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【特集】

高齢者とセックス

黒川由紀子
慶成会老年学研究所 所長

黒川由紀子(くろかわ ゆきこ)

Profile─黒川由紀子
東京大学教育学部卒業。上智大学大学院博士課程満期退学。保健学博士(東京大学)。臨床心理士。お茶の水女子大学学生相談室,東京大学医学部精神医学教室助手,大正大学教授,上智大学総合人間科学部教授などを歴任。上智大学名誉教授。専門は老年心理学,臨床心理学。著書は『回想法』(誠信書房),『高齢者と心理臨床』(誠信書房),『老いを生きる,老いに学ぶこころ』(共著,創元社),『いちばん未来のアイデアブック』(共編,木楽舎)など。

はじめに

「80歳の私はこれからどうしていけばいいのだろう」。セックスについてのインタビュー後,ある男性が真剣かつお茶目な表情でつぶやいた。セックスを考えることは,自分を掘り下げ,未来を考えることにつながる。

「高齢者とセックス」は,奥が深く広がりのあるテーマである。恋愛や芸術,犯罪や病気とも関係がある。高齢者が生きてきた人生の,夢のように素晴らしいことも,身を焦がすような過酷なことも,それによって起こった可能性がある。セックスやセクシュアリティに関する出来事は,高齢者の健康,幸福感,QOLに決定的な影響を与えることがある。高齢者は過去を生きる人ではない。セックスによる影響は,これまでのように,これからも高齢者の人生に及ぶ可能性がある。性について語ることは,社会的にタブー視されるが,特に高齢者のセックスを語ることには,否定的な考えや固定観念が強くつきまとう。高齢者の人生や生活に大きな影響を与えているにもかかわらず,「高齢者とセックス」は,表だってとりあげられることが少ない。

フォーカスグループ

ところで,私はセックスの専門家ではない。臨床心理学の立場から高齢者に関わってきたことから執筆依頼を頂いたのだと思う。新しいテーマを頂き,「高齢者とセックス」をテーマにフォーカスグループを行うこととした。今回の協力者は男性5人,平均年齢74.7歳(60〜80歳)であった。研究協力同意書に署名を得て,レコーダーで録音,逐語録をおこし,分析した。ここではその一端を紹介する。

浮かび上がってきた主なテーマは,三つに分類された。

     
  1. 1若いときと比較した変化
  2.  
  3. 2自分にとってのセックスの意味
  4.  
  5. 3パートナーや他者との関係

    1若いときと比較した変化

    「当然ですね,まあ回数とか」

    「体力の衰えはある」

    「自分は自分を老人とは思っていない。年齢によって変わらない」

    「集まってエロばなしはしなくなった。高校生の時はよくしていた」

    「年とっても,三度の飯より好きな人もいれば,あっさり手を引いてしまう人も」

    「お茶を飲んだり,ごはんを食べたり,そこまでのプロセスが面倒」

    「セックスは飽きた。やり過ぎたってだけ。そろそろ復活しようかなと思うけど」

    「若い頃は行為そのもの,年をとると『言葉』が大事」

高齢になるとセックスの頻度が減るというデータは万国共通だが,セックスに対する意識や希望の男女差,そこから生じるギャップを無視することはできない。荒木乳根子氏の「中高年のセクシュアリティ調査」(日本性科学セクシュアリティ研究会,2012調査)によると,60歳以上の有配偶男性の半数以上は,妻との性交渉や愛撫などの性交を望んでおり,女性の約8割が,夫からの精神的な愛情やいたわりのみを求めていることが示された。高齢者とセックスに関する男女間の大きな差の表れとして,「夫の誘いが煩わしい。妻だから応えろと言われるのが苦痛」といった,男性からの性行為の要求を女性が躊躇,拒否するパターンは昔から存在した。フォーカスグループの男性の中に,女性をセックスに誘うプロセス,お茶を飲んだりごはんを食べたりすることが面倒という人がいた。一般に,女性はお茶を飲んだり,ごはんを食べたり,言葉を交わす時を楽しむ。ここにも男女のずれがある。若い頃にセックスを「やり過ぎて飽きた」人も,飽きっぱなしでは終わらないようだ。そろそろ「復活」を考えているという。年をとっても波があるようだ。

  1. 2あなたにとって,セックスの意味は?
  2. 「昔は『産めよ,増やせよ』って」
  3. 「子どもを作ることが自分たちの楽しみでなく,国家のためという価値」
  4. 「本来,セックスは生物の本能,命ある限り持ち続ける」
  5. 「手を触れ合ったりして,相互信頼,安心感がある」
  6. 「抱きしめると安心」
  7. 「セックスできなくなると,目で楽しむ。街できれいな女の子見て」

戦争の時代を生きた高齢者は,セックスをして子どもを増やすことが国民の務めという考えが,今もしみこんでいるようだ。国家の繁栄のための子作りが奨励され,セックスはそのためのものだった。「自分の人生が自分のもの」であることが当たり前の今は幸せな時代だ。国家を意識してセックスに励んだ男性は,「子どもが3人できたのでもういいかな」と思ったそうだ。セックスにおいては性行為そのものより「触れ合いが大事」との語りは多い。高齢者と言えば「触れてあげましょう」などと十把一絡げに奨励することは控えるべきだが,触れ合いを求める人にとっては,触れ合いは安心感を育み,命や心をつなぐ。触れ合いは求めず,街で見かけた若い人を「目で楽しむ」ことに喜びを見いだす高齢者もいる。

  1. 3パートナーや他者との関係は?
  2. 「昔はかみさんが枕持って逃げてたけど,今はかみさんが枕持って追っかけてくる」
  3. 「妻は家族,家族とはセックスできない。近親相姦になっちゃう。妻には家族愛」
  4. 「互いに大事に年とって終わりたい。大声でけんかはしたくない」
  5. 「年中けんかしてたけど,子ども3人つくってくれたって,見方が変わった」
  6. 「元妻とランチする。セックスはしない」
  7. 「自分の過去を知っている人は懐かしい。子どもの頃の体験を話せる」
  8. 「時の積み重ねが出てくると,自分のことを知ってくれているのかと」

夫婦や家族のあり方は多様だ。均質な家族規範が強かった時代を生きた高齢者も,さまざまな分かれ道を経験している。配偶者とのセックスを重視する人もいれば,「妻とのセックスは近親相姦」と言ってのける人もいる。一方,パートナーと50年以上もの時を共有し,幾千万のけんかをはさみ,互いを尊重し労りあう気持ちが新たに生じる人もいる。高齢者の中には,子ども時代や過去の思い出を再体験することから,親密な関係になり,セックスに至る例がある。パートナーや友達と,子ども時代の体験を語ることから生まれる深いつながりの感覚は,子ども時代の体験やそれを回想する行為が,老年期になり一層意味を増すことのあらわれでもある。

セックスについて話してみて

最後に,セックスについて話すことについてのコメントをまとめた。

  • 「来るの,やめようと思ったけれど,人前で話すことないし,話してすっきりした」
  • 「色々な集まりがあってもセックスの話はしない。こんなにしゃべるとは思わなかった」
  • 「一緒に話した仲間は戦友」
  • 「普段できない話ができていい機会だった」
  • 「真っ昼間のこんな時間に核心をついたような話ができたのは初めてです」
  • 「あらためてセックス,まじめに考えたのはいい機会だと思った」

「高齢者とセックス」をテーマにしたフォーカスグループで,参加者の姿勢は驚くほどオープンだった。フォーカスグループに参加した感想は,「話ができて良かった」「戦友みたい」と親密さが増したことを示唆するものが多かった。人前で語ることの少ない特殊なテーマが,自分をふりかえり,未来を考える契機となったようだ。「このメンバーで,夜また会って呑もう」との提案でお開きとなった。今後は,女性グループや男女混合グループへのインタビューも試みたい。

WHOによる性の健康

Photo by Jushin Tsumura
Photo by Jushin Tsumura

WHOによると,性の健康(sexual health)とは,性に関して身体的,情緒的,精神的,社会的に良好な状態と定義されている。高齢者とセックスに関する学術論文は,米国や英国の高齢者を対象に,セックスが健康の文脈で論じられるものが多い。日本の高齢者を対象とし,セックスを健康の文脈で捉える研究は限られている。

西洋文化では,セックスは「健康」であるための大切なファクターであるとの認識に対し,東洋文化では,セックスは恥ずかしくタブーであると認識されることが多いのはなぜなのだろうか。「セックス」のオープンさの程度は,国や文化によって異なる。今後は,日本でも,セックスを健康の文脈で捉える研究が増加するのだろうか。

もっとも江戸時代の浮世絵,春画には,世界があっと驚くようなリアルな「セックス」場面が多く登場する。アートの世界では,「セックス」へのタブー視に対する挑戦が行われていた。

セックスは高齢者の権利

「高齢者とセックス」をタブー視せず,高齢者の権利として,オープンに取り組む施設がある(New York Times, 2016)。アメリカのニューヨーク州にある老人ホーム「ヘブライ・ホーム(Hebrew Home)」である。この施設では入居者同士の恋愛を奨励し,「性表現ポリシー(sexual expression policy)」を掲げる。高齢者が性生活を送る権利を種々の方法でサポートしている。870名の入居者のうち,40名が恋愛関係を楽しんでいるという。施設側は恋愛をしたい入居者に積極的なサポートをし,「G-Date(Grandparent Date)」との出会い系サービスや,ダンスパーティーなどを定期的に開催している。さらに,性感染症を防ぐため避妊具を配り,施設内で自由にセックスができるよう配慮している。ヘブライ・ホームを経営するダニエル・レインゴールド氏によると,性表現ポリシーを掲げることは,高齢者の権利を守るだけでなく,高齢者ケアにあたるスタッフに対し,分かりやすいガイドラインを示すためにも重要であるという。スタッフは,業務外のことでやらなければならないことが増えるが,入居者の恋愛や人との出会いをサポートすることを心から喜び,楽しむ。今後,セックスに対し,自由でオープンな考え方や体験を持つ世代が高齢化することを考えると,この取り組みは示唆に富む。

高齢者とセックスをめぐる今後の課題 ─ヘルスプロモーションの必要性

今後は,高齢者とセックスをめぐり,「ヘルスプロモーション」という視点からの性教育の普及が求められる。高齢者の中には「生殖」という役割を終えた認識から,避妊具などを使用せずに性交渉を行う確率が高いため,性感染症などの知識を普及することが求められる。高齢者はセックスに関する悩みを「恥」と感じ,偏見を恐れ,生殖器官の衰退や性病に対する治療が遅れることが珍しくはない。したがって,「高齢者とセックス」に関する知識[例:ED(勃起不全),hypogonadism(性腺機能不全症),FSD(女性性機能障害),それらの予防法など]を共有し,高齢者がセックスの悩みを相談できる外部機関へのアクセス情報を提供することが必要となる。

HIVを専門とする臨床心理士によれば,HIV予防にコンドーム使用を推奨する動きがあるが,これに反発する団体が「性欲を抑えることが大事」と抗議してきたことがあったという。欲望が悪,欲望を抑えることが善といっても,「性欲を抑えさせる」ことは,「食欲を抑えさせる」ことに近い。コンドームを使用せずにセックスすれば,HIVや性感染症の拡大のみならず格差や貧困問題につながる(矢永, 2017)。高齢者のHIV感染者は増加している。性感染症予防の点から,コンドームの使用が推奨されるべきだろう。高齢者と関わるスタッフの中には,性的欲求をダイレクトに向けられて困惑する人もいる。すべて受け入れるわけにはいかない。高齢者の性的欲望や性的行動をどのように捉え,どのように対応するか,今後重要な課題として議論を深めるべきである。

おわりに

あなたは,恋する認知症の人に会ったことがあるだろうか。昨今,恋する認知症の人が,恋愛を経てセックスに至る例が少なくない。セックスの周辺には,種々の課題があるが,誰かを好きになり,一緒にいたいと思い,触れたいと切望し,セックスに至る。若年であれば,至って健康なナチュラルプロセスと捉えられる。高齢者は生殖のためにセックスをしない。人間が生殖のためにセックスをしない希有な生物であるとすれば,高齢者が妊娠を目的としないセックスをすることは,人間のセックスを象徴する行為ともいえる。どの年齢層においてもセックスは,人生に喜びや豊かさを加えると同時に,哀しみや絶望に陥れる可能性がある。セックスの二律背反を生きるのは,他の年齢層も高齢者も同じである。

高齢者とセックスのテーマは,人間が生きること,死ぬこと,かけがえのない人との関係を映す鏡である。

文献

  • 高年セクシュアリティ調査特集号.『日本性科学会雑誌』32, 81.
  • Basson, R.(2001)Using a different model for female sexual response to address women’s problematic low sexual desire. Journal of Sex and Marital Therapy, 27, 395-403.
  • HIV検査完全ガイド.http://www.hiv-support.com/
  • Hu, W.(2016, July 12)Too old for sex? Not at this nursing home. The New York Times. Retrieved from https://www.nytimes.com
  • 坂爪真吾(2017)『セックスと超高齢社会:「老後の性」と向き合う』 NHK出版新書
  • 内野英幸(2005)高齢者における性と健康.『老年精神医学雑誌』16, 1225-1231.
  • 矢永由里子(2017)personal communication

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