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心理学ライフ
ベルギービールの多様性を楽しむ
清河幸子(きよかわ さちこ)
Profile─清河幸子
2005年,東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程満期退学。博士(教育学)。専門は認知科学,教育心理学。著書は『心のしくみを考える』(分担執筆,ナカニシヤ出版)など。
「趣味はベルギービールです」と書くと,ただの「飲んだくれ」のように思われるかもしれません。ある意味,「その通り」なのですが,ベルギービールには「飲んでおいしい」だけではない魅力があるように感じています。本稿ではその一端をご紹介できればと思います。
まず,一口に「ベルギービール」と言っても,「ベルギーで醸造されたビール」というだけですので,実際には様々なものが含まれます。「ヒューガルデン・ホワイト」や「シメイ・ブルー」といった銘柄をご存知の方も多いかと思いますが,これらは一部のカテゴリを代表するにすぎません。三輪・石黒(2011)によれば,「ヒューガルデン・ホワイト」は「ホワイト・ビール」,「シメイ・ブルー」は「トラピスト・ビール」に分類されます。また,これら以外にも,フルーツを使った低アルコールで飲み口の優しい「フルーツ・ビール」,野生酵母を使った独特のくせと酸っぱさが病みつきになる「ランビック・ビール」などが存在し,少なくとも10のカテゴリに分けられるようです。
この味わいの多様性に加えて,銘柄やブランドごとに専用グラスやコースター,王冠などがあることもベルギービールの魅力として挙げられるのではないでしょうか。特に専用グラスに関しては,見た目が美しいだけでなく,アルコール度数が高いビールには聖杯型(傾けにくいのでゆっくり飲むことを促す),泡立ちがよいビールにはチューリップ型(くびれ部分で泡を固めて泡持ちをよくする)といったように,注がれるビールをおいしくいただくのに適した工夫がなされているようです。
と,ここまで読み進めてきて,「結局飲んでるだけではないか」と思われた方も多いのではないかと思います(私自身がそう思いました)。そこで,「ベルギービールは研究の題材にもなる!」という点についても触れておきたいと思います。2013年11月に,大学近くのビール小売店の協力を得て,指導生の大橋のりみさんと買い物に関する研究を行いました。当初は,買い物客に対して「店員の働きかけに対する評価」と「買い物に対する満足度」への回答を求め,その関連を検討することを予定していました。しかし,ただ実態調査をするだけでは「物足りない」という思いが払拭できず,「現実に起こりそうで,店員さんの『腕の見せどころ』となるような状況を扱えないだろうか」と考えた結果,「その店で扱っていない商品を買いに行く」という底意地の悪い状況設定を思いつくに至りました。200種類を超す品揃えを誇るその小売店では,「まだ知られていない商品を知ってもらいたい」とのポリシーから,ベルギービールの「顔」とも言える「ヒューガルデン・ホワイト」が取り扱われていませんでした。この状況を「活用」し,「友人に珍しいビールをプレゼントするために『ヒューガルデン・ホワイト』を買いに行く」という状況設定の下,研究参加者の方々には,買い物に臨んでいただくことにしました。「目当ての商品がない!」という不測の事態に遭遇してから買い物を終えるまでの間に生じた店員とのやりとりを記録し,買い物に対する満足度との関連を検討した結果,満足度の高かった群ででは,「珍しさ」「飲みやすさ」などの次元の共有をもとにして別の商品を提案する「ずらし」を活用した働きかけがなされていることがわかりました(詳細は大橋・清河, 2014をご参照ください)。
ベルギービールを知る以前は,「ビール」に対する捉え方が固定的であったこともあり,さほど好きな飲み物ではありませんでした。それが,今では「夏場はランビック,冬場はトラピスト」のように,季節に合わせて様々なビールを楽しむに至っています。また,単に味わうだけではなく,グラスやコースターを見て楽しみ,時には研究の題材として楽しむことができるのも,ベルギービールのもつ多様性のおかげかもしれません。
文献
- 三輪一記・石黒謙吾(2011)『ベルギービール大全<新>』アスペクト
大橋のりみ・清河幸子(2014)買い物に対する満足度を高める店員からの働きかけ:ベルギービール小売店における調査から.『電子情報通信学会技術研究報告ヒューマンコミュニケーション基礎』113, 161-164.
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