティングスキルの向上を目ざす。
プログラムの中核的要素は,子どもがトラウマ記憶に向き合うトラウマナレーション&プロセシングである。子どもは,さまざまな方法で,トラウマ記憶を表出し,そこで明らかになった非機能的認知を修正していく。
終盤では,親子合同セッションがもたれ,完成したトラウマナレーションを親子で共有し,トラウマに関する親子のコミュニケーションの強化を図る。また,これまで習得したスキルを統合し,プログラム終了後にも習得したスキルを実践し続けることができるように支援される。
CPTSDの子どもを対象としたTF–CBTの治療効果については,TF–CBTのランダム化比較試験のデータを使用した事後解析が報告されている。それによると,いくつかの尺度から抽出した項目を使用して,PTSD群とCPTSD群を分離し分析した結果,PTSD群もCPTSD群も,ともにTF–CBTによって症状が改善しており,治療への反応性の差は認められなかった[3]。
治療におけるトラウマ−アタッチメント問題とTF–CBT
従来,アタッチメント・スタイルは,幼少期に主たる養育者との相互交流を通して形成される。この際,自分自身や他者の行動を,内的な精神状態と結びついたものとして,想像力を働かせて理解し解釈するメンタライジング機能が,重要な役割を果たすとされている[5]。
一般的に,CPTSDを呈する子どものアタッチメント対象となるべき主たる養育者は,機能不全に陥っていたり,時には,自らが子どもに加害行為をしたりする場合があるため,当然のことながら,子どものアタッチメントの発達は不安定で混乱したものになる。
さらに,CPTSDを呈する子どもは,トラウマ反応としての低い自尊感情や否定的な認知のために,「何をしても良くなるはずがない」とか「治療者も自分につらい思いをさせるかもしれない」などと考えて,治療を受けることを躊躇する場合もある。そもそも,これらの子どもは,PTSD症状が自分を苦しめていることに気づいていないこともある。このように,CPTSDを呈している子どもは,自分自身のこころの内で何が起きているのかを顧みることができない状態なのである。
一方,TF–CBTは,トラウマ記憶に向き合うという困難な作業を内包したプログラムであるので,当然,子どものアタッチメントは活性化されなければならないのであるが,上記の理由も相まって,子どもが危機を訴え,助けを求めるというアタッチメント・システムが機能しないことが多い。これが,「治療におけるトラウマ−アタッチメント問題」なのである。
このような問題を乗り越えるために,TF–CBTでは,治療者が子どもの状態を適切に理解し,安全な治療の場で,治療者自身のメンタライジング機能を駆使して,子どもの行動や症状の背景にある心理状態を慮り,本人に返していく[5]。また,子どもの気持ちの表出を促し,その気持ちに共感し,それが妥当なものであると保障していく。
TF–CBTでは,プログラムを通して,このような作業を繰り返していくことで,子どもは,治療の場で自分の弱みをさらけ出しても攻撃されたり搾取されたりすることはないと身をもって知ることができ,一時的に危機的状況に陥ったとしても,治療者と協働作業を続けることができるのである。
おわりに
TF–CBTは,構造化された認知行動療法プログラムであるが,特に,CPTSDへの治療では,定められた治療要素を機械的に実施していくだけでなく,治療者のメンタライジング機能によって,子どものアタッチメント・システムを活性化し,子どもの回復を後押ししていくことが不可欠である。
文献
- 1.Cohen, J. A., Mannarino, A. P., & Deblinger, E. (2017) Treating trauma and traumatic grief in children and adolescents (2nd ed.). New York: Guilford Press.
- 2.亀岡智美・飛鳥井望(編) (2021) 『子どものトラウマとPTSDの治療:エビデンスとさまざまな現場における実践』誠信書房
- 3.Forbes, D., Bisson, J., Monson, C., & Berliner, L. E. (2020) Effective treatments for PTSD practice guidelines from the international society for traumatic stress studies (3rd ed.). New York: Guilford Presss.
- 4.飛鳥井望 (2021) 『CPTSDの臨床実践ガイド:トラウマ焦点化治療の活用と工夫』日本評論社
- 5.崔炯仁 (2016) 『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服:〈心を見渡す心〉と〈自他境界の感覚〉をはぐくむアプローチ』星和書店
- *COI:本稿に関連し開示すべきCOI関係にある企業などない。
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