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【小特集】

音の方向知覚とその加齢変化

倉片 憲治
早稲田大学人間科学学術院 教授

倉片 憲治(くらかた けんじ)

Profile─倉片 憲治
1994年,大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。国立研究開発法人産業技術総合研究所総括研究主幹を経て,2017年より現職。専門は聴覚心理学,加齢人間工学。著書は『バリアフリーと音』(共著,技報堂出版),『アクセシブルデザイン』(共著,エヌ・ティー・エス)など。

音の方向知覚の手がかり

音がどちらの方向から到来したのか,人は音源そのものを見なくても,耳で聞いて判断することができる。このとき,両耳にそれぞれ入ってくる音の特徴が手がかりとなる。

図1 (a)音の方向知覚の二つの手がかり。この例では,左耳には青矢印の経路分だけ右耳よりも音が遅れて到達し(両耳間時間差),かつ,頭の「陰」(青斜線部)に入るぶんだけ音が小さくなる(両耳間強度差)。
(b)先行音効果による音源方向の知覚。反射音(黒矢印)は「無視」されるため,直接音(赤矢印)の到来方向に音源があると正しく判断できる。

一つめの手がかりは,両耳に到達する音の時間差(両耳間時間差)である。例えば,右前方から到来する音は右の耳に先に到達し,わずかに遅れて左耳に到達する(図1a)。1msにも満たない,このわずかな時間差(純音の場合は位相差)を人は検出して,音の左右方向を判断することができる。ただし,この手がかりが有効に働くのは,およそ1.5kHz以下の周波数の音に限られる。これは,頭の大きさと音の波長との関係,および聴神経の時間応答精度の限界からくるものである。

二つめの手がかりは,両耳に到達する音の強度差(両耳間強度差)である。同じく右前方から来る音を例にとると,右耳には音が直接到達するが,左耳は頭の「陰」に入ってしまい,音はぐるりと回り込んで(回折して)こなければ届かない(図1a)。音は周波数が高いほど直進性が強く,回折の程度が小さいため,周波数が高い方が両耳間強度差は大きくなる。例えば,真横から音が到来した場合,6kHzで約20dBの両耳間強度差が生じるが,200Hzではその差はほぼゼロである(Feddersen et al., 1957)。

これらの両耳間差が無い,左右の耳から等距離にある音源からの音であっても,スペクトルの違いが手がかりとなる。音は,耳介で反射したり遮蔽されたりすることで,到来方向に応じてそのスペクトルが複雑に変化する。前後・上下の音の方向が分かったり,片耳で聴いても分かったりするのは,このスペクトル手がかりが利用できるからである。その効果の程度は耳介の大きさ・形状との関係で決まるため,波長が短い(周波数が高い)音の方がスペクトルの変化は顕著である。一般に,およそ5〜8kHz以上の周波数帯域でのスペクトル変化が有効な手がかりとなっている(飯田・森本,2010)。

方向知覚の加齢変化

高齢者を対象とした音の方向知覚の実験によると,これら主な三つの手がかりの利用には,いずれも加齢の影響が見られる(例えば,Freigang et al., 2015)。両耳間の時間情報の処理機能が減退するため,左右方向の音の定位精度が低下する。特に,前方よりも側方にある音源に対して精度が低下し,判断のばらつきが大きくなる。ただし,方向判断の際に頭部の動きを許すと(方向知覚の実験では,通常,聴取者の頭部は固定して行う),高齢者でも若齢者と同程度の定位能力を示すという報告(Otte et al., 2013)もある。

また,年齢の増加に伴って,高い周波数領域から次第に聴力が低下していく(ISO 7029)。これによって,両耳間強度差の情報とスペクトル手がかりを有効に利用しにくくなる。その結果,左右方向に加えて前後・上下方向でも,音源定位の精度が低下し,判断の誤りを犯しやすくなる。

ところで,加齢とともに耳のサイズが大きくなることが,音の方向知覚に何らかの影響を与えているかもしれない。すなわち,大きな耳介は集音能力が高く,聴力の低下を補っている可能性がある。その効果を調べた研究(Otte et al., 2013)によると,耳の大きさ(耳介の上端から下端まで)や耳甲介(外耳道入口周辺のくぼみ)の大きさは年齢とともに増加し,子どもに比べて高齢者では25パーセントほど大きい。方向知覚に利用される手がかり(スペクトルのノッチ)はこれによって低い周波数方向に移動するため,その手がかりが有効である,音源の上下方向の定位能力が向上するという。ただし,加齢に伴う高域の急激な聴力低下を補うほどの効果は無いようである。

図2 方向知覚の三つの手がかりの加齢変化
図2 方向知覚の三つの手がかりの加齢変化(模式図)。若齢者:実線,高齢者:破線

以上をまとめると,方向知覚の音響的手がかりと加齢変化の様子は図2のように表現できよう。まず,①高域の聴力低下によって,高い周波数の音の方向定位能力が大きく低下し,特に高域のスペクトル変化が手がかりとなる前後・上下方向の錯誤が生じやすくなる。②耳介の大きさの増大に効果があるとすれば,それはより低い周波数におけるスペクトル手がかりが利用しやすくなるように働く。さらに,③両耳間時間差の処理機能の低下によって,低い周波数の音の方向定位能力が低下する。ただし,その影響の程度は測定条件によって異なり,必ずしも明確でない。

先行音効果とその加齢変化

ある音源から発した音は,聴取者の耳に直接届くほか,一部は壁や床などで反射して時間的に遅れて届く。それら遅れて届く反射音(後続音)は知覚上抑圧され,先に届いた直接音(先行音)の方向に音像が定位する現象は「先行音効果」と呼ばれる。この効果によって,音源が反射音の方向にあると誤って判断することが防がれる。例えば,聴取者の右前方に音源があり,そこから発した音が左の壁で反射して届いても,壁からではなく右前方から音が発していることを正しく知覚できる(図1b)。

先行音効果は,先行音と後続音の時間差が約1〜30msの範囲で生じる。若齢者では時間差が0.5msまで小さくなっても音源方向を正しく判断できるが,高齢者では1ms未満になると判断の誤りが増える(Cranford et al., 1990)という。ここにも加齢変化の影響を見てとることができる。

障害物知覚の加齢変化

障害物による音の反射および遮蔽の影響は,一般に高い周波数で顕著に生じる。また,先行音効果による音像の変化も,障害物の存在を知覚する重要な手がかりとなっている(関他,1994)。したがって,高域の聴力が低下し,先行音効果が生じにくくなっている高齢者の耳では,障害物知覚も困難であろうと想像される。

障害物知覚の加齢変化を直接調べた研究例は,残念ながら見あたらない。ただ,筆者は知り合いのある全盲の高齢者が,「若い時に比べて,音を頼りに歩行するのが困難になってきた」と,ふと漏らしたのを聞いたことがある。長年に亘って獲得してきた障害物知覚の能力と,その能力の発揮を妨げる加齢変化。どちらがどのように勝るのか,興味深いところである。

文献

  • Cranford, J. L., Boose, M., & Moore, C. A. (1990). J. Speech Hear. Res., 33, 654-659.
  • Feddersen, W. E., Sandel, T. T., Teas, D. C., & Jeffress, L. A. (1957). J. Acoust. Soc. Am., 29, 988-991.
  • Freigang, C., Richter, N., Rübsamen, R., & Ludwig, A. A. (2015). Cell Tissue Res., 361, 371-386.
  • 飯田一博・森本政之(2010)『空間音響学』コロナ社
  • ISO 7029 (2017). Acoustics - Statistical distribution of hearing thresholds related to age and gender.
  • Otte, R. J., Agterberg, M. J. H., Van Wanrooij, M. M., Snik, A. F. M., & Van Opstal, A. J. (2013). J. Assoc. Res. Otolaryngol., 14, 261-273.
  • 関喜一・伊福部達・田中良広 (1994). 日本音響学会誌, 50, 389-295.

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