先見の明と暗
平石 界
大学時代のことです。降って湧いたように北京大学(だったと思う)との交換留学生の募集が始まって,しかし申し込み期間はごく短く,それでもサクッと応募して颯爽と旅立った同級生の後ろ姿を見つつ,「〆切早すぎて,あんなの申し込めるはずないよ」と家でぼやいた時のことでした。「Chance favors only the prepared mindってやつだな」と父が一刀両断。いやぁ,あれは痺れましたね。
それでHutchersonさんら(2023)です。新型コロナに関連してメディアでいろいろと将来予測をする心理学者がいるけど,あれってどれくらい当たるもんなんでしょうね? という研究。何が prepared mind かって,パンデミック始まって早々の2020年4月頭にもうデータを取り始めているんです。その背景には「心理学は説明より予測に重点を置くべきだ」という議論があって(Yarkoni & Westfall, 2017),そういう話を2020年の夏頃にようやく読んで「なるほどなぁ」とか言っていた身としては,変わらぬ自分のトロさに,まぁ悔しいですよね。
もっとも心理学者の先見の明っぷりに感心するのはここまで。米国の心理学者数百人に,パンデミックを受けて半年後の米国社会はどんなになってるか予測してもらって,実際のデータで答え合わせをしましたよっていう,シンプルかつ直截な研究なのですが,結果がもうメタメタ。偶然より当たってたと言えるのは10のうち4分野,抑うつ(増える),政治的極化(広がる),寄付(増える),一般的信頼(下がる)だけ。それも「どれくらいの変化があると思う?」と質問したけど,「心理学者が変化の大きさ(効果量)の予測が苦手なのは仕方ないよ。知ってる」と言って,変化の方向さえ合ってれば正解と甘々な採点をした上でのことです。
それでも当時の混乱を思えば4割も当たったのは大したもんだ,と考える向きもあるでしょう。だからもちろん統制群たる素人さんにも予測してもらっています。そしてこれが心理学者の予測と遜色ない。心理学者のほうが自分の予測の正確さに謙虚だったそうですが,それだけ? 心理学者内で見ても,専門分野と予測する分野がマッチしてるからといって当たるわけでもないし,教授より院生/ポスドクの予測の方がましなことがあったり。そんな体たらくなのに,パンデミックによる心理/社会的変化について「誰の予測が正しそう?」と尋ねてみたら,断然,心理学者が人気だったとも書かれていて。
学問は役に立つためにするものじゃないって意見には同意するところもあります。でも,役に立たないことを研究するのと,研究していることで,期待もされているのに,役に立ててないってのは話が違うような。こんな調子だと,成長著しい某チャットさんに聞くほうが,心理学者に尋ねるよりぜんぜん早くね? と言われてしまう日が遠からずやってくるのではないかとも。最近は誤信念課題もクリアするらしいし,チャットさん,ちゃんと人の心が分かってるみたいだよ,とか言われたりして(Kosinski, 2023)。
ええ,分かります。「そんな簡単に予測できたら苦労しないよ。人間は複雑なんだよ」と言いたい気持ちも,「調査方法に異議あり! 分析方法も恣意的じゃないか!?」と言いたくなる気持ちも。でもそれだけじゃなくて,周囲で起きている巨大(かもしれない)変化に,ちゃんと注意を払っておく必要もあるのでないかなと(Vaswani et al., 2017)。その日になって「〆切が早すぎる」と泣き言を言うのは,専門家として情けないですしね。
Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。
- *なお本稿は〆切から2日遅れで脱稿したが,執筆者は泣き言は言っていないそうなので(自己申告),当該の批判は当たらないものとする。
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