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【特集】

古典的条件づけ研究なんてまだ やってるのと思っているあなたへ

澤 幸祐
専修大学人間科学部心理学科 教授

澤 幸祐(さわ こうすけ)

Profile─澤 幸祐
大阪大学人間科学部卒業後,関西学院大学文学研究科心理学専攻博士前期課程修了,同博士後期課程満期退学。日本学術振興会特別研究員(PD),玉川大学COE助手を経て専修大学文学部心理学科専任講師,同准教授。2014年4月より現職。専門は学習心理学。著書は『学習心理学における古典的条件づけの理論』(分担執筆,培風館),『心理学研究法3 学習・動機・情動』(分担執筆,誠信書房)など。

はじめに
─古典的条件づけとは何だったのか

古典的条件づけと聞いて,みなさんはなにを思い浮かべるだろうか。心理学分野では学習心理学のなかで習うことが多く,心理学概論のなかでも紹介されることがあるので,おそらく心理学を学んだことのある人ならある程度知っているはずである。古典的条件づけという手続きと現象について,簡単に振り返っておこう。

古典的条件づけを発見したのは,ロシアの生理学者イワン・パブロフである(Pavlov, 1927)。パブロフが行った実験では,イヌを対象としてメトロノームの音を聞かせたあとにエサを与えるという手続きがとられた。エサを与えられるとイヌは唾液を流す。これは生まれつき備わっている反応で,無条件反応と呼ばれる。唾液を流すという反応を引き出すエサという刺激は,無条件刺激と呼ばれる。一方で,メトロノームの音を聞いても,イヌはとくに強い反応を行わない。ただ,エサと一緒に提示される(対提示される)経験を積んでいくと,メトロノームの音を聞いただけで唾液を流すようになる。このとき,メトロノームの音を条件刺激,メトロノームの音を聞いて唾液を流すという反応を条件反応と呼ぶ。

ここまでは大丈夫だろう。多くの教科書にもそう書いてある。まとめると,「生得的に強い反応を誘発する無条件刺激と,もともとは中性的である条件刺激を対提示すると,条件刺激に対しても反応が獲得される」ということで,これが古典的条件づけの手続きであり現象である。

古典的条件づけは「つまらない現象」か

古典的条件づけの発見は,当時それなりに大きなインパクトをもって受け入れられた。ヒト以外の動物が,生まれつき持っているレパートリー以外に新しい反応を学習するプロセスを実験的にきちんと示したわけであり,この手続きをヒトが恐怖のような情動を学習するプロセスに持ち込まれ,恐怖症の獲得と介入に関する研究が始まった。動物を使って実験室で学習研究ができるということは,ヒトを対象とした研究が難しい生理学的,薬理学的な研究を可能にもした。それでも多くの人たちは,どうも腑に落ちない,古典的条件づけがそんなに大事ですごいものだという実感を持ちにくいようである。

パブロフが発見した古典的条件づけでは,主な関心は「唾液を流す」という反応であった。読者であるあなたの人生において唾液分泌が大事ではない,ということではない。唾液が出ないと食べ物を消化するのに不都合がある。それでも,それは「こころ」に関係ないような気がするかもしれない。唾液分泌という反応は,我々が日常生活のなかで行っているいろいろなふるまいのなかでは,相当に細かい,微視的なものだ。我々が人生のなかで遭遇するいろいろな問題を解決しようとしたときに,古典的条件づけが扱う反応が,微視的で反射的なものに限定されてしまうとすれば,たしかにあまり大事なものだとは思えない。もともとパブロフの時代には,条件反応ではなく条件反射と呼ばれていたこともあり,研究の開始当初は反射的な行動がおもに扱われていた。21世紀の今でも,古典的条件づけ研究は我々の日常や人生に関係が薄そうな問題を扱っているのだろうか?

図1 線画で描かれたネッカー・キューブ(A)が点線を中心に回転すると,どの面が手前に見えるかによって回転方向が変化して見えるが,円柱形の刺激と枠線を付与して奥行き情報を与えると(B,C),どの面が手前にあるかが決まるために回転方向の見えも決まる。Haijiang, et al.(2006)を元に作図。

知覚・感覚と古典的条件づけ

大学で学ぶ心理学のなかでも,知覚や感覚は最初に接することの多い分野だろう。ミュラー・リヤー錯視やエビングハウス錯視,群化の法則などは心理学概論の講義でもよく紹介される。そのなかで,多義図形というのを目にしたことがあるだろう。「おばあさんにも若い女性にも見える」,「ウサギにも鴨にも見える」といった有名なものがあるが,そのなかに,ネッカー・キューブと呼ばれるものがある(図1A)。これは,線のみで描かれた立方体だが,面が塗りつぶされていないためにどの面が手前でどの面が奥にあると知覚するかによって,立方体の見え方が変わる。

ネッカー・キューブと古典的条件づけというのはまるで関係なさそうに思うかもしれないが,研究がある。この研究(Haijiang, et al., 2006)では,実験参加者はディスプレイ上に表示されたキューブが回転するのを観察する。これだけでは,実験参加者ごとに「どの面が手前か」の見え方が変わり,キューブが右回転しているのか左回転しているのかについての主観的な判断がバラバラになる。ここで,回転するネッカー・キューブに円柱形の画像などを重ねて表示することで奥行きの情報を与え,「どの面が手前にあるか」を強制的に決定するという手続きを行う(図1B,C)。するとキューブが右と左のどちらに回転しているのかの判断も決まる。実験上のポイントは,奥行きの情報を与えるときに音刺激など別の刺激を提示することである。つまり,「音刺激と奥行き情報の対提示」を行うわけである。この訓練を行ったあとに,明確な奥行き情報なしにキューブが回転しているのを見ている実験参加者に音刺激などを提示すると,まるで奥行き情報が与えられたように,キューブの主観的な見え方が変わり,左右のどちらに回転しているかの判断がバイアスされる,という結果が報告されている。このように,我々の知覚も学習によって変わる。いわゆる知覚学習というものだ。最初は味の違いがわからなくても,繰り返し経験していくことで違いがわかるようになったりするのは納得してもらえるだろう。古典的条件づけは,我々の知覚や感覚,主観的世界にも影響を与えている。

図2 Leising et al.(2006),実験1の結果。Early群では60秒の条件刺激内の前半で,Late群では後半で条件反応(エサ皿への接近回数)が増加する。Leising et al.(2006)を一部改変。

時間情報と条件づけ

パブロフの条件反射研究だけを見ると,古典的条件づけが起こったかどうかの判断基準は「反応があったかなかったか」に限定されているように思えるかもしれない。しかし我々の日常では,反応するかどうかに加えて,いつどこで反応するかが重要なことがある。実はパブロフ自身も,イヌがいつ唾液を流すかについて研究をしているのだが,著者の関わった研究を紹介しよう。

Leishing, et al.(2007)は,ラットを対象とした実験を行った。ラットはまず,60秒の長さの条件刺激(純音とノイズ音)と10秒の長さの別の条件刺激(点滅光)の対提示を経験する。ここで,ラットは2群に分けられ,一方の群は60秒の長さの条件刺激の提示開始5秒後の時点から10秒の長さの条件刺激を提示し(Early群),もう一方の群は60秒の長さの条件刺激の提示開始45秒後の時点から10秒の条件刺激を提示する(Late群)。つまり,Early群では60秒の条件刺激の早い段階で10秒の条件刺激が提示され,Late群では遅い段階で10秒の条件刺激が提示される。この手続きののち,両群のラットたちは,10秒の条件刺激と無条件刺激(砂糖水)の対提示を経験する。無条件刺激として砂糖水を用いると,ラットは10秒の条件刺激が提示されると砂糖水が提示されるエサ皿へ接近する反応を獲得する。最後に,テストとして60秒の条件刺激を両群のラットに対して提示する。ここでは,10秒の条件刺激や無条件刺激は提示しない。このように,中性的な条件刺激同士を対提示してから,一方の条件刺激を無条件刺激と対提示し,無条件刺激と対提示しなかったほうの条件刺激に対する反応を調べる手続きを感性予備条件づけ手続きと呼び,無条件刺激と対提示していなかった条件刺激に対しても反応が確認されることは古くから知られている(Brogden, 1939)。今回の実験におけるテストでの関心は,ラットが反応するかどうかだけではなく,ラットが「いつ」エサ皿への反応を行うかである。

もしラットが,この手続きによって条件刺激同士,そして条件刺激と無条件刺激の結びつきだけを学習していたとすれば,ラットはいつ反応してもおかしくない。しかし,もしラットが「長い条件刺激の最初(あるいは後ろ)に短い条件刺激が来る,短い条件刺激の後には無条件刺激が来る」といった具合に,刺激間の時間関係を学習していたとすれば,Early群のラットは長い条件刺激の前半で,Late群のラットは長い条件刺激の後半でエサ皿への接近反応という条件反応を見せると予測される。そして結果は,この予測を支持するものであった(図2)。このグラフでは,横軸は60秒の条件刺激を1秒ごとに分割したもの,縦軸はエサ皿への反応である。予測のとおり,60秒の条件刺激の前半ではEarly群のほうがエサ皿への反応が多く,後半ではLate群の反応のほうが多い。この結果は,刺激の対提示という古典的条件づけ手続きによって,ラットが刺激間の時間関係を学習すること,学習した時間関係に基づいて行動していることを示している。古典的条件づけ手続きによって学習されるのは,反応するかしないかだけではないのである。

社会的な問題へのアプローチ

昨今,排外主義が国際的な話題となっている。さまざまな属性によって人々が分断され,いわれのない差別に苦しむ人々の姿は,報道などで目にした人も多いだろう。こうした問題に対しても古典的条件づけによるアプローチが試みられている。Olsson, et al.(2005)は,自らが属している社会集団に属する人の顔とそうでない人の顔が,古典的条件づけの条件刺激として用いられたときにどのような違いが生じるかを検討している。

彼らの実験では,アメリカの学部学生を実験参加者として用い,まずはヘビやクモといった恐怖関連刺激と,トリやチョウといった恐怖非関連刺激を条件刺激として,微弱な電気ショックの無条件刺激と対提示した。条件反応としては,皮膚電位反応が測定された。その結果,恐怖関連刺激と恐怖非関連刺激の両方に対して条件反応が獲得されたものの,無条件刺激なしに条件刺激を単独呈示することによって条件反応の消去を行うと,恐怖関連刺激に対しては消去が遅れることが示された。重要なのはここからである。続いて,彼らは白人の顔刺激と黒人の顔刺激を条件刺激として,無条件刺激との対提示を行った。その結果,実験参加者たちは白人であろうと黒人であろうと条件反応を獲得したのだが,白人の実験参加者においては黒人の顔刺激に対して,黒人の実験参加者においては白人の顔刺激に対して条件反応の消去が遅れるという結果が示された。この結果は,人間はみずからと異なる人種に属する人たちの顔を恐怖関連刺激のように,同じ人種の人たちの顔を恐怖非関連刺激のように処理している可能性を示唆している。

この結果は,ある種の絶望感をもたらすかもしれない。しかし,希望もある。Mallan, et al.(2009)は,白人の実験参加者に対して白人男性の顔と東洋人男性の顔を条件刺激として恐怖条件づけと消去の効果を検討した。その結果,先に紹介した研究の結果が再現されただけでなく,消去を行う際に「もう無条件刺激は提示されない」という言語教示を行うことで,みずからとは異なる集団(東洋人)の顔刺激に対する条件反応の消去が促進することが示された。言語教示が古典的条件づけに影響することは過去にも研究はあったのだが,最近でも言語と古典的条件づけの関係について再検討が進んでいる。De Houwerと共同研究者たちは,「古典的条件づけとは『条件刺激の後には無条件刺激がやってくる』という命題の生成であり,命題の真偽判断が条件反応の表出に関わっている」という命題アプローチ(propositional approach)を提案し,さまざまな場面においてこのアプローチの妥当性を検討している(e.g., De Houwer, 2009; Mitchel, et al., 2009)。この実験に照らせば,「もう無条件刺激はやってこない」という言語教示が,古典的条件づけによって獲得された命題の真偽判断に影響を与え,消去を促進したというわけである。

ここで紹介した内集団と外集団に関する研究結果をもって,我々のこころには生得的な差別感情があると結論することは早計だし,言語教示によって差別をなくすことができると主張するのも,現実的な問題を矮小化してしまう恐れがある。それでもなお,条件づけ研究者のはしくれとして,学習心理学者としての僕は,我々にはなにかができるのではないか,できるはずだと信じている。

まとめ─古典的条件づけとは何か

「ここで紹介されたものは古典的条件づけなのか」と違和感を覚えた方もいるかもしれない。たしかに,パブロフの研究とはかけ離れたもののように思えるだろう。「生得的に強い反応を誘発する無条件刺激と,もともとは中性的である条件刺激を対提示すると,条件刺激に対しても反応が獲得される」というのが古典的条件づけという手続きであり現象である,と最初に述べた。しかしこの定義は,少し範囲が限定的すぎるきらいがある。研究者によっても立場の違いはあるが,「複数の刺激を経験すること」が古典的条件づけの手続きの本質であり,その結果としてなにかしらの変容が生活体に起こるならば,それが反射的なものであろうとなかろうと,また特殊な手続きを用いなければ行動として表出されなくとも,古典的条件づけが生じたものと考えるという立場もありうる。古典的条件づけの枠組みで扱える話題は,みなさんが考えているよりも,実はもっとたくさんあるのだ。

文献

  • Brogden, W. J.(1939)Sensory pre-conditioning.  Journal of Experimental Psychology, 25 , 323.
  • De Houwer, J.(2009)The propositional approach to associative learning as an alternative for association formation models.  Learning & Behavior, 37 , 1-20.
  • Haijiang, Q., Saunders, J. A., Stone, R. W., & Backus, B. T.(2006)Demonstration of cue recruitment: Change in visual appearance by means of Pavlovian conditioning.  Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 103 , 483-488.
  • Leising, K. J., Sawa, K., & Blaisdell, A. P.(2007)Temporal integration in Pavlovian appetitive conditioning in rats.  Learning & Behavior, 35 , 11-18.
  • Mallan, K. M., Sax, J., & Lipp, O. V.(2009)Verbal instruction abolishes fear conditioned to racial out-group faces.  Journal of Experimental Social Psychology, 45 , 1303-1307.
  • Mitchell, C. J., De Houwer, J., & Lovibond, P. F.(2009)The propositional nature of human associative learning.  Behavioral and Brain Sciences, 32 , 183-198.
  • Olsson, A., Ebert, J. P., Banaji, M. R., & Phelps, E. A.(2005)The role of social groups in the persistence of learned fear.  Science, 309 , 785-787.
  • Pavlov, I. P.(1927) Conditioned reflexes: An investigation of the physiological activity of the cerebral cortex (G. V. Anrep, Trans.). New York, NY: Oxford University Press.

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