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【小特集】

私の秘密

人はいつからか秘密をもちます。皆さんも人から隠す必要がなくとも,自分だけが知っていることがあるだけで特別な気持ちになった経験があるでしょう。もう一方で,心が重く,偽りの自分を生きている秘密もあります。本小特集では秘密とかかわる心理学について扱います。(岩壁 茂)

思春期と「私の秘密」

島根大学人間科学部人間科学科心理学コース 教授

岩宮恵子(いわみや けいこ)

Profile─岩宮恵子
鳥取大学医学部精神科での臨床などを経て現職。島根大学こころとそだちの相談センター長を兼任。専門は臨床心理学,心理療法,思春期臨床,物語論。著書は『増補 思春期をめぐる冒険:心理療法と村上春樹の世界』(創元社),『好きなのにはワケがある:宮崎アニメと思春期のこころ』(筑摩書房)など。

思春期は,親や先生など身近な大人に「秘密」をもつようになる時期だ。何かの出来事や体験を秘密にするだけでなく,自分の「感じ方や考え方」を秘密にすることも起こってくる。「自分しか知らない自分」を持つことは「自立」に関わることだからである。

思春期の「秘密」の裏側にはどのような物語が潜んでいるのだろうか。ふたつの事例をもとに考えていこう。

反抗期の中にある「秘密」

Aくんが小1の頃のこと。「夕飯前なのにチョコ食べたでしょう」と母が指摘すると,「食べてないよー」と目を泳がせる。「ほら!」と母が指で口元のチョコを拭って見せると,「へへへ」と笑う。怒られることがわかっているから,禁を犯した自分を「秘密」にするため「食べてない」という「うそ」が口から出てくるのだ。これは,ごくシンプルな「子どもの意識」での「うそ」である。ところが「秘密」にもさまざまな段階がある。

Aくんは中学生になった。ある日,夕食前にチョコを口の横につけているのを母に指摘された。小1のときと同じだ。彼は「食べてないし」と不機嫌な声を出した。「うそ!」「食べてねーし」「どうしてそんなうそをつくの!」というやり取りの挙げ句,彼は「うるせー!」と大きな音を立ててドアを閉め,出ていった。

実は,小学生のときも今回も,このチョコは母親と関係の悪い祖母が彼に与えたものだった。母は子育ての方針をなし崩しにする祖母のことを腹立たしく思っていた。祖母はお小遣いやお菓子で子どもの関心をひこうとする。どんなにやめてくれと頼んでも取り合ってくれない。夫も「別にいいじゃないか」と味方してくれないなか,自分の信じる子育ての筋を通そうとする緊張感が母親にはあった。母親からすると,祖母からチョコをもらったのは明らかなのに,それを言わないということは,Aが祖母の側についているとしか思えなかった。その怒りと強烈な淋しさからAくんの「うそ」が許せなかったのである。

一方,Aくんは幼いころはわからなかった家のなかでの母と祖母との葛藤をこのところヒシヒシと感じるようになっていた。母が自分のために一生懸命だということもわかるが,祖母と居るとほっと気が抜ける。でも,それが母にとっては不愉快なことだということも今はわかる。だから,チョコをご飯前に食べたという「秘密」がばれることは,母よりも祖母を優先したという,「罪」が明らかになるという意味も含まれてくる。口の周りに証拠を残したという自分の痛恨のミスが祖母と母の争いの種になるのは嫌だという想いもあり,Aくんはうそを突き通そうとしたのである。しかしその結果,余計に家の空気は悪くなってしまった。

彼は,母に対して悪いという想いもあるがゆえに「うそ」をつかねばならなかったのだ。なのに母は執拗に自分を追い詰める。そんな母に腹が立つ。でもこんな気持ちを言葉でうまく表現できないのが,思春期だ。Aくんなりの母親に対しての思いやりもその「うそ」には含まれているのだが,大人の側も,自分の孤独と淋しさにいっぱいいっぱいになっていると,思春期の子どものそんな気持ちに気づくのは難しい。

家庭の緊張を自分がおどけることで緩和させていた感受性の強い子が,家のなかにある葛藤のありようをはっきり意識するようになると,道化役は苦しくなる。しかもこのような感じ方や考え方をするようになっていることは,誰にも言えない「秘密」になる。いや,「秘密」という自覚はないかもしれないが,大きな固まりを胸に違和感として抱えているため,不機嫌で怒りっぽくなってしまう。子どものころは,自分の気持ちの動きなど無自覚に,ただ何となく感覚的,反射的に行動していたのに,思春期に入って意識的な自分が生まれるということは,このような苦しみも生むのである。

「秘密」という荷物

Bさんは登校のとき,荷物の量がとてつもなく多い。大きなリュックを背中に背負い,手提げカバンもふくらんでいる。

ある日,彼女が何よりも大切にしている小説の創作ノートが消えた。パニックを起こした彼女は友人たちを疑って問い詰めたが,結局,ノートは彼女の手提げカバンの底から発見された。それ以降,彼女は学校の居心地が最悪になってしまった。

彼女は時代遅れなほど真面目で固い家族で育った。ところが中学校に入ったころから,彼女は家では悪とされている漫画やアニメに強烈に惹かれるようになってきた。そのような趣味自体,家族には「秘密」だったが,あるとき友人から借りた漫画(BL)を発見され,泣いて懇願したが,激怒した両親に捨てられてしまったのだ。

お小遣いもなかったBさんは,親の財布からお金を抜き取り,漫画を買って友人に返した。お金が減っていることに気づいた親に問いただされたが,平気な顔でうそを突き通した。お金を抜き取ったことに彼女は罪悪感の欠片もなかった。借りた漫画を親に捨てられてしまったということを友人に「秘密」にするためには,それしか方法がなかったのだから。そしてそれからというもの,自分が好きなものは絶対に家族に知られてはいけないと,すべての「秘密」をカバンに詰めて登校するようになっていたのである。

家のなかで安心して「秘密」がもてないとき,子どもは外にその「秘密」を持ち出すしかない。そして彼女のように秘密を具体物として家の外に持ち出すと,なぜか一番,大切なもの(彼女の場合はノート)を見失ってしまうという出来事がよく起こる。大事な日記を持ち歩いていたら,それを落とし,拾った男子にみんなの前で音読されたことをきっかけに不登校になった子もいた。自分の大事な「秘密」が常に他者によって脅かされているという強い不安のため,「秘密」を守るために必死になっているエネルギーが逆に不注意を呼び,このような出来事を招いてしまうように思う。

ところで,彼女は自分の書いた小説が新人賞をとったと周囲の子たちに話していた。そういう事実がないことが明らかだったため,Bさんはうそつきだと,以前から不信感をもたれていた。このような誇大的な自己イメージに酔っている自分を「中二病」だな……と客観視している子もいるが,Bさんにはそのような余裕はなかった。彼女は頭のなかでの「中二病」的な自己イメージを「秘密」にできず,事実として公開していたのである。それは他者からは「うそ」を言っているとしか思えない。家族に「秘密」にするためのこころのエネルギー消費量が多すぎたため,脳内で広がっているイメージを「秘密」にすることができなかったのだ。「秘密」を持つことが許されず,適切な守りが薄いなかで育ち,自分のことが好きになれない子ほど,このような「うそ」が生じてくるように思う。

このBさんの例よりもはるかに大変な家族の「秘密」や,自分自身についての重大な「秘密」を抱えている子もいる。子どものこころでは抱えきれないほどの「秘密」があると,その子は外の世界との接触場面で「うそ」をつかねばならないことが増える。「うそばかりつく子だ」と問題視されている子の裏に,言葉にできない大きな「秘密」が存在している可能性があることも忘れてはならない。

貝の中にある「石」

臨床心理学者の河合隼雄は,「秘密は,貝の中に投げ込まれた石みたいなものだ」と語っている。貝(人間)にとっては,石(秘密)は異物だけれども,それをずっと包んでいくことで真珠ができあがる。(そして,石がない人は真珠もできないただの貝だと。笑)。しかし,石が大きすぎると,真珠もできず貝も壊れてしまう。石は,素晴らしい真珠を生むかもしれないし,深い傷を負わせるかもしれないのだ。

Aくんは家庭内の葛藤を体験するなかで,繊細な配慮のできる奧の深い人間になれるかもしれないが,人との関係が濃くなるのを避けたくなるような傷を受けるかもしれない。Bさんも人の共感を呼ぶ創作物を生み出せる人になれるかもしれないが,人を信用できず自分の好きなものを安心して好きと言えない苦しさを抱え続ける危険もある。このような「秘密」の両価的なありようをしっかり承知しながら,私たちは自分の秘密とつきあっていくしかないのだ。

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