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裏から読んでも心理学

三人寄れば文樹の影

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

 引っ越し直後のことです。干しておいたシャツがいつの間にかベランダの床に落ちていることが頻発して,下着ドロでもないし,これはどういう新手のイタズラかと思っていたら,カラスが針金ハンガーを持っていってたことがありました。いろいろ工夫しても巧妙に盗まれ続け,結局はプラハンガーを買ってきて現在に至ります。

たしかになぁ。カラス,アタマ大きいもんね。賢いんだろう。でもなんで? 頭いい鳥とそうでもない鳥は何が違うんだろう? いろんな調べ方があると思いますが,一つに,いろんな鳥の脳みその大きさと暮らしぶりを比べてみるってのがあります。たくさんの鳥について一人で調べるのは大変ですが,幸いなことに世界中には鳥ラヴな人々がたくさんいて,しっかりデータが集まっている。それを使ってWestさん(2014),ちょちょいとDecision Tree分析なるものをやってみました。なんでも,この手の分析をするなら,あのANOVAより優れている手法だそうで,否が応でも期待が高まります。

論文のタイトルからして奮ってるんです。「鳥における大きな脳の進化は,社会的単婚(遺伝的単婚じゃないよ)と関連している」。どこが奮っているか分からない? 鳥類はしばしば雌雄がペアで子育てしますね。オシドリ夫婦なんて言葉もある。だからって夫婦間の諍いがないとは限らない。はっきり言ってしまうと,雛のDNAをちょちょいと調べてみると,あれまぁ親爺さん,この子ってばあんさんの子じゃないよ。そんなことがママあるわけです。世知辛い。何が世知辛いかって,脳の大きさは「社会的単婚」と関連していたんです。遺伝的単婚,つまり貞節な種の脳が大きいわけじゃない。脳が大きいのは,社会的には単婚だけど,裏でゴニョゴニョしている種だったというわけで,余所さんとの浮気がバレないように/浮気をさせないようにすることが脳の進化につながったんじゃないかとか書いてあって,鳥ラヴな人々が営々と積み重ねてきた知識の一つの到達点がこれかと,しみじみします。

もっとも,Westさんの研究が決定打というわけでもないようです。例えばFedorovaさんら(2017)はむしろ,ペア関係と脳の大きさの関連は見られなかったと報告してます。この手の研究では系統的な類似性が常に問題になります。カラスが “賢い” のは有名ですが,近縁のアオカケスもかなりやる。それってご先祖様が近いからじゃないの? という話です。そこでFedorovaさんたちキツツキに話をしぼった。みんな近縁。住んでるところも食べ物も似ている。でも社会がけっこう違っていて,子育て期だけペアを作る種,年間通じてペアを作る種,年間通じて集団生活する種に分けられるそうです。これまた蓄積された既存データを最新のファイロジェネティック・ジェネラライズド・リーストスクエアズ・リグレッションで分析してみたら,脳の大きさと関係していたのは,集団を作るかどうかだったと言うのです。集団をつくる種ほど脳が小さかった。

そうです。脳が小さかったんです。心理学ワールドの読者の皆さんですから「社会脳仮説」なんて聞いたことあるかと思います。霊長類の脳は,複雑な社会集団に暮らすことで進化したんじゃ,って話ですから,話が逆です。なぜなのか。キツツキの社会は,霊長類と違って,協力的で競争がなく諍いはないから,むしろ脳を小さくしてエネルギー節約できるんじゃないかと著者は書いていて,ホモ・サピエンス的には反省することしきりです。なんてったってニンゲン,公共財ゲームやらせると儲けている人の真似ばっかりするそうですし(BurtonChellewら,2017),賢いんだか賢くないんだか。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石界

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