巻頭言
研究生活を振り返って思うこと
太田信夫(おおた のぶお)
この半世紀,曲がりなりにも研究に従事させていただいた私の人生は,数多くの先輩後輩との出会いやその方々の論文・発表に負うところが大きいと思います。博論をまとめ,運良く就職できましたが,研究的にはぼんやりとしていた30代の中頃,トロント大のタルヴィング先生の下で在外研究を1年間させていただくことになりました。今思うに,この経験が私の研究活動のターニングポイントとなったようです。
そこでは,二つの大きな経験をしました。一つは「潜在記憶」という記憶の存在を知ったことです。もう一つは毎週水曜日のお昼に開催されていたEbbinghaus Empireという研究会を通して,世界的に著名な数多くの記憶研究者たちと知り合うことができたことです。
このトロントでの経験から,帰国後,さっそく潜在記憶の研究を始めました。また当時は,エビングハウスが科学的な記憶研究を始めた1885年からの100年を記念して世界各地でシンポジウムが開催され,日本心理学会でも「記憶研究の100年」と題するシンポジウムがありました(第49回大会)。私はこのシンポジウムに参加させていただき,日本でもっと記憶研究を盛んにしたい,私自身ももっと他人の研究を知りたいと思うようになり,翌年以降も記憶関係のシンポジウムやワークショップを毎年開催することにしました(多鹿秀継先生と共催)。
その数年後,関東地区の記憶研究者を対象に,原則,月1回の「記憶・認知研究会」も始めました。また,日本の記憶研究者を対象に年1回の一泊二日のJCOM(Japanese Conference on Memory)も始めました。そしてさらにTIC(Tsukuba International Conference on Memory)も開催することができました。どの集会もお蔭様でその後も継続することができ,日本心理学会のシンポジウムは30年間続きました。記憶認知研究会(藤田哲也先生を中心に現在も開催中)は165回を迎えています。JCOMは日本認知心理学会の発足(2003)により発展的解消しました。TICも10回まで行うことができました。特にこの国際会議(毎回12名ほどの海外研究者を招き,3日間行われた)は多額の資金が必須で,本当に様々な組織からの支援の賜物です。
このような様々な集会を通して,私は多くの研究者と出会い,そして多くの刺激を受けてきました。なんの能力も才能もない私が,こうして今でも研究心を維持していられるのは,皆様方のお蔭だと痛感しております。感謝!感謝!!です。
Profile─太田信夫
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育学博士。鳥取大学,筑波大学,放送大学,学習院大学を経て現職。専門は認知心理学,教育心理学。日本認知心理学会理事長,日本心理学諸学会連合常務理事,心理学検定局長などを歴任。最近の和書は,『現代の認知心理学(全7巻)』(編集代表),『シリーズ心理学と仕事(全20巻)』(監修)(いずれも北大路書房)など。洋書(共編著)は,Lifespan development of human memory(MIT Press),Dynamic cognitive processes(Springer),Memory and emotion(Blackwell),Dementia and Memory(Psychology Press)など。
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