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【特集】

アプリで心を調整する

スマートフォンやアプリケーションソフトウェア(以下,アプリ)といった情報通信機器・技術の普及に伴って,これらをメンタルヘルスケアに活用することへの期待が高まっています。たとえば,認知行動療法をはじめとした心理療法の実践支援や,マインドフルネス瞑想の補助などを目的としたヘルスケアアプリは数多く開発されており,利用者も増加の一途をたどっています。アプリの効果検証を試みた論文も蓄積され始めており,米国食品医薬品局(FDA)の認証を受けたアプリもあるなど,私たちのヘルスケアにアプリを役立てるという観点は,今後も大きな流れとなっていくでしょう。

このようなアプリを活用したメンタルヘルスケアは,従来の心理的支援方法が有していた課題の解決や,実践方法の拡張に寄与する大きな可能性を秘めていることから,有用なアプローチの一つとなりうると考えられます。本特集では,こうしたメンタルヘルスケアを目的としたアプリに焦点を当てて,それらが私たちの心身の健康にもたらす効果や,その留意点について考えてみたいと思います。(山本哲也)

悩みに対処するVRセルフカウンセリングアプリ

山下 裕子
むつみホスピタル 臨床心理士・公認心理師

山下 裕子(やました ゆうこ)

Profile─山下 裕子
専門は臨床心理学,VR。修士(臨床心理学)。徳島大学総合科学部を卒業後,徳島大学大学院総合科学教育部臨床心理学専攻博士前期課程を修了し,現職。主要論文にPerceiving positive facial expression can relieve depressive moods: The effect of emotional contagion on mood in people with subthreshold depression(共著,Frontiers in Psychology, 2021)など。

臨床心理学領域におけるVRの応用

近年,VR(バーチャルリアリティ)技術は目覚ましい発展を遂げており,様々な学術領域でVRを活用した研究が散見されるようになってきた。そうした中,筆者の専門とする臨床心理学の分野においても,人々の心理的問題の改善に対するVR技術の応用が期待される。

たとえば,不安症に対するVRエクスポージャーの効果は広く知られており,メタ分析の結果,現実エクスポージャーと同等の効果を有することが報告されている[1]。不安症への治療のみならず,うつ病,統合失調症,摂食障害,物質関連障害など,様々な精神疾患のアセスメントや治療においても,VR技術を活用した研究が行われている[2]

このように臨床心理学の分野においてVRを応用し,心理的問題に対する新たなアプローチを探ることで,これまで救えなかった人々を助けられる未来が築けるかもしれない。

周囲の人に助けを求められない人々

世界精神保健調査によると,本邦における精神疾患の生涯有病率は22%であり[3],メンタルヘルス不調に苦悩する人々は多く存在している。そのため,メンタルヘルス不調の予防のために,人々が抱える心理的問題を軽減する効果的なアプローチが必要であると考えられる。

こうしたアプローチとして,これまでの多くの研究において,専門家による様々な心理療法や,家族や友人などの周囲の人々によるソーシャルサポートの効果が実証されている。しかし,スティグマや相談相手に迷惑をかけることなどを懸念し,メンタルヘルスサービスを利用することや,身近な人にサポートを求めることに抵抗を感じる人々は少なくない[4,5]

したがって,心理的問題を抱えていながらも,周囲の人からのサポートを十分に得られずに,メンタルヘルス不調に陥る人々は多く存在すると考えられる。

メンタルヘルスの向上におけるVRの応用可能性

こうした人々の心理的問題を軽減するためのアプローチとして,VRの応用可能性が期待される。VR体験における特徴の一つに,身体所有感の錯覚と呼ばれるものがある。これは,自分の実際の身体の動きが,体験するVR空間内のアバターに再現されることによって,アバターの身体をまるで自分の身体のように感じられる感覚をいう。

この身体所有感の錯覚は,体験者の認知や行動に影響を与える。たとえば,先行研究では,参加者にVR空間でアバターの身体に入ってドラムを演奏してもらう実験が行われているが,その結果,フォーマルな格好をした肌の白いアバターよりも,カジュアルな格好をした肌の黒いアバターでドラムを演奏した方が,ドラムをたたく腕の振りが大きかったことが報告されている[6]。このように,VRでの体験によって,人々の認知面や行動面に変化をもたらすことができる。

VRを活用したセルフカウンセリング

近年,こうしたVR技術を活用して人々の心理的問題に対処するための画期的な方法が開発されている。それが,VRセルフカウンセリングである。VRセルフカウンセリングとは,VR空間で自分自身のアバターと相談相手のアバターの身体を入れ替わりながら,体験者が自らの悩みについて,セルフで話し合う方法である。

このVRセルフカウンセリングにおいて,相談相手のアバターを精神科医のジークムント・フロイトとした条件の方が,相談相手を自分自身とした条件よりも,セルフカウンセリング後に気分状態が改善し,幸福感が増大したことが報告されている。また,身体所有感の錯覚を強く感じているほど,これらの効果が生じるという[7]。さらに,他の研究では,VRセルフカウンセリングにおける2つのアバターの身体を入れ替わるプロセスが,悩みの効果的な解決に寄与することが示されている[8]。したがって,VRセルフカウンセリングにおいて実現される身体所有感の錯覚や他者視点取得は,個人の心理的問題を解決する上で重要な役割を果たすと考えられる。

VRセルフカウンセリングはその有効性が期待される上に,個人で実施可能な方法である。そのため,先に述べたような他の人に助けを求めることに抵抗を感じる人々にとっても,利用しやすい効果的なアプローチであると考えられる。

自分を大切に思ってくれている人とのVRセルフカウンセリング

先行研究では,自分自身やフロイトとのVRセルフカウンセリングの効果が検討されている。では,他の人物を相談相手とした場合は,いったいどのような効果が得られるのだろうか?

そこで,我々は,他者視点取得の実現というVRの特徴に着目し,家族や親友,恋人など,自分を大切に思ってくれている人物(以下,親密他者とする)とのVRセルフカウンセリングアプリケーションを開発し,その効果を検討した[9]。こうした人物からは,VRにおける相談の中で,自分自身に対するあたたかい言葉がけが生じやすいと考えられ,メンタルヘルス向上へのさらなる効果が期待できると考えたからである。

我々の研究では,大学生・大学院生60名を,親密他者とVRセルフカウンセリングを行う群,フロイトとVRセルフカウンセリングを行う群,介入の代わりに10分間の安静期間を設けた統制群に分類し,介入効果の比較を行った(図1,図2)。その主な結果を図3に示す。研究の結果,いずれの人物とのVRセルフカウンセリングも,悩みの苦痛度を低減させることが示された。興味深いことに,親密他者とのVRセルフカウンセリングは,不安症状の改善に最も効果的であった。さらに,親密他者とのVRセルフカウンセリングを行った群のみ,介入後に参加者全員が,悩み事が改善したと報告した。

図1 研究で作成された3Dアバター
図1 研究で作成された3Dアバター
A:実際の体験者の写真。B:3Dスキャンなどを介して作成された体験者の3Dアバター。iPadに3Dスキャナーを装着して撮影を行うことで,比較的簡便に本人に類似した精度の高いアバターを作成することができる。
図2 親密他者とのVRセルフカウンセリング
図2 親密他者とのVRセルフカウンセリング
A:VRセルフカウンセリングの俯瞰図と,実際にVRセルフカウンセリングを体験している体験者の様子。B:体験者が自分のアバターの身体に入ったときの視点。C:体験者が親密他者のアバターの身体に入ったときの視点。
図3 VRセルフカウンセリングの効果
図3 VRセルフカウンセリングの効果
A:悩みの苦痛度。B:不安症状(GAD–7)。参加者は,初回セッション,介入セッション,フォローアップセッションに参加し,合計3回実験室に来室した。各セッションの間隔は1週間であり,ベースライン時(初回セッション),介入前と介入後(介入セッション),フォローアップ時(フォローアップセッション)の4時点において効果指標の測定が行われた。なお,GAD–7については,過去1週間の不安症状を尋ねたため,介入後を除く3時点で測定した。

以上のように,我々の研究結果は,親密他者とのVRセルフカウンセリングが人々のメンタルヘルスの維持・向上において,効果的なアプローチであることを示した。こうした結果は,参加者が,親密他者の視点から自分自身を受容・肯定し,あたたかい態度で相談に乗ることによって生じたと考えられる。親密他者とのVRセルフカウンセリングを体験した参加者の中には,「VR空間でも相談相手と実際に会っている時と同じような空気感があって楽しかった」と感想を述べた者もいた。このように,自らが苦痛を感じている悩みと向き合いながらも,体験者にポジティブな感情を生じさせる点からも,親密他者とのVRセルフカウンセリングは意義深い方法であるといえるだろう。

また,VRセルフカウンセリングを体験した参加者からは,「私は悩みを誰かに話すのは苦手だが,相手が仮想空間の人物で話しやすかった」という感想が得られた。さらに,親密他者とのVRセルフカウンセリングを行った参加者の中には,「一人で悩まなくていいと気づけた」「相談相手(親密他者)に悩みを話してみようという気になった」と気持ちの変化を報告した者もいた。したがって,VRセルフカウンセリングは周囲の人に助けを求めることに抵抗を感じる人であっても利用しやすい方法であると考えられる。また,親密他者とのVRセルフカウンセリングについては,現実世界における体験者の援助要請行動へのアプローチにも応用できるかもしれない。

VRセルフカウンセリングの可能性

これまで述べてきたように,人々のメンタルヘルスの維持・向上において,VRセルフカウンセリングの有効性は大いに期待される。我々の研究では,親密他者やフロイトとのVRセルフカウンセリングの効果の検討を行ったが,この他様々な相談相手のアバターともカウンセリングを行うことが可能である。家族,友人,心理学の専門家,好きなキャラクターなど,悩みの内容や個人の人間関係によって,相談したい相手は異なると考えられる。そのため,「自分が相談したい相手」を選択し,好きな時に手軽にその相手とのVRセルフカウンセリングを実施できるような技術が今後実現されることで,私たちはもっと精神的に健康な毎日を送れるようになるかもしれない。

今後まだまだ研究知見の蓄積が待たれるが,このVRセルフカウンセリングアプリが発展することによって,これまで一人で悩みを抱えて苦しんできた人々の心が,少しでも楽になることを願っている。

文献

  • 1.Powers, M. B., & Emmelkamp, P. M. (2008) Virtual reality exposure therapy for anxiety disorders: A meta–analysis. Journal of Anxiety Disorders, 22, 561–569.https://doi.org/10.1016/j.janxdis.2007.04.006
  • 2.Freeman, D., Reeve, S., Robinson, A., Ehlers, A., Clark, D., Spanlang, B., & Slater, M. (2017) Virtual reality in the assessment, understanding, and treatment of mental health disorders. Psychological Medicine, 47, 2393–2400.https://doi.org/10.1017/S003329171700040X
  • 3.Ishikawa, H., Tachimori, H., Takeshima, T., Umeda, M., Miyamoto, K., Shimoda, H., Baba, T., & Kawakami, N. (2018) Prevalence, treatment, and the correlates of common mental disorders in the mid 2010’s in Japan: The results of the world mental health Japan 2nd survey. Journal of Affective Disorders, 241, 554–562.https://doi.org/10.1016/j.jad.2018.08.050
  • 4.Mohr, D. C., Hart, S. L., Howard, I., Julian, L., Vella, L., Catledge, C., & Feldman, M. D. (2006) Barriers to psychotherapy among depressed and nondepressed primary care patients. Annals of Behavioral Medicine, 32, 254–258.https://doi.org/10.1207/s15324796abm3203_12
  • 5.永井智・鈴木真吾 (2018) 「大学生の援助要請意図に対する利益とコストの予期の影響」『教育心理学研究』66, 150–161.https://doi.org/10.5926/jjep.66.150
  • 6.Kilteni, K., Bergstrom, I., & Slater, M. (2013) Drumming in immersive virtual reality: The body shapes the way we play. IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics, 19, 597–605.https://doi.org/10.1109/TVCG.2013.29
  • 7.Osimo, S. A., Pizarro, R., Spanlang, B., & Slater, M. (2015) Conversations between self and self as Sigmund Freud: A virtual body ownership paradigm for self counselling. Scientific Reports, 5, 1–14.https://doi.org/10.1038/srep13899
  • 8.Slater, M., Neyret, S., Johnston, T., Iruretagoyena, G., Crespo, M. Á. de la C., Alabèrnia–Segura, M., Spanlang, B., & Feixas, G. (2019) An experimental study of a virtual reality counselling paradigm using embodied self–dialogue. Scientific Reports, 9, 1–13.https://doi.org/10.1038/s41598-019-46877-3
  • 9.Yamashita, Y., & Yamamoto, T. (2022) Virtual reality heals my reality: The effect of virtual reality self–counseling with the intimate other avatar. Preprint at PsyArXiv, 1–26.https://doi.org/10.31234/osf.io/fcda8
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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