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【特集】
認知行動療法を学ぶゲームアプリ
清水 あやこ(しみず あやこ)
Profile─清水 あやこ
東京大学大学院臨床心理学コース修士課程修了。2015年,株式会社HIKARI Lab設立。単著に『ちょこっと,ポジティブ。一瞬で気持ちがふわっと軽くなる35のコツ』(大和出版)など。共著論文にGamified mobile computerized cognitive behavioral therapy for Japanese university students with depressive symptoms: Protocol for a randomized controlled trial. JMIR Research Protocols, 9(4), e15164, 2020がある。
今回はゲーミフィケーションを応用し認知行動療法を学ぶSPARXというアプリを紹介したい。メンタルヘルスケアの課題は,コスト,不便さ,敷居の高さ,モチベーション維持だと思う。これまで多くのメンタルヘルスケアアプリがリリースされており,コストや不便さは改善されたものの,「メンタルヘルスケア」のイメージが前面に出ている以上,多くの人がスティグマを感じ利用を断念しているのではないかと考えていた。そんな時に出会ったのがSPARXである。ここまでゲーミフィケーションが応用されたメンタルヘルスケアアプリは見たことがなく,SPARXであれば多少スティグマは軽減され,早期介入,継続につながるのではないかと思い,すぐに交渉し日本語版をリリースした。認知行動療法をゲームで学ぶと言うと必ず「どのようにして?」という質問を受けるので今回はSPARXの仕組みを中心に記述していく。参考になればと思う。
SPARXとは
SPARXとはニュージーランドの国家プロジェクトの一環としてオークランド大学精神科医のチームによって開発されたロールプレイングゲームである。認知行動療法が組み込まれており,ゲームをプレイする感覚で認知行動療法について学ぶことができる。ニュージーランド版はブリティッシュメディカルジャーナルにて従来の治療法に劣らない効果があると実証されている[1]。日本語版は現在スマートフォンアプリとしてアプリストアにて販売されている(iTunes 2,080円,Android 2,000円)。また,復職支援施設や一般企業の新人研修などでの利用実績もある。
SPARXのストーリー
SPARXの大まかなストーリーは「ネガティブな気分が蔓延した世界に自分のアバターがヒーロー/ヒロインとなって入っていき,その世界を救う」というものである。その過程で自分自身も認知行動療法を学んでいき,周りの人々を助けていく。
SPARXの構成
メインメニューはニュージーランド版ではSPARXのゲーム機能のみとなっているが,日本語版ではいくつか機能が存在する(図1)。
ゲーム部分は7つのレベルから成り立っている。1レベルあたりおおよそ20〜30分必要となっており,1週間に1〜2レベル進めていくことが推奨されている。
この各レベルは3部構成となっている。1つ目がガイド役によるイントロダクション,2つ目がロールプレイング,3つ目が再びガイドによるサマリーである。イントロダクションでは,前回のレベルでおこなったことの復習と,そのレベルで行うことの概要説明を行う。また,レベル1,4,7では質問形式にて抑うつの程度を測る(図2)。ロールプレイング部分では,ファンタジーの世界に入り,冒険を行う。その際,毎回異なる国を助けるようナレーターより指示される。各国ではそれぞれテーマがあり,そのテーマに沿ったタスクをこなしていく。タスクをこなし,その国を救うことができれば宝石が与えられる。SPARXのファンタジー部分の目標はこのようにタスクをこなしながら,様々な国を救っていくことで宝石を集めることである。7レベル全てを終了し,7つの宝石を集めることができれば,世界に調和が戻るということになっている。毎回,宝石を入手した後は再びガイドのいる世界に戻り,ファンタジーの世界で学んだことのおさらいを行う。こうして一つのレベルが終了するという仕組みになっている。
各レベルの概要
レベル1では,全体のオリエンテーションともいえる説明が行われる。イントロダクションでは,ゲームの概要が説明され,自分のアバターを作成する。また,質問形式にて抑うつの程度を測る。そして,ファンタジーの世界に移動し,その世界の調和が失われた経緯やどのようにして世界を元に戻すことができるかについての説明が行われる。その後,洞窟の国に行くように指示され,ニュージーランドの伝説の鳥,ホキオイに乗って移動する。洞窟の国でのテーマは「希望を見つける」である。このテーマは毎回他の国に移動した際に画面上に表示される。プレイ中では,クイズを行い,「希望の鳥」を救い出す。この鳥はこの後他のレベルでも出現し,メタファー的な役割をすると共にクイズ中にヒントを提案するなどして主人公のサポートを行う。ゲーム中では,希望の鳥を助け出したことのお礼として呼吸法を教えてもらう。その後,ガイドのいる世界に戻り,抑うつと認知行動療法についての説明が行われる。
レベル2では,「行動活性化」がテーマである。まずイントロダクションでは,前回のおさらいとして簡単なクイズが出題される。そして本レベルが特に「行動」に特化することを共有し,ファンタジーの世界へと移動する。ファンタジーの世界では,「氷の国」に旅立ち「暖かさ」を取り戻すように指示される。実際に「氷の国」に行ってみると,先に進みたいにもかかわらず門が閉まっている。近くのキャラクターからヒントを得ようとするも言葉が通じない。そこで少し離れたところにいる女性に声をかけてみる。すると女性とは会話することができたので先ほど言葉が通じなかったキャラクターとの通訳をお願いすると「人と話すのが苦手なので,とても緊張して,お腹が痛くなってしまうので助けることはできない」と言われてしまう。そこで選択形式で彼女を励まし,彼女に先ほどのキャラクターと話すよう説得する。結果,彼女は無事に先ほどのキャラクターと話し,門を開ける鍵を手に入れてくれる。その後,氷の世界で松明にあかりを灯していき,最後に凍った雪男を温め救出する。雪男からはお礼として宝石を得る。そして,ガイドのいる世界に戻り,活動的になることや人と向き合うことの重要性について解説される。最後に,自分が好む行動のリストを作成し,次回までに実際に行ってみるよう促される。また,リラックスするために簡単な筋弛緩法についても説明される。
レベル3のテーマは「感情コントロール」である。まずイントロダクションでは,筋弛緩法の復習や,行動リストを実際に行ったかの確認を行う。そして,ファンタジーの世界では「火山の国」に向かう(図3)。
そこでは,火の精霊たちが人間に怒って溶岩で町を飲み込んでいる。そのため会話の選択肢から最適なものを選び,火の精霊と交渉しなければならない。そこで「希望の鳥」が登場し「挑発的にならない」など,よい聞き手になるためのヒントを教えてくれるのでそのヒントに従い火の精霊を説得する。無事に火の精霊との交渉が終わった後は間欠泉の蒸気を抜くよう指示を受ける。間欠泉の上には人がイライラを感じやすい事柄が記載された岩が落ちてくるのでそれを一つずつ落としていく。そうすることで間欠泉の中の蒸気を逃し,爆発を避ける。全て終了すると宝石が与えられ,ガイドのいる世界に帰ってくる。ガイドの世界では,アンガーマネジメント,傾聴,アサーションについての説明を受ける。そして,怒りに気づく大切さ,怒りに上手く対処する方法,真剣に聴きながら自分の意見を言うコツなどについて学習する。
レベル4では「問題を克服する」がテーマである。イントロダクションでは,抑うつの度合いを質問形式で計測し,その後前回の復習をクイズ形式で行う。そして本レベルから多く出現するGnatsの説明を受ける。GnatsとはGloomy Negative Automatic Thoughtsの省略であり,憂うつで悲観的な自動思考を意味する。そしてそれと反対にSparksという役に立つ前向きな考え方が存在するという説明も受ける。次にファンタジーの世界では「山の国」に向かう。山の国ではGnatsに襲われている住人に遭遇する。Gnatsは村人を気落ちさせるようなことを言っているので,それに反論するコメントを選択肢から選びGnatsを撃退していく。その後山の上にある宝石を求めて山頂を目指しはしごを登っていく。しかし,はしごはいくつもあり,一回で山頂に到着することは困難である。はしごを間違えるたびに引き返しはしごを選び直すが,「希望の鳥」から実際に困難に遭遇した時も同様に,問題を明らかにして,失敗しても別の方法を試してみることが大切であるという主旨の説明を受ける。無事に山頂まで到着し,宝石を得ることができるとガイドのいる世界へと戻る。ガイドからは再び問題解決の方法についての説明を受ける。最後にSparksのような前向きで,現実的で,役立つ考え方を日常で見つけていくことを促され終了する。
レベル5のテーマは「ネガティブな認知に気づく」である。イントロダクションでは前レベルで行った問題解決技法についてのおさらいなどをクイズ形式で行う。本レベルではファンタジーの世界で沼の国に向かう。ここでは多くのGnatsから心ない言葉を言われる。それに対し,そのGnatsの考え方がどの種類の自動思考に当たるかを選択していき進んでいく。例えば,「みんなお前がこの挑戦を途中でやめると思っているさ!」とGnatsが言ってくるので,それが(A)何でも否定的に受け取る考え方,(B)破局的な考え方,(C)相手の心がわかるという思い込み,(D)完璧主義のどれに相当するかを選択する。正解すればGnatsがSparksに変化し,ポジティブな声がけを受けることができ先に進めるという具合である。これを何度か繰り返しいくつかのGnatsを退治した後,ガイドのいる世界に戻る。そこでは,Gnatsが人に与える影響が説明され,まずはGnatsの種類に気づくことが重要であるという説明を受ける。
レベル6のテーマは「ネガティブな認知に挑戦する」である。イントロダクションでは,実例を交えたクイズ形式でネガティブ思考の種類を選択していく。ファンタジーの世界では「橋の国」に行くように指示される。橋の国では,レベル5と同様に多くのGnatsに遭遇する。ただ異なるのは今度はGnatsに反論していくという点である。そして,先に進むために村人と交渉したりする必要もある。ガイドの世界に戻った後は,再度ネガティブな思考に対処するためのポイント及び人と交渉する際のポイントを実例を交えながらおさらいする。
レベル7では,全レベルの復習を行う。イントロダクションではまず質問形式にて抑うつの程度を測る。そして,ネガティブ思考に対処するためのポイントと交渉のポイントをクイズ形式で確認した後,最後の「渓谷の国」に向かう。ここではこれまでに学習したことの復習を行う。しかしその過程で雨が降ったり,多くのSparksを集めなければいけなかったりと,これまでよりも難易度が上がる。そのため他のキャラクターに助けを求めたり,希望の鳥がいない状態で一人で行動しなければいけなかったりと新しい状態を経験する。これは,「必要のある時は助けてもらう,希望がなくても行動することが必要なこともある/自分自身で希望を維持する必要がある」といったメタファーになっている。そして,最後にGnatsの王と対峙する。最後の宝石はこのGnatsの王が持っているので交渉する必要がある。そこで彼の話を聞いてみるとどうも彼自身がネガティブ思考の影響を受けているようなので,選択肢を選び傾聴しながらもその考えに反論していく。すると納得し,宝石を手渡してくれる。そうすると暗く澱んだ世界に光が差し,世界に調和が戻り,これまでに出会ったキャラクターが出迎えてくれる。最後にガイドのいる世界に戻ると,ガイドは自分を労ってくれ,全体の復習を簡単に行う。そして,SPARX使用前と比べどのような変化があったかを確認し,終了となる。
日本語版における変更点
日本語版SPARXはニュージーランドのオリジナル版をほぼそのまま踏襲している。大きな変更点としては,まずガイドのキャラクターを男性から女性にした。これは日本では男性セラピストより女性セラピストの方が多いこと,また通常のゲームやデジタルコンテンツの案内役に女性が多いことが理由である。こちらの点については職業における性別の偏見があることは十分理解しているつもりであるが一般ユーザーに早く馴染んでもらうことを優先し渋々変更した。オリジナル版はもともと10代向けに開発されたものだが日本語版は大人も対象としているため,明らかに10代向けの内容は大人でも適用できるように差し替えた。例えば「学校のテスト前に不安になった時…」というような例は「プレゼンテーションの前に不安になった時…」という内容に差し替え,どの年齢層のユーザーにも親和性を持たせるように努めた。
最後に
現在メンタルヘルスアプリが世界で乱立する中,ここまでゲーミフィケーションを応用したものはなかなかないように思える。ゲーミフィケーションを応用するメリットとしてはカジュアルに見えるので使用の敷居が下がることである。また,キャラクターへの信頼や愛着が湧き継続率が上がるという点である。一方でデメリットとしてはゲームでメンタルヘルスを行うということに対し「真面目に見えない」ということで否定的な人がいることである。こちらの点については効果を数字で表したり,ゲーミフィケーションの事例を紹介する必要があるのではないかと考えている。重要なのは,利用者にとって本当に使いやすいものであるか,本当に効果があるのか,という点なので,今後もゲーミフィケーションへの偏見に囚われず,うつ病の早期発見,改善に努めたいと思う。
文献
- 1.Merry, S. N., Stasiak, K., Shepherd, M., Frampton, C., Fleming, T., & Lucassen, M. F. (2012). The effectiveness of SPARX, a computerised self help intervention for adolescents seeking help for depression: Randomised controlled non-inferiority trial. BMJ, 344, e2598.
- *COI:本記事の著者はSPARXを運営する株式会社HIKARI Labの代表取締役である。
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