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Psychology for U-18 高校生に伝えたい

無意識の心理学

宮本 聡介
明治学院大学心理学部 教授

宮本 聡介(みやもと そうすけ)

Profile─宮本 聡介
博士(心理学)(筑波大学)。専門は社会心理学。2014年より現職。著書に『ゼロからわかる行動科学大全』(監修,ナツメ社),『高校生に知ってほしい心理学』(共編著,学文社)など。

「自分の行動はすべて自分の意志で決めている」─そう思っている人は多いでしょう。しかし,心理学の研究が明らかにしてきたのは,私たちの思考や判断のなかには,意識に上ることなく処理されているものがあるという事実です。本記事では「無意識」という言葉が指すものを現代科学の視点で整理し,その働きを解説します。

意識・前意識・無意識

「無意識」からフロイト(Sigmund Freud)の名前を思い浮かべた人はなかなかの心理学通です。フロイトは,心の働きを意識,前意識,無意識の三層で捉えました。意識とは,いま自分が頭に思い浮かべている内容そのものと言ってもいいでしょう。この文章を読んでいるときに思い浮かんでいる感覚,泣いたり笑ったりしているときの感覚,それらはすべて意識の働きによるものと言ってよいでしょう。前意識は,いまは意識には上っていないけれども,注意を向ければ意識に上る領域を指します。自分の電話番号や昨日の夕食のメニューはいつも意識の中にあるわけではありませんが,思い出そうとすれば意識化できます。最後が無意識です。無意識は,意識にまったく上らない領域で,フロイトは抑圧された記憶や衝動をここに位置づけました。一方,現代の心理学が注目するのはもっと日常的な無意識の働き(知覚処理,感情反応,言語理解など)で,決して抑圧されているものではありません。

無意識の働きを調べる方法

無意識の働きが知覚や感情に関わっているとしても,私たちはそのことを自覚することはできません。けれども,心理学的な手法を用いることで,その働きの一端を観察することができるようになります。その代表的な手法の一つに閾下プライミング法があります。図1は閾下プライミング法の一例を表しています。最初に注視点を呈示したあと,名前を短時間(一般に数ミリ秒から数十ミリ秒)呈示し,直後にランダムな文字列を使ってマスクをかけます。こうすることで人間の目では名前を認識することができなくなります。これを閾下刺激といいます。実験参加者は次に提示されるターゲット刺激を見て,その名前から性別をできるだけ速く判断することが求められます。すると,閾下刺激とターゲット刺激の性別が同じ時,ターゲット刺激の性別判断が速くなります。ここでのポイントは,閾下刺激の名前は意識に上るほどはっきりは見えていないということです。意識できないにもかかわらず,ターゲットの性別判断に影響を及ぼします[1]。

図1 閾下プライミング法の概略図
図1 閾下プライミング法の概略図

性別という単純な判断なので,これで本当に無意識の影響を見ているのだろうかと半信半疑の方もいらっしゃると思います。では図2はどうでしょうか。今度は同様の方法で顔写真を呈示し,直後にマスクをかけます。今回のターゲットは最後に呈示される未知の中国文字が肯定語か否定語かを判断させることです。実際にはこの文字の意味はほとんどの人はわかりません。それにもかかわらず,笑顔を閾下で呈示したあとに中国文字の意味を判断させると,その意味をポジティブに解釈し,悲しみ顔を閾下で呈示したあとに中国文字の意味を判断させると,その意味をネガティブに解釈するようになります[2]。

図2 感情を用いた閾下プライミング
図2 感情を用いた閾下プライミング
※説明を優先し,実際の手続きとは少し異なる説明をしています。

無意識は何ができるのか

閾下刺激とターゲット刺激の組み合わせを工夫することで,いろいろなことを試すことができます。すると,無意識が意外と複雑な判断に影響を与えるのだということも見えてきます。

例えば,閾下刺激とターゲット刺激のところに数字を使います。課題では数字が5よりも大きいか小さいかを判断させます。閾下刺激の数字とターゲット刺激の数字の大小の方向が同じ場合,ターゲット刺激の大小判断が速くなります。これは,意識的には識別されなかった数字についても,5より大きいか小さいかという分類に関係する処理が行われていた可能性を示しています[3]。

チェスを題材にした実験もあります。閾下でチェスの駒配置を呈示します。駒配置はチェック(将棋の王手)とそうでないものがありました。課題では盤面の駒配置がチェックか否かをできるだけ速く判断させます。すると,経験豊富なチェスプレイヤーは,閾下刺激もターゲット刺激もチェックだったとき,ターゲットの判断が速くなりました。しかも,閾下とターゲットのチェックとなる駒の配列が異なっていても,チェック判断が速くなります。チェスの素人ではこのような効果は見られませんでした。これは,経験豊富なプレイヤーでは,駒の種類と位置関係が意識されないまま処理され,チェック判断に影響した可能性を示しています[4]。

数字を使った実験でも,チェスの実験でも閾下刺激は見えていません。厳密には瞬間的に提示されているのですが,呈示時間が短いため,私たちの意識はそれを認識できません。それでもターゲット課題の結果に影響を及ぼしていることから,意識には上らない無意識の働きが判断に影響を及ぼしている可能性があります。

さらなる応用の可能性

閾下プライミング法を応用すると,動画を閾下で呈示することも可能になります。動画というのは,少しだけ位置が異なった静止画(フレーム)を連続的に呈示することで,動きが知覚されます。パラパラ漫画を想像していただくとよいでしょう。そして,各フレームの間にマスクを挿入すると,閾下プライミング法の閾下刺激とマスクの関係になります。その結果,1枚1枚のフレームがマスクで見えなくなり,動画を閾下で呈示することが実現します。動画を閾下で呈示するという心理実験は,世界的に見てもまだほとんど行われていませんが,川上直秋と吉田富二雄は,2体の図形が追いかけっこをするストーリー動画を閾下で呈示する実験を行い,無意識レベルでもこのストーリーが理解されていることを示しました[5]。

無意識理解の先にあるもの

閾下プライミング法を筆頭に,無意識の働きを検証するための実証研究は数多くあります。また,fMRIなどを用いた脳科学の研究では,閾下プライミング刺激の呈示によって脳の特定の領域の働きが活発になっていることもわかってきています。こうした実証研究を積み上げていくことによって,さまざまな問題が解決される可能性があります。

例えば睡眠関連語の閾下呈示によって睡眠時間が伸びたと報告されています。無意識研究が不眠の改善に貢献する日が来るかもしれません。無意識のうちに生じるとされる偏見が面接や人事評価に影響しうることも報告されています。応募書類を匿名化したり,評価基準をあらかじめ明確にしたりすることで,評価への影響を抑える方法が検討されています。トラウマ関連の症状をもつ人では,脅威に関連する刺激に対して,意識的に認識する前から強い反応が生じる場合があります。こうした反応がいつ,どのような仕組みで起こるのかを明らかにすることは,将来,より効果的な心理療法や治療法を考える手がかりになるかもしれません。

ブックガイド

  • 『意識と脳:思考はいかにコード化されるか』スタニスラス・ドゥアンヌ(著)/高橋洋(訳),インターシフト,2015年
    意識とはなにか,無意識とはなにかについて,これまでわかっていることを詳細に解説しています。読み応えのある書籍です。

文献

  • 1.Klauer, K. C. et al. (2007) Conscious Cogn, 16, 63–83.
  • 2.Murphy, S. T., & Zajonc, R. B. (1993) J Pers Soc Psychol, 64(5), 723–739.
  • 3.Dehaene, S. et al. (1998) Nature, 395, 597–600.
  • 4.Kiesel, A. et al. (2009) J Exp Psychol Learn Mem Cogn, 35(1), 292–298.
  • 5.Kawakami, N., & Yoshida, F. (2015) Conscious Cogn, 33, 53–66.

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