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ここでも活きてる心理学
研究におけるバックキャスティング
成戸 洋介(なると ようすけ)
Profile─成戸 洋介
2016年,京都大学教育学部卒業。2018年,京都大学教育学研究科修士課程修了。修士(教育学)。同年,ユニ・チャーム株式会社入社。専門は発達心理学。
私は現在,紙おむつや生理用品などを扱うユニ・チャーム株式会社で,大学等の研究機関と共同で商品・サービスの研究開発に携わっております。学生の頃は発達科学を扱う研究室に所属し,たくさんの赤ちゃんや親御さんにご協力いただきながら,卒論・修論執筆に励んでいました。私自身,研究者としてはもちろんのこと,社会人としての経歴もまだまだ浅いため,あまり大層なことは言えませんが,ここからは,大学での学びが今の仕事に活かされていると感じた点や仕事をする上で難しさを感じた点についてお伝えいたします。
大学での学びが今の業務に活かされている点をいくつか挙げるならば,赤ちゃんと親御さんとのコミュニケーションのとり方,先行研究を批判的に読みながら自分なりの仮説を立てる力,研究発表の際のプレゼンテーションスキルなどです。一方で,企業の研究職として業務に携わるようになり,私自身が難しさを感じた点は,「バックキャスティング」という思考です。
「バックキャスティング」とは,あるべき将来の姿を描いて,現状からそこに到達する道筋を見つけるという思考方法を指し,一般的にはSDGsなどの大きな目標を達成するための方法として効果的とされています。私は入社後,この「バックキャスティング」になかなか馴染むことができませんでした。なぜなら,「巨人の肩の上に立つ」という言葉にもあるように,学生のころは先行研究をレビューすることから自分の研究をスタートさせていましたが,入社後は「理想のあるべき社会を実現するために必要な研究とは何か?」というこれまでとは逆方向の考え方が必要になったためです。ですが,ある研究開発がきっかけで「バックキャスティング」を自分なりに理解できるようになりました。そのきっかけが京都大学を中核機関とした「センター・オブ・イノベーション(以下,COI)プログラム」での研究開発です(JST,COI,JPMJCE1307)。
COIプログラムとは,実現したい社会の姿を大学と企業の間で共有したうえで,研究知見を活かした商品・サービスの社会実装を行う産学連携のプロジェクトです。私にとってCOIプログラムの活動として最も印象的なものが,赤ちゃんが排泄をすると「ありがとう」「だいすき」といった文字が浮かびあがる機能を搭載した紙おむつの開発です。この機能は親御さんが赤ちゃんのおむつ替えをする際に,育児に歓びを感じられるようにしたいという想いのもと,開発した機能になります。実際に,この機能を搭載したおむつを使う経験が乳児を養育中の親御さんの感情をよりポジティブにすることが大学での検証でも示唆されています。また,夜中一人でおむつ替えをしている時に,ふと目にした紙おむつの「ありがとう」という文字に思わず感動したという感想も親御さんからいただいています。このような従来の紙おむつの発想を超えた,育児に歓びを感じられる紙おむつを生み出すことができたのは,実現したい社会の姿を大学と共有しながら,「バックキャスティング」の考えに基づいて,研究開発を進めることができたことが要因ではないかと思います。今後も,COIプログラムだけにとどまらず,企業の研究者として大学等の研究機関と連携しながら,あるべき社会の実現に向けて邁進していきたいと思います。
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