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アナーバー市における 学際的異文化体験
一言英文(ひとこと ひでふみ)
Profile─一言英文
2010年,関西学院大学大学院文学研究科博士課程修了。 博士(心理学)。ミシガン大学心理学部客員研究員,京都大学こころの未来研究センター特定研究員,特定助教などを経て,2017年より現職。専門は比較文化心理学,感情心理学。著書は『自己意識的感情の心理学』(共著, 北大路書房)など。
私は,静岡県の牧歌的な町で育ちました。小学校に入り,父親から「ニュージーランドに引っ越す」と言われた時,「東京より遠いのだろうか」と疑問に思ったことを覚えています。当時の私にとって,文化は,特にその重要性を意識する対象ではありませんでした。
その後,「アジア人」ステレオタイプに入れられたり,帰国後「一言君が着ている服は何か違う」と言われる中で,ぼんやりと,人々が互いに何を期待し,疑わないかといった仮定の様なものがあると感じ,自分の心の琴線は日本人のそれとズレていると感じるようになりました。今思えば,これはリバース・カルチャーショックと誤帰属だったのかもしれませんが,その感覚は,母校関西学院大学で比較文化心理学の講義を受講し,方向性をもった動機づけ(文化と感情の研究をしたい)になりました。
感情とは価値観なのだと,アントニオ・ダマシオは言いました。文化が価値観を左右するなら感情も同じはずです。その感情の根本的機構は中枢であり神経と身体です。ならば,文化と中枢はどのように関係しているのか。ミシガン大学心理学部では,北山忍先生の研究室で「文化神経科学」の研究が行われていました。この新しい分野は,何か自分の心の琴線の問題に光を当てられそうな気がしました。研究生活は充実しており,求めれば,用意されていたかのように情報や人を見つけることができました(言うまでもなく,これは先生の多大なご配慮と環境整備のお力によるものです)。学生や院生たちは,掲示板に論文を貼り出し,ブラウンバッグ(昼ごはんを持ち込んで行う非形式的な研究会)で和気藹々とした発表を行い,毎日のように訪れる著名な研究者の講演に触発されていました。驚いたのは,大学の専任候補者の模擬授業に院生以上の全員が参加し,いずれの候補者が相応しいかと話題にしていたことです。人事の透明さと流動性に裏づけられたことだとは思いますが,院生たちは,自身の就職活動でどのようなレベルを目指せばよいのか,明日の我が身のこととして感じられていたようでした。
留学時,私は同僚にも恵まれました。ネイティブ・アメリカンの同僚と健康心理学について語り,米軍の研究所から来た同僚といじめの研究を練り,神経科学専門の同僚と100名以上の脳波を測定しました。日本語学科で教える教員とその学生たち,医学部で伝染病を研究する研究者や,隣町の日本企業で働く方々とも友人になりました。皆いずれも自分の分野の本質を面白おかしく他者へ伝えることができる人たちでした。この学際技能は,おそらく,自分の専門分野を深く学んだ上でそれをしばしば相対化することが基礎にあるのではと思います。加えて,忍耐強く聞いてはくれないけれども関心のある話題には能動的に関わろうとする報酬的な聴衆に対し,自分の仕事を簡明に,かつ,誤解なく説明する環境に晒されていることも大きな要因だと思いました。
心理学は,社会の人々が心と行動に関心を抱くほど必要とされるはずです。大学のあるアナーバー市では,街角の薬局でPsychology TodayやScientific American MINDなど,心理学の一般向け科学雑誌が月刊で売られており,その中では研究者が引用文献と連絡先つきのコラムを執筆していました。もちろん日本でも心理学の一般向け図書は増えてはいますが,そもそもアメリカ社会の人々が心と行動に対して持っている関心やコントロールへの欲求自体に,日本のそれとは歴然とした違いがあるようにも感じました。
上記はすべて,短い滞在中に私個人がある大学について主観的に抱いた感想にすぎないため,比較文化心理学者にあるべきでない偏見をご容赦ください。最後に,突然の留学にも関わらず手厚いご指導をいただいた北山忍先生に深く感謝の気持ちをお伝えし,本稿を終えさせていただきます。
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