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文教大学における心理学の古典的実験機器の常設展示と学びへの活用
増田 知尋(ますだ ともひろ)
Profile─増田 知尋
2005年,日本大学大学院文学研究科修了。博士(心理学)。立教大学プロジェクト研究員,食品総合研究所特別研究員を経て,2015年より現職。専門は知覚心理学。
草野 勉(くさの つとむ)
Profile─草野 勉
2010年,首都大学東京大学院人文科学研究科単位取得退学。東京大学,東京海洋大学等の研究員を経て,2019年より現職。神奈川大学人間科学部非常勤助手を兼任。専門は視知覚。
文教大学における心理学の歴史は,1976年に立正女子大学から文教大学に改称し,人間科学部が設置されたときに始まります。その後,2008年に心理学科が新設され,現在に至っています。そのため,これまで当欄で紹介されてきた古典的実験機器を有する研究・教育機関と比べてもその歴史は短く,文教大学内で実際に心理学の教育・研究に用いられてきた古典的な実験機器や関連する資料はほとんどありません。
文教大学で機器の展示・保管を開始した経緯は本誌68号の当欄でも紹介されていますが,2010年に,当時文教大学教授であった椎名健先生が立教大学からいくつかの古典的実験機器をお借りし,学内に展示されたことに始まります。その後,2015年の9月に,それまで立教大学で展示・保管されていた機器・資料の大部分が文教大学に移されました。それらの機器は,立教大学名誉教授の長田佳久先生を中心とした,古典的実験機器のアーカイブの作成と活用を目的とした日本学術振興会科学研究費補助金のプロジェクト(実験心理学における古典的実験機器のアーカイブ化とその活用(2007年〜2008年);心理学の古典的実験機器に関するデータベース作成とその活用(2010年〜2012年))の活動の一環として,国内のさまざまな大学で廃棄される予定の機器を収集していたものでした。そのため,この時点で文教大学にはそれらの大学の機器が集合していたことになります。さらに,文教大学で機器展示を開始した後も,いくつかの機関から同様のご提案をいただき,現在では7研究機関から移設された100点近くの古典的実験機器や関連資料がキャンパス内に展示・保管されています。
本誌68号や83号の当欄でも触れられていますように,実験機器の整備や常設展示は,何処の機関でも困難な状況であると思いますが,幸いなことに文教大学では人間科学に関する教育への効果が期待され,学生が自習やディスカッション等を自由に行うことができるスペースでの常設展示が実現しました。
さらに,古典的な実験機器が心理学の研究を行ううえで何故必要だったのかを理解してもらうため,文教大学では,授業の一環として,実験法の骨子を紹介した後に,さまざまな心理学実験が以前はどのように実現されていたかを示す例として,展示されている古典的実験機器の見学を行っています。
昨年度は,「心理学実験法」の講義の中で,展示物の中からカイモグラフとBergströmの振子型測時計の写真を事前に配布したうえで,装置の見学後にそれらを含む実験機器の用途に関する推測,展示されている機器の中で用途をよく知っている機器やその内容,さらに説明を受けて興味を持った機器について,小レポートを課しました。学生からの回答の中には,カイモグラフについては,パブロフの犬の実験の説明が展示機器に添えられていたものの,自動給餌器であるとの本来の用途とは異なる回答が見受けられ,さらに,振子型測時計に関しては,時間制御の機器であることと関連した回答は見受けられませんでした。この点は,機器の動作状態を実際に見ることができなかったことが一因であると考えられます。他にも,事前に写真を配布しなかった機器にもさまざまな回答があり,例えばゾートロープについては,スリット視の装置との関連を推測するなど,普段は触れない機器と心理学実験とのつながりについてさまざまな考えを巡らせる機会となりました。
その後の講義の中で機器の用途について説明をしたこともあり,講義後の感想では,現在のコンピュータを用いた装置を中心とした実験だけでは想像が難しい「実験において記録や制御の方法がいかに重要視され,これまでさまざまな工夫がなされてきたか」に関心を持ったことを伺わせる内容が見られました。ほかにも,ゾートロープと心理学とのつながりに関する学生の質問が,心理学史におけるβ運動に代表される知覚心理学研究の萌芽について授業中に解説する契機になったことなど,古典的実験機器の活用が,座学に終始しがちな心理学の研究法や心理学史の講義にアクティブな学びの側面を持たせる一助になることが示唆されました。
一方で,展示をしていることは知っていたものの,受講してはじめてこれらの機器に関しての詳細が分かり面白かったとの感想もあり,機器に興味を持ってもらえたことは嬉しい半面,展示に関してはまだまだ課題が残っていることを痛感した次第です。また,機器の動いているところを見たいとの感想もあり,このようなリクエストにも応え,教育的な観点からより有効利用できる展示へとさらに発展させ,将来的には,若い世代が心理学に興味を持つためのきっかけの一つとなることを目指したいと考えています。
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