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【小特集】
カミングアウトの覚悟と勇気

日高 庸晴(ひだか やすはる)
Profile─日高 庸晴
京都大学大学院医学研究科博士後期課程修了。博士(社会健康医学)。専門は社会疫学,公衆衛生学。著書に『LGBTQ+の健康レポート』(単著,医学書院),など。
はじめに
恋愛や性愛の対象が異性である人が世の中の大半ではありますが,その対象が同性であったり両性であったり,あるいは同性にも異性にも恋愛感情を抱かない人も存在します。また,身体の性別に違和感があり出生時の性別とは異なる性別で生きたいと望む人も存在し,服装や髪形,ホルモン療法や性別適合手術など,どの程度の性別移行を望むかには個人差があります。これらのように,性的指向やジェンダーアイデンティティのありようはまさに多様です。『心理学ワールド』読者の中にも,いわゆる「多数」とは異なるありかたの人が,自分の友人にいる,兄弟姉妹に,わが子にあてはまる,あるいは自分自身のことであると思いながら本稿を読み進めている人もいることと思います。
カミングアウトの難しさとメンタルヘルス
2015年11月に東京都世田谷区と渋谷区で同性パートナーシップ制度が導入され,現在では全国で500近い自治体が類似の取り組みを実施しておりその数は年々拡大,性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性が認識され,尊重されつつあります。しかしながら世の中の取り組みが進む一方で,自らのありようについて他者にカミングアウトすることは,今なおハードルが高く困難なことでしょう。
筆者は1998年からLGBTQ+[1]を対象にした調査研究を継続実施しており今年で27年目になります。国内初のゲイ・バイセクシュアル男性を対象にした大規模な横断研究は1999年の夏にさかのぼり,本節ではそのデータをご報告します(有効回答数1,025人)。当該集団のメンタルヘルスの現状について,とりわけカミングアウトしていない状況下における精神的健康はどのような状態であるのか,心理尺度を用いながら明確化することを試みたことがあります。男性は女性を,女性は男性を恋愛対象とする異性愛を自明とする社会,あるいは同性愛をスティグマ化する社会においてカミングアウトしていない多くのゲイ・バイセクシュアル男性は,自らの性的指向が知られることがないように,異性愛者として振る舞い,異性愛者として社会的に適応しようとしている状況があるのではないでしょうか。自らのセクシュアリティを厳重に抑圧し,ひた隠しにしながら,異性を愛する男性として生活する,そこには異性愛者を装うことによる心理的葛藤やストレス─異性愛者的役割葛藤を生じているのではないか,といった仮説を立てました。
質問票調査に先立って実施したインタビュー調査から,「結婚話をすすめられたとき」「孫の顔が早く見たいと言われたとき」「彼氏のことを彼女に置き換えて話をしているとき」など15の状況場面を抽出し,異性愛者としての役割葛藤の程度を測定しました。そして,既存の標準化されている抑うつ,不安,孤独感,自尊感情の尺度を同時に用いてその関連を検討しました。その結果,異性愛者としての役割葛藤が強いほど,抑うつ・不安・孤独感の尺度得点が高く,自尊感情得点が低いことがわかりました。メンタルヘルスを阻害する要因は多岐にわたると言えますが,そのリスク要因のひとつに異性愛者的役割葛藤があることが示唆されています[2]。量的研究としてレズビアンやバイセクシュアル女性を対象に同様の検証をしていないので,一般化することは困難ですが,類似した状況もあるのではないかと考えられます。また,ジェンダーアイデンティティにかかる心理的抑圧や社会的な生きづらさは性的指向とは全く異なる様相があるものと思われます。
アウティングとは
LGBTQ+全般において,今なおカミングアウトは困難なライフイベントのひとつであると考えられます。カミングアウトは第三者から強要されるものではなく,本人の意思に基づいて自己の存在を示す方法のひとつです。カミングアウトの語源はcoming out from the closetであり,クローゼット(押し入れ)に隠れこもっていないで(自分自身のことを誰にも話さない/話せないでいるのではなく),表に出ていこう(本当の自分自身について自ら積極的に話していく)という意味合いがあります。
カミングアウトと表裏一体とも言えることはアウティングです。アウティングとは,性的指向やジェンダーアイデンティティを本人の承諾なく他者へ暴露したり,言いふらしてしまうことを言います。「自分は職場でカミングアウトするのは難しいな」と感じているLGBTQ+当事者にお話をうかがったところ「職場で自分のことが知られたら人間関係が崩壊するような気がする」「もし知られたら蔑(さげす)まれるに違いない」と強い恐れを抱いる人が少なくないことがわかりました。セクシュアリティについて知られることが自分にとって圧倒的に不利になるであろう,社会的不利益をもたらすのではないかと心配する中で,カミングアウトすることは相応の勇気と覚悟をもったゆえの行動です。信頼する相手であるから,付き合いの長い仲のいい友人であるからこそ,偽りの自分ではなく本当のことを伝えたい,知っていてほしいという思いからカミングアウトの決断があると言えるのではないでしょうか。
アウティング被害の現状
カミングアウトする側はどう伝えようかと考え何度もシュミレーションして思いを告げるからこそ,面白おかしくあるいは貶めることを目的に言いふらされるようなことがあれば,心底ショックを受けてしまうことでしょう。筆者が2019年にLGBTQ+を対象に実施した調査(有効回答数10,769人)によれば,回答者の25.1%にアウティング被害経験がありました[3](図1)。被害の現状に大きな世代差がなく,どの年齢層においてもアウティングの被害経験がありました。この数値は回答者の申告によるものであり,本人の知らないところで陰口を叩かれている場合は回答に反映されておらず,集計結果は過少見積もりの可能性があると推測されます。

前述のように人間関係が崩壊するとまで思い詰めているLGBTQ+の当事者であれば,アウティング被害後に職場に行くことができなくなることや,社会的な居場所がなくなったと感じてしまって最悪の場合自ら命を絶つようなことも起こりえます。その一方で,カミングアウトされた側はどのような気持ちでしょうか。勇気を出して自分のことを話してくれたのだろう,信頼してくれているから話してくれたのかな,人間関係の距離感が縮まってよかった,と前向きな捉え方をする人が大半かもしれません。他方,突然のことで戸惑いや,秘密を抱えることを強要させられたように思ってしまい,重圧と感じてしまっている人もいるかもしれません。
カミングアウトを引き受けることが重荷であり,心理的負担を感じて一人で抱えておくことができない場合,どうしたらいいでしょうか。児童生徒・学生など教育機関に属しているのであれば,守秘義務があるスクールカウンセラーや学生相談室のカウンセラーであれば,個人が特定されない形での相談はアウティングにならず,安心して相談できると思います。あるいは保護者など信頼できる相手に,第三者に情報漏洩がないよう十分に気を付けたうえで,話を聴いてもらうこともできるでしょう。「そんなつもりはなかった」けれど,意図せぬアウティングにつながってしまうことがないよう,細心の注意を要します。
自分の大事な友人からカミングアウトされるかもしれない,そのときどういった反応ができるだろうかとあらかじめ想定しておくことや,自分のことであれば,信頼する相手にいつどのようにカミングアウトするか,あるいはしないかなど,それぞれの「カミングアウト」との付き合い方をあらかじめ考えておくのはどうでしょうか。
文献
- 1.LGBTQ+:Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Questioning/Queerの略であり,これ以外の性的指向やジェンダーアイデンティティといったセクシュアリティの有り様を+(プラス)で表現するようになっています。
- 2.日高庸晴 (2000) 思春期学, 18, 264–272.
- 3.日高庸晴 (2024) LGBTQ+の健康レポート:誰にとっても心地よい医療を実装するために.医学書院.
- *COI:2019年調査は,ライフネット生命保険株式会社からの委託研究として実施しました。
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