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名前もわからないまま保存されている古典的実験機器

吉村浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)

写真 1 東北大学に残る最も高価な古典的機器? それとも帳簿に名前のない「電磁式パルス発生器」でしょうか。
写真 2 新潟大学に残る名前も使い方もわからない古典的機器。はたして心理学機器かどうかさえわかりません。
写真 3 なぜ東北大学では「すべり台」と呼ばれてきたのでしょう。製品化されたものではなく一点物の特注品かもしれません。

関西学院大学,立命館大学,京都大学,東京大学,東北大学,新潟大学,金沢大学の順に,それぞれの大学の心理学研究室が草創期に導入し今なお保存しておられる古典的実験機器の調査を2013年度以来行ってきました(金沢大学は大学資料館に保存されています)。そして,得られたデータを,日本心理学会が運営する『心理学ミュージアム』の「歴史館」に登録し,会員だけでなく広く閲覧してもらえるようにしました(金沢大学のデータ公開はもう少しお待ちください)。七つの大学を合わせると,登録件数は335に達しますが,それらの中には用途はもちろんのこと,機器の名称すらわかっていないものがいくつかあります。今後の解明に向けて,皆さんからの情報提供をいただきたい機器類です。

多くの解明済みの機器類は,次のような3種類の情報に基づいて裏づけを行いました。(1)心理学等の論文や書籍に示されている名称や使用例,(2)保管している研究室の帳簿類の記載,(3)製造したメーカーのカタログ情報です。多くの機器は,複数の情報源の記述が一致し,確信をもって「歴史館」へ情報提供できました。しかし,登録された335点の中には,三つのルートいずれからの情報も得られなかったものや,複数の情報が矛盾し断定的見解を示せなかったものがあります。

一つ目は,東北大学で「電磁式パルス発生器」と呼び伝えられてきた写真1の機器(「歴史館」登録記号はTH00040)です。この機器には,台座部分にペンキ書きで「心Ⅳ.7」と備品番号らしきものが印されています。これは,東北大学に残る『昭和十年調 器械・器具カード控簿』に記されている備品番号と思われ,それによるとこの機器は,F.L.Löbner社の「Tertienzahler 1/100 Sekunden-Messung」のはずです。日本語に直せば,「1/100秒まで測定できる計時器」ということでしょう。しかし,写真1からとてもそのような機器には見えず,まだしも呼び伝えられている「電磁式パルス発生器」のほうが正しいように思えます。加えて,上に示した『控簿』によると,「Ⅳ.7」の備品番号をもつ「Tertienzahler 1/100 Sekunden-Messung」は,東北帝国大学の心理学研究室が導入したすべての備品類の中で購入額がずば抜けて高く,この研究室では,TH00001として登録された「Gehlhoff-Schering式光度計」を,「とても高価なので大切にするように」と伝えてきたそうですが,「Ⅳ.7」はさらにその2倍近い額です。備品番号という歴然とした手がかりがある以上,「電磁式パルス発生器」と決めつけるわけにもいきませんが,かと言ってそれほど高価な機器のようにも見えません。

二つ目は,名称も使用法もまったくわからない新潟大学の登録番号NG00060です。写真2がそれですが,仕方がないので機器名称を「不明」としておきました。箱のまわりの3箇所には向きを変えられる鏡がついていて,その向きを調節することで光を箱の中に取り込む仕組みのように見えます。しかし,箱の一面は完全に硝子張りで,鏡を通してのみ光を取り込むようにも見えません。箱の底にも何かの仕掛けがあります。大きさは,箱だけで横30cmほどあります。心理学で用いられたものかどうかさえわからない状況で,物理学などまったく別領域の機器なのかもしれません。

三つ目は,再び東北大学に戻り,同研究室で「すべり台」と呼ばれてきた木製装置で,写真3に示すものです(「歴史館」での登録記号はTH00071)。六つある右側の同じような部品のいずれか一つを,左にある本体上の斜めに切られた2本の溝に差し込んで使用するように思えますが,なぜ「すべり台」と呼ばれているのでしょうか。本体手前側の三つの部品についている金属製の紐通しのような部分の使い方が鍵になりそうですが,それでも本体奥に差し込まれる木製部品との関係がつかめません。このような装置に出会うと,これは一点物の特注品で,「はたして製品化された実験機器なのだろうか?」と疑問を抱きます。もし一点物の特注品なら,メーカー・カタログをいくら探しても無駄で,備品簿への記載も期待できないことになります。2013年から行っている心理学古典的機器の登録作業では,原則として手作り品は除いてきました。東北大学の「すべり台」は,手作り品とメーカー製造品のどちらとも判断できない厄介な機器です。

ほかにも,確証のもてない機器がいくつかありましたが,おおよその名前と用途の見当はついたので,ここで紹介しませんでした。「歴史館」の登録データのうち「製造会社」名が空欄になっている機器は,確証が得られていない機器類と思ってください。将来,記述内容に訂正が加わる可能性があります。はじめに示した(1)〜(3)の解明手段のうち,メーカー・カタログと照合できたものは自信をもって掲載できました。その意味で,古い機器類の保存と同じくらい,古いカタログ類も重要です。古ぼけた紙類だからといって気軽に処分せず,それらしいものが保管庫の片隅に眠っていれば,ぜひご一報ください。

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