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【特集】

性教育とリプロダクティブヘルス/ライツ

宋 美玄
丸の内の森レディースクリニック 院長

宋 美玄(そん みひょん)

Profile─宋 美玄
2001年,大阪大学医学部医学科卒業。同年に医師免許取得。医学博士。大阪大学産婦人科,川崎医科大学講師,ロンドン大学病院胎児超音波部門への留学などを経て,2017年9月に丸の内の森レディースクリニックを開業。著書は『女医が教える本当に気持ちいいセックス』(ブックマン社),『産科女医が35歳で出産してみた』(ブックマン社),『女医が教える これでいいのだ! 妊娠・出産』(ポプラ社),『少女はセックスをどこで学ぶのか』(徳間書店)など。

リプロダクティブヘルス/ライツは「性と生殖に関わる健康・権利」である。個人的な性的嗜好や性行動に関する権利と健康を表す,セクシャルヘルス/ライツという言葉もあるが,リプロダクティブヘルス/ライツはより生殖に直結した健康・権利である。人種・性別・年齢などにかかわらず誰でも守られるべき健康・権利であるが,他者との関係性,家族や社会の影響も受けるため,思春期からの知識や意識の教育は重要と考えられる。

リプロダクティブヘルス/ライツという概念は,子どもと母親を守る母子保健という公衆衛生の観点から発展したが,妊娠中から産後だけでなく,思春期,更年期も含む全てのライフステージにおいて健康と権利を守るという個人の権利に広がっていった。「人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ,生殖能力を持ち,子どもを産むか産まないか,いつ産むかを決める自由を持つこと」という考え方が1994年にエジプトのカイロで開催された「国際人口開発会議」ICPD(International Conference of Population and Development)にて採択された。国家や社会,家族に強制されず,カップルが望んだように妊娠出産をする権利という意味を包括するが,カップル間の意見が合わなかったり,パートナーに性交や妊娠出産を強要されることもある。また,健康を守るためには,安全で快適な妊娠出産をサポートする医療体制と,ヘルスケアにかかわる適切な情報提供体制が必要である。それだけでなく,生殖における個人のライフプランを叶えるためには,生殖に関する基礎的な知識,避妊法,生殖可能年齢や不妊に関する知識,性感染症とその予防法について,あらかじめ知っておく必要がある。そして,必要な相談,医療へのアクセスが十分に確保されることも必要である。また,知ってさえいればライフプラン通りの人生が送れるというものでは決してなく,産みたい人が欲しいだけの子どもを産む選択がしやすくなるような社会構造を実現し,産みたくない人が周囲の人たちや社会から産まないといけないような圧力をかけられたりすることがないようにならなくてはいけない。

リプロダクティブヘルス/ライツを守るためには教育現場に求められる役割は多い。性や生殖にかかわることは,「家庭で学習すべきこと」という意見もあるが,家庭での学習の質は当然のことながら一定ではない。親の持っている知識が正しくなければ適切な教育は期待できないし,子どもへの関心度や性教育のモチベーションにもばらつきがある。また,産婦人科臨床の現場にいる立場から言えば,家庭での教育がしっかりしているとは言えない家庭の子どものほうが若年から性的接触を始める傾向にあると言える。生きていくのに必要なものである性教育を家庭に任せきりにはできず,学校という教育現場で健康を守るために必須となる知識と,性や生殖にかかわることを自己決定する権利について教わる必要がある。

学校での性教育はどうなっているのか。文部科学省のホームページで,「健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会(平成17年7月27日)」の「全ての子どもたちが身に付けているべきミニマムとは?」というテーマの審議内容を見ることができる。

・(性教育全体として)学校における性教育については,子どもたちは社会的責任を十分にはとれない存在であり,また,性感染症等を防ぐという観点からも,子どもたちの性行為については適切ではないという基本的スタンスに立って,指導内容を検討していくべきである。

・(中学生の教育)男女は,互いに異性についての正しい理解を深め,相手の人格を尊重する。

・(中学生の教育)性に対する正しい理解を基盤に,身体的な成熟に伴う性的な発達に対応し,適切な行動がとれるように指導・援助を行うことが大切である。特に,性に関する情報があふれる現代社会にあっては,自己の行動に責任をもって生きることの大切さや,人間尊重の精神に基づく男女相互の望ましい人間関係の在り方などと結び付けて指導していくことが大切である。

以上、文部科学省(2005)「学校教育全体(教科横断的な内容)で取り組むべき課題(食育,安全教育,性教育)と学習指導要領等の内容」から引用。

まず,「全ての子どもたちが身に付けているべきミニマムとは?」という審議内容より,性教育は「ミニマム」であるべきだという前提がうかがえる。子どものうちは性行為をすべきではない,だから「寝た子を起こすな」という考えによるものである。ここで詳しく触れるのは避けるが,思春期の性教育により性行動が活発になるという心配は根拠に乏しい。そして,自分のことは自分で決めてよいという権利について教えるのではなく,相手を尊重することと自分の起こした行動には責任が伴うということが重んじられている。

高校生用の保健体育の教科書で,リプロダクティブヘルス/ライツにかかわることがどのように教えられているか調べたところ,以下のようであった。

・性と生殖との関連には記載のない,総合的な「健康」に関する「意志決定」と「行動選択」については触れられている。

・国際連合の「世界人権宣言」,WHO(世界保健機関)の「世界保健機関憲章」,日本国憲法第25条を引用し,健康に関する権利について触れられている。

・感染症について,性感染症(中でもエイズがとりわけ強調されている)とコンドームによる予防について触れている。男女の生殖機能に関して,女性は性周期(月経周期)と基礎体温について(図1),男性は性的快感と射精について触れられている。また,男性が性欲快感を得るためのマスターベーションは健康に害がないことが書かれているが,女性の性的快感やマスターベーションについては記載がない。

・性意識と性行動の選択について,固定観念をもとに異性に対して期待するのではなく,相手と対等な立場に立ち尊重することが書かれている。

・「性に関する情報と性行動」という項では以下のような記載がある。「高校生はさまざまな情報源から,性に関する情報を得ています(図2)。しかし,友人や先輩から得られる性情報は, 同じような関心をもつ立場から性についての悩みや不安に答えてはくれますが,科学的な正確さに欠ける場合も少なくありません。また,雑誌や,ビデオ,テレビ,インターネットなどのなかには,人がもつ性的な関心や欲求を利用して利益を上げるために,興味本位に性を取り上げて,判断を誤らせるようなものも含まれています。そのため,性情報をそのまま無批判に受け入れるのではなく,正しいかどうかを判断することが大切です」。

・「性にかかわる意志決定・行動選択」という項では,「一時的な感情ではなく,自分の人生設計を明確にし,相手に自分の意志を伝えて対等に話しあうとともに,相手の立場や感情,考え方や生き方を尊重し,行動の結果とそれに対する責任を自覚した上で判断し,意志決定・行動選択することが求められます」と書かれている。

・妊娠・出産については,妊娠成立から出産までの基礎的な知識だけでなく,パートナーが母親を支援することの重要性や,妊婦健診,母子手帳など公的なサポートについても書かれている。一方で,帝王切開という出産方法があることや,出産には危険が伴うということは書かれていない。

・家族計画と人工妊娠中絶という項ではバースコントロールについて書かれている。避妊法についてはコンドーム,ピルについて触れられている(表1)。人工妊娠中絶については,「女性にとって身体的な負担が大きく,精神的にも大きな傷を残すことになります。おこなう時期が遅くなるほど健康を損なう可能性は高くなります。中絶という新しい命の芽をつむ行為をしないためにも,妊娠を望まない性交の場合には,確実に避妊することを忘れてはなりません」と少し脅すような表現も見られる。具体的な年齢の記載はないが,生殖の適齢期について記載がある。

以上、大修館書店発行(2016)『現代高等保健体育 改訂版』から参照。

表1 コンドームと低用量ピルの特徴 [出典]大修館書店発行『現代高等保健体育 改訂版』p.72.表1
  コンドーム 低用量ピル
使用方法と留意点
  • 男性の陰茎が勃起状態になってから,性交前に装着する。装着時には,精液だめの空気を抜く。
  • 陰茎の勃起前に装着したり,射精後すみやかに処理しなかったりすると,はずれて精液が膣内に漏れることがある。
  • 袋の切り口や爪によってコンドームが傷つくと,使用中に破れることがあるので注意する。
  • 比較的容易に購入でき,比較的安価である。
  • 女性が,28日を1周期として21日間服用し,7日間服用を休止する。
  • 長期間の使用が可能だが,服用を忘れると避妊効果が期待できない。
  • 購入には婦人科の医師の診察を受けて処方箋を出してもらう必要がある。検査費用も含めるとやや高価である。
性感染症に対する予防効果
  • 効果がある。
  • 効果がない。
副作用
  • ない。
  • 使用開始初期に,気持ちが悪くなる。吐く,めまい,乳房が張る,体重が増える,頭痛,性器からの出血などの症状が出ることもある。

高校の保健体育の教科書では,健康の権利については記載があるものの,性と生殖の権利については触れられていなかった。性行動の責任の重さや相手を尊重することの重要性については書かれていて,性行動について慎重になるように促しているように感じられる。「性に関する情報と性行動」の項では,世の中に出回っている性に関する情報の不確実性や危険性について書かれているが,残念なことに現在の学習指導要領ではバースコントロールや性感染症の予防については教えるが,性行為そのものについては全く触れない。世間に出回る情報は不確かで,適切なものを選び取ることが重要だということを書くなら,教科書に性に関する適切な情報を記載すればよいはずだが,それができないという自己矛盾を内包している。性行為,性的ファンタジー,性的嗜好,マスターベーションなどについて,教育現場で適切な情報を得られないことは,セクシャルヘルスにはマイナスと考えられる。

現実としては,私立学校のように必ずしも学習指導要領どおりの性教育を行なっていない学校もあり,学校ごとに性教育の内容と量には差があると考えられる。現在の学校教育における性教育は,リプロダクティブヘルスは守られるかもしれないものの,性に関して「ミニマム」なことしか教えない,肯定的に教えないために,リプロダクティブライツすなわち権利という概念はほとんど教えられていない。リスクや責任ばかりでなく,自分の体,性,生殖について自分で決定してよいということを,思春期のうちに学ぶ機会が求められると考えられる。

学校における性教育に問題を感じている専門家たちは,学外講師による授業の必要性を論じている(北村, 2013;松峯, 2013)。学外講師に対し,講義内容を制限したり注文をつけたりする学校もあるが,それでも医師・助産師など専門職の学外講師が伝えられることは多い。日本産婦人科医会女性保健部が作成した,産婦人科医が行う中学生高校生向けの性教育スライド「思春期ってなんだろう?性ってなんだろう?平成23年度改訂版」では,第二次性徴や,月経のしくみ,妊娠出産について,性感染症,バースコントロールと人工妊娠中絶,デートDVなどに加えて,「性ってなんだろう?」という項目にリプロダクティブヘルス/ライツが含まれている。このようなスライドに沿って産婦人科医が学外講師として性教育を行えば,必要な医学的知識に加えてリプロダクティブヘルス/ライツについても認知させられる可能性が高まると思われる。

学習指導要領どおりの性教育では不足があるとはいえ,学校という現場を離れて教育や情報提供をするインフラの構築は一朝一夕にできるものではない。専門職による学外講師をうまく活用しながら,必要な知識と権利の概念が日本中の学生に教えられるようになることを願う。

文献

  • 北村邦夫(2013)日本における性教育の現状と課題.『思春期学』 31 , 269-275.
  • 松峯寿美(2013)地域における性教育活動への提言.『思春期学』 31 , 276-279.
  • 文部科学省(2005)学校教育全体(教科横断的な内容)で取り組むべき課題(食育,安全教育,性教育)と学習指導要領等の内容.(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/022/siryo/06092114/001/004/003.htm)
  • 大修館書店発行(2016)『現代高等保健体育 改訂版』

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