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【小特集】

音楽療法がもたらす効果とは?

田部井賢一
三重大学大学院医学系研究科認知症医療学講座 助教

田部井賢一(たべい けんいち)

Profile─田部井賢一
日本大学芸術学部音楽学科卒業,同大学院芸術学研究科音楽芸術専攻修了。同大学院総合科学研究科生命科学専攻単位取得退学。専門は認知神経科学,音楽知覚認知。著訳書は『音楽と脳科学』(共訳,北大路書房)など。

音楽療法とシステマティック・レビュー

音楽療法は,児童施設,高齢者施設,病院など,世界中のさまざまな場面で行われています。それを反映するかのようにCochrane Database of Systematic Reviewsで,“music therapy”とキーワード検索をすると,25件ヒットします(2017年7月時点)。検索結果は統合失調症,自閉スペクトラム症,うつ,認知症,脳損傷,呼吸器疾患,失読症,冠動脈心疾患,がん,不眠症,そして痛みや術前不安の軽減に関する研究など,多岐にわたります。コクラン・ライブラリーは,ランダム化比較試験を中心したシステマティック・レビューであるため,PubMed等で症例報告を検索すれば,音楽療法の対象はさらに多岐にわたっていると実感できます。

では,音楽療法の効果はどのくらい認められているのでしょうか? 12のシステマティック・レビューが,音楽療法に効果があるかもしれないと結論づけています(表1)。特に不安の軽減を示したシステマティック・レビューが多いです。この結果をみて,意外と多い,いや少ないと読者はそれぞれに思うでしょう。私自身は音楽療法の使用場面の多さと比べて,効果の割合は少ないと感じました。

音楽療法の効果を研究していく上で,問題となっていることは何なのでしょうか? それは往々にして,個々の研究の方法論的な質が低く,実験参加者数が少ないことです。そのため音楽療法の効果を評価することができないと結論づけているシステマティック・レビューが約半数を占めます。しかも効果があったという12の研究報告においても,効果があるかもしれない(原語ではmay)という但し書きの研究が多数です。

音楽療法は,「音楽の持つ生理的,心理的,社会的働きを用いて,心身の障害の回復,機能の維持改善,生活の質の向上,行動の変容などに向けて,音楽を意図的,計画的に使用することをさすもの」と,日本音楽療法学会では定義されています。また,オルフェウスが竪琴を病の治療に用いたというギリシャ神話の記述が,多くの音楽療法の専門書にあるように,その歴史は実は古いです(例えば,渡辺, 2011)。

19世紀に入ると,古代では認識されていた音楽の心理的効果や,抑圧された感情や体験を外部に表出して心の緊張を開放する効果であるカタルシス効果が再び注目されるようになり,施設や病院で音楽プログラムが実践されました。特に音楽の情動への影響に関するものであり,対象はうつ病などの精神症状でした。

20世紀になると,第二次世界大戦の心理的外傷のある戦病兵士に対するケアが注目されるようになり,そのケアの一つとして音楽療法が取り入れられるようになりました。そして音楽療法の対象が精神発達遅滞を有する児童や身体障害を持つ患者に拡大し,さらに高齢者にまでその領域が広がりました。音楽療法で医療保険点数の取得が可能な国もあり,音楽療法士が医療の場で活躍しています。

表1 音楽療法に効果があるかもしれないと結論づけたシステマティック・レビュー
報告者 対 象
Monika Geretsegger et al. 2017 統合失調症
Jenny T van der Steen et al. 2017 認知症
Wendy L Magee et al. 2017 脳卒中
Joke Bradt et al. 2016 がん
Kira V Jespersen et al. 2015 不眠症
Joke Bradt et al. 2014 人工呼吸器装着患者
Monika Geretsegger et al. 2014 自閉症
Joke Bradt et al. 2013 心冠動脈疾患
Joke Bradt et al. 2013 術前の不安
Khadra Galaal et al. 2011 内視鏡検査前の不安
Malinee Laopaiboon 2009 帝王切開時の不安
Anna Maratos 2008 うつ

音楽療法の転換期

このような歴史を辿ってきた音楽療法も現在,転換期にあります。一昔前の「(私の)音楽の持つ力がこの患者の症状を改善させた」という症例を中心とする研究から,次の段階に移行しつつあります。 Evidence Based Medicine(EBM)という言葉があり,治るという証拠(根拠)のある医療のことを指します。現在,所属講座では,佐藤正之准教授を中心に音楽療法の効果について科学的な証拠(根拠)を示すために,主に認知症・脳梗塞・失語症を対象とした研究を行っています。

偶然性の強い個人的な経験や観察に基づくこれまでの研究から,体系的に観察・収集されたデータに裏づけされた研究への転換を目指しています。そのためには先行研究と病態をふまえた仮説の設定と,その正当性を検証できるようなパラダイムが重要となりますが,なかなか一筋縄ではいきません。

その理由のひとつは,対象者と介入方法の多様性の問題があります。患者の症状はさまざまであり,症状の進行も異なっています。もちろん音楽の学習経験もさまざまで,時には音楽が好きではないという方にも出会います。

介入方法に関しては,音楽療法には受動的,能動的など多くの方法があります。患者の好きな楽曲がいいのか,それとも青春時代の流行歌がいいのか,さらにどのくらいの時間が適しているかなど,手法の多様性のために介入方法は個人的な経験や観察に基づいているところが多いのが現状です。患者に合わせた介入方法が可能であるというメリットはありますが,偶然性の強い個人的な方法であり,また療法士のスキルに依存することになり,体系的に観察・収集されたデータに基づく方法とはほど遠くなってしまいます。

図1 介入後の脳容積の変化
図1 介入後の脳容積の変化

音楽療法と認知症

最後に,当講座の認知症予防・進行抑制に関する研究を紹介します。定期的な運動は,高齢者の認知症の予防,あるいは認知機能の低下を抑制すると多くの観察研究において示されており,積極的に推奨されています(日本神経学会監修, 2010)。さらに,運動に認知機能訓練を組み合わせることでさらに効果が見られることが示されています(Fabre et al., 2002; Oswald et al., 2006; Shatil, 2013)。また,音楽には運動と密接な関連があることが知られています(Miura et al., 2011, 2013)。

そこで,健常高齢者に運動と音楽を組み合わせた介入を行った場合,運動のみよりもさらに効果があるのかどうかを調べたのが,三重県の御浜町と紀宝町で行った御浜-紀宝プロジェクトです(Satoh et al., 2014; Tabei et al., 2017)。全国的にみても両町の高齢化率は顕著で,20年後の日本の平均とほぼ同等にまで進んでいます。そのため,両町での介入結果は20年後の日本に応用できる可能性があります。約150名の健常高齢者を対象とした研究でしたが,運動と音楽を組み合わせた介入は,運動のみよりも視空間認知機能を向上させ,前頭葉容積を維持・増加させることを示しました(図1)。また認知症患者を対象とした研究では,認知症の進行抑制にも有効であり,日常生活の動作の悪化を防ぐことを示しました(Satoh et al., 2017)。脳の容積の結果に関しては,対象が高齢ということから神経細胞が増えたことは考えにくく,介入した結果,血流量増大から血管形成に変化が起こり,容積の増加として結果が出てきたのではと考えています。

音楽療法には効果があると思います。医療の現場で怪しいものと思われないためにも,一歩ずつ地道な行程ではありますが,方法論的に質が高く,実験参加者数が多い研究でその効果を示していきたいと思います。

文献

  • 阿部純一・桃内佳雄・金子康朗・李光五(1994)『人間の言語情報処理:言語理解の認知科学』サイエンス社
  • Abe, J. & Okada, A.(2004)Integration of metrical and tonal organization in melody perception. Japanese Psychological Research, 46, 298-307.
  • 岡田顕宏・阿部純一(1999)「メロディの認識:拍節解釈と調性解釈を統合した計算モデル」長嶋洋一・橋本周司・平賀譲・平田圭二(編)『コンピュータと音楽の世界:基礎からフロンティアまで』共立出版 pp.199-215.

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