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【小特集】

LGBT とカミングアウト

石丸径一郎
茶の水女子大学基幹研究院 准教授

石丸径一郎(いしまる けいいちろう)

Profile─石丸径一郎
2006年,東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科専任講師などを経て現職。専門は臨床心理学。著書は『同性愛者における他者からの拒絶と受容』(ミネルヴァ書房),『調査研究の方法』(新曜社)など。

見えるマイノリティと見えないマイノリティ

民族,出身,障害者,病者,LGBTなど社会にはさまざまなマイノリティの人々がいます。私が子どもだった頃と比べて,例えば建物や駅の段差解消や,エレベーター・障害者用トイレの設置がめざましく進んでおり,マイノリティの人々が住みやすく,人権をないがしろにされない社会へと進んでいるように感じます。一方,杖をついた高齢者やお腹の大きい妊婦が電車の中で席を譲られるのに対して,内部障害を持つ人が優先席に座っていると白い目で見られるといった現象も起きています。マイノリティには見えるものと見えないものがあるのです。

マイノリティが社会の中で生きていく時に,自分が持っている「多数派との違い」をどのように取り扱うかには,いろいろなやり方があります。マイノリティであることを前面に押し出していく人,マイノリティなのは自分のごく一部であって日常生活にはあまり関係ないよ,と考えている人などがいます。見えるマイノリティの場合には,周囲からマイノリティであると認識されてしまうので,本人にはあまり自由がありません。しかし見えないマイノリティの場合には,いろいろな選択ができます。「私はマイノリティです」とカミングアウトして周囲に知らせることもできます。一方,見た目でわからないので多数派のフリをして生活することもできます。このやり方は,多数派として通用する(パスする)という意味でパッシングと呼ばれます。見えないマイノリティである人たちが見えるマイノリティと大きく違うのは,人間関係の中でカミングアウトするかパッシングでいくかという判断を常にしながら生活することです。自分の「多数派との違い」を公開することもできるし,秘密にすることもできるのです。見えないマイノリティにおける「多数派との違い」の部分はセンシティブな個人情報であることが多く,本人の同意を得ないで別の人に秘密を暴露してしまうことはアウティングといい,倫理的に問題のある行為だと考えられています。

LGBTとは

写真1 性の多様性のシンボルであるレインボーフラッグ

LGBTとは性的なマイノリティの人々を表す言葉で,Lはレズビアン(同性愛の女性),Gはゲイ(同性愛の男性または男女),Bはバイセクシュアル(両性愛),Tはトランスジェンダー/トランスセクシュアル(生まれた時の身体の性別とは違う性別であるという自己認識を持っている人)のことです。実はこの他にも,男女どちらにも性的関心を持たないアセクシュアルや,自分の性別が男女どちらでもないと思っている人(日本ではXジェンダーと呼ばれます),身体の性別が非定型的な人(性分化疾患)がいるので,LGBTsやLGBT+という表記をされることもあります。このような性の多様性を表すシンボルとして,写真1のような6色のレインボーカラーが使われています。

LGBTである人々は,見えないマイノリティであることが多いです。そのためカミングアウトするかどうかの選択肢を持っています。LGBの場合のカミングアウトは,周囲からは「異性が好きなのだろう」と思われているところ,「実は同性が(も)好きなんだ」と知らせることになります。Tの場合のカミングアウトは2種類あります。例えばトランス女性の場合だと,1段階目のカミングアウトは「男性だと思われているだろうけど,実は心は女性なんだ」というものです。そして,性別移行が済んだ後の2段階目のカミングアウトは「女性だと思われているだろうけど,実は生まれた時は男性だったんだ」というものです。Tの場合は性別移行中には見た目が曖昧でどちらの性別かわからない状態であったり,努力しても望みの性別としてパスできない外見の人もいたり,下の名前や戸籍上の性別を変更することもできたりするので状況はより複雑です。

カミングアウトしたほうがいいのか?

カミングアウトは本人にとって恐怖や不安を伴うことが多いようで,臨床場面でもかなり大変な思いをしてやっとカミングアウトをした話を聞くことがあります。私は,カミングアウトをしたほうがいいのかしないほうがいいのかについて疑問に思い,簡易的な実験をしたことがあります。一般的に,他者から受容されたと感じると自尊感情が向上するとされています。TではないLGBの男女49名に,自分が初対面の人と会話をして,その後好意的に評価されていたことを知るという場面の文章を読んでもらいました。その際に,相手にカミングアウトしたとする条件と,カミングアウトしなかったとする条件とにランダムに割りつけました。その結果,実際にではなく想像上の処遇であるにもかかわらず効果があり,自尊感情は上昇していました。しかし,その上がり方はカミングアウトしてもしなくても差がありませんでした。

これはTを除くLGBのみの結果ですし,超短期的でありしかも想像上の処遇ですから,現実場面にどの程度あてはまるかは不明です。しかし,リスクを負ってカミングアウトしても短期的に素晴らしく良いことがあるわけではないのかもしれません。一方で,長期的には,少数でも理解してくれている人がいたほうが健康には良いだろうと私は思います。研究参加者からは「交際相手について聞かれて,同性の恋人がいるけど言葉を濁した」とか「自分の目の前でLGBの悪口を言っている人を見た」などのエピソードが聞かれました。前者は,恋愛や好きな人にまつわる強い感情を率直に表現することができずフタをしていてとても窮屈です。隠したまま仕事や勉強はできますが,プライベートについては明かせないので,人と仲良くなりづらいことがあります。後者については,人は相手の目の前で直接悪口を言うことはあまりないのですが,この場合当事者が目の前にいると知らずに,直接刺さる悪口を言ってしまうのです。言われた方は,カミングアウトしていないので反論することもできず,場合によってはバレるのを防ぐために自分に刺さるような悪口に同調せざるをえないこともあります。

これは接客業の人々が,内心腹が立っていてもそれにフタをして笑顔で仕事をしなければいけないという「感情労働」に似ており,メンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性があります。感情労働には息抜きが必要なので,理解者の前で素の自分を出し,好きな人についての感情を表現したり,多数派の人々の中で嫌な思いをした愚痴を共有する機会を持てたほうがよいと思います。理解者は多数派の人でなくても,LGBT同士でもよいですし,そのほうがリスクが少ないと思います。

まとめると,リスクが想定されるなら無理に多数派の人に対してカミングアウトすることはないが,当事者同士でよいので率直な感情を語り合える人がいるとよいというのが私のおすすめです。また,多数派の方に対してのメッセージは,カミングアウトしていないから見えないだけで,あなたの周りにはたくさんの見えないLGBTがいますので,いないと思って不用意な言動をしないように気をつけてください。

G7(先進7ヵ国)の中で同性間で結婚ができない国は日本だけです。日本にはLGBTを禁じるような宗教がほとんどないのに,不思議なことにLGBTへの理解は非常に遅れています。日本のジェンダー・ギャップ指数(2016年)は世界で111位だったことからわかるように,最近の日本には,古いタイプの男らしさ・女らしさを堅持したいという風潮があるようです。男色や女装は西欧化する前の日本の伝統ですし,多様な男・女がいる社会のほうが楽しく豊かなのではないかという気がしています。

文献

  • 砂川秀樹・RYOJI(編)(2007)『カミングアウト・レターズ:子どもと親,生徒と教師の往復書簡』太郎次郎社エディタス
  • 石丸径一郎(2008)『同性愛者における他者からの拒絶と受容:ダイアリー法と質問紙によるマルチメソッド・アプローチ』ミネルヴァ書房

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