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キリスト教学の領域から
佐野 正子(さの まさこ)
Profile─佐野 正子
専門はキリスト教史。聖学院大学人間福祉学部を経て現職。博士(アメリカ・ヨーロッパ文化学)。著書に『永遠の言葉』(分担執筆,聖学院大学出版会)ほか。
はじめに
人間とはどのような存在なのか,どのような特徴を持っているのか,人間に対する問いは宗教や哲学にとっても永遠のテーマです。では心理学はどのような切り口でこの問いを探究しているのでしょうか。『心理学ワールド』は私のように心理学を専門としていない者にも,分かりやすく丁寧に,心理学の豊かな世界を示してくれています。興味深い多くの記事の中からいくつかの記事を紹介したいと思います。
「思いやり」の心理学
キリスト教の教えに「隣人を自分のように愛しなさい」という隣人愛の教えがありますが,キリスト教では思いやりを持って困っている他者に手を差し伸べることが大切なこととして私たちに求められています。「思いやり」が心理学の研究対象にもなっていることは興味深いことです。91号(2020年)では「『思いやり』の発達科学」が特集として組まれ,鹿子木康弘氏の記事では,乳幼児でも「他者の利益となるような自発的な行動」を取る傾向(向社会性)が実証されていること,岡田直大氏の記事では,実験により向社会性は脳神経基盤と関連し遺伝的な影響が見られること,高岸治人氏の記事では,オキシトシンという9つのアミノ酸で構成されたタンパク質が向社会行動に重要な働きを持つこと,長谷川真里氏の記事では,思いやりを向ける対象が年齢とともに選択的になることが示されています。また76号(2017年)の唐澤真弓氏の「『思いやり』のパラドックス─文化比較をするということ」では,幼年期の思いやりという他者理解の能力の確立が日本人よりも欧米人が5か月ほど早いという文化比較研究が紹介されています。人間の本質を理解するために,調査や実験や観察などさまざまな手法を用いて,心理学的研究が今日なされていることが分かります。
連載「私のワークライフバランス」
86号から最新号まで続いているこの連載は,研究や教育の仕事と,出産・育児や親の介護をしながらの生活とのバランスをどのように取るか,どのように乗り越えてきたか,あるいは今どのように努力して取り組んでいるかなど,様々な経験が報告されています。私自身夫と共に留学したイギリスで勉強をしながら出産と育児を経験し,また今では育児を終えて母を自宅介護しながら仕事をしていますので,毎号の記事を読みながら,若い頃の自分の経験と重ねたり,介護に取り組んでおられる方々の報告からは大いに励ましをいただきました。これからこのような経験をされる方にも参考になる記事だと思います。
連載「Over Seas」
なんと1号から最新号まで続いている最長寿連載です。いろいろな国の様々な研究機関に留学された方々の報告は各号バラエティに富んだ内容で,とても楽しく読んでいます。留学は行ってみないと分からないことがいろいろと待ち受けていますが,私にとってもその時の学びや経験や苦労はかけがえのないものとなり,今の私の土台となっています。この楽しい連載記事は,留学の擬似体験もでき,また留学を考えている人の背中を押してくれる内容です。
おわりに
本誌を読むと,心理学は実証的研究により人間の心や行動についての理解を深め,私たちの認識を新たにしてくれる,専門家のためだけではなく,皆に開かれた学問であると感じます。心理学の豊かな世界へ導いてくれる『心理学ワールド』がこれからも多くの方々に愛される機関誌でありますようにと願っています。
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