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赤ちゃんはどのように顔を見ているのですか?
小林 恵(こばやし めぐみ)
Profile─小林 恵
専門は発達心理学,知覚心理学。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員DC1(中央大学大学院)・PD(生理学研究所),生理学研究所リサーチフェロー,愛知県医療療育総合センター発達障害研究所研究員(助教)などを経て2022年より現職。著書に『ステップアップ心理学シリーズ 発達心理学:心の展開とその支援』(分担執筆,講談社)など。
顔は私たちに多くの情報をもたらしてくれます。個人の識別や社会的なコミュニケーションになくてはならない情報の一つです。顔を正確に素早く知覚し認識することは,社会的動物である私たちヒトにとって重要な能力ですが,まずは赤ちゃんにどれくらい世界が見えているかを考えてみましょう。
赤ちゃんの視力
長い間,生まれたばかりの新生児はほとんど何も見えていないと考えられてきました。しかし1960年代に,アメリカの発達心理学者ファンツ(Robert L. Fantz)が選好注視法と呼ばれる方法を開発したことによって,新生児でもある程度の視知覚能力を持っていることがわかりました。選好注視法は特定の図形パターンを好んで見るという乳児の性質を利用したもので,新生児でもパターンのあるものやコントラストの高いものなど,特定の特徴を持っている図形を選好注視することを明らかにしました[1]。
大人では,ランドルト環と呼ばれる「C」のような形を観察しその隙間の方向を答えることで視力(小数視力と言います)を計測するのがお馴染みの方法ですが,言葉で答えることができない赤ちゃんでは選好注視法を使って調べます。赤ちゃんに白と黒の縞パターンと一様な灰色を同時に提示し,どちらを注視するか調べるのです。赤ちゃんはパターンへの選好を持っているので,もし縞が見えていればそちらを選好します。白と黒の縞を細かくしていき,赤ちゃんが縞パターンに選好を示さなくなった縞の細かさから視力を計算することができます。それを小数視力に変換すると,おおよその視力は新生児で0.02,生後3ヶ月で0.1,生後6ヶ月で0.2とされています。
この数字から,赤ちゃんには輪郭が滲んではっきりしない世界が見えていることが想像できると思います。しかし,赤ちゃんの見ている世界は輪郭がはっきりしないだけでなく,コントラストの低い薄ぼんやりしたものであることもわかっています。
赤ちゃんは顔が好き?
街中で,赤ちゃんにじっと顔を見つめられた経験があるのではないでしょうか。実は,薄ぼんやりした世界が見えている赤ちゃんが好んで見るものの一つが顔なのです。
生後数日の新生児でも顔と顔でないものを見分ける,すなわち顔検出の能力を持っています。顔らしくない配置を持つ図(目鼻口が福笑いのようになったもの)よりも顔らしい要素配置を持つ図を選好すること,さらに上下逆さまの顔写真(倒立顔)よりも正しい向きの顔写真(正立顔)を選好するのです[2]。
この結果だけを聞くと,生得的に顔認識能力をいくらか有しているように思われます。しかし,新生児期の顔への選好は複雑な顔そのものではなく,“トップヘビー”と呼ばれる画像の構造的な特徴への反応だと言われています[3]。トップヘビー構造とは上方により多くの要素が集まった配置のことを指し,これは上に目と眉毛,下に鼻と口という配置を持つ顔と共通する構造です。驚くことにトップヘビー構造への選好は39週の胎児でも示されており[4],この生得的な反応によって赤ちゃんは“ヒトの顔”の学習を積み重ねていくことになります。生後3〜5ヶ月ごろになるとトップヘビー選好は消失し,よりヒトの顔らしい対象に限定して選好を示すようになります[5]。
環境が形作る顔の識別
諸外国で製作された映画やドラマを見ていると,ヨーロッパ系やアフリカ系,中東系俳優の顔を混同してしまうことはありませんか? これは,日本に住む私たちの顔識別能力が見慣れた東アジア系の顔に特化しており,見慣れない人種の顔識別が困難であることを意味します。同様の現象は顔の年齢でも起こり,子どもに接する機会の少ない大人は,子どもの顔の識別に困難を感じます[6]。このように,環境の中で頻繁に経験する対象に識別能力が特化していく現象を「知覚的狭小化」と言います(なお,これは顔に限らず言語音の識別でも起こります)。私たちは,社会環境で頻繁に見る顔をより正確かつ効率的に識別できるようになっているのです。
顔を見る経験が限られている乳児の顔識別能力は,どのように発達するのでしょうか? 見知らぬ顔同士の識別は,馴化-脱馴化法で調べられます。この方法では,まず赤ちゃんに同じ画像を繰り返し見せ飽きさせた後(馴化),テストとして飽きた画像と新しい画像を見せて2つの画像への注視時間を比較します。もしテストで2つの画像の注視時間の間に差が認められれば,乳児が画像を識別したと解釈できます。先行研究から,生後6ヶ月以前の赤ちゃんは多種多様な顔を等しく識別できることが分かっています。大人とは異なり,見慣れない人種の顔[7]や年齢の顔[8]でも識別できるのです。この時期の赤ちゃんは,ヒトの顔に限らずサルの顔ですら識別できます[9]。しかし,生後9ヶ月ごろになると知覚的狭小化が生じます。例えば,中国の漢民族の生後9ヶ月児は東アジア系の顔のみ識別でき,その他の人種の顔の識別ができません[8]。また大人の顔は識別できますが,見慣れない赤ちゃんの顔は識別できなくなるのです[9]。
このように,生後9ヶ月までに生育環境に適応するように顔の識別が特化し洗練されていきます。一方で,年少の赤ちゃんは大人にはない特別な顔識別能力を持っているとも言えます。顔の認識は赤ちゃんの生存に欠かせない能力の一つですが,どんな“顔”が重要かは生まれてみないとわかりません。大人よりも浅く広い,しかし遥かに柔軟性に富んだ顔識別能力は,どんな生育環境に生まれ育っても適応するための赤ちゃんの生存戦略と言えるかもしれません。
文献
- 1.Fantz. R. L., & Yeh, J. (1979) Configurational selectivities: Critical for development of visual perception and attention. Can J Psychol, 33, 277-287.
- 2.Farroni, T. et al. (2005) Newborns’ preference for face-relevant stimuli: Effects of contrast polarity. PNAS, 102, 17245-17250.
- 3.Simion, F. et al. (2002) Newborns’ preference for up-down asymmetrical configurations. Dev Sci, 5, 427-434.
- 4.Reid, V. M. et al. (2017) The human fetus preferentially engages with face-like visual stimuli. Curr Biol, 27, 1825-1828.e3.
- 5.Turati, C. et al. (2005) Three-month-olds’ visual preference for faces and its underlying visual processing mechanisms. J Exp Child Psychol, 90, 255-273.
- 6.Kuefner, D. et al. (2008) Do all kids look alike? Evidence for an other-age effect in adults. J Exp Psychol Hum Percept Perform, 34, 811-817.
- 7.Kelly, D. et al. (2009) Development of the other-race effect during infancy: Evidence toward universality? J Exp Child Psychol, 104, 105-114.
- 8.Kobayashi, M. et al. (2018) Perceptual narrowing towards adult faces is a cross-cultural phenomenon in infancy: A behavioral and near-infrared spectroscopy study with Japanese infants. Dev Sci, 21, e12498.
- 9.Pascalis, O. et al. (2002) Is face processing species-specific during the first year of life? Science, 296, 1321-1323.
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