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私の出前授業

高校性、「顔」について考える

小松佐穂子
徳山大学福祉情報学部 准教授

小松佐穂子(こまつ さほこ)

Profile─小松佐穂子
2009年,九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。博士(心理学)。九州大学大学院医学研究院非常勤研究員,九州大学大学院人間環境学研究院学術研究員,徳山大学福祉情報学部講師を経て,2016年より現職。専門は実験心理学,認知心理学。著書は『本当のかしこさとは何か:感情知性(EI)を育む心理学(心理学叢書4)』(分担執筆,誠信書房)など。

2016年9月11日,京都女子大学にて「ひらめき☆ときめきサイエンス〜ようこそ大学の研究室へ(科研費,研究成果の社会還元・普及事業)」「あなたは『木を見て森を見ず』か『森を見て木を見ず』か(代表:箱田裕司(京都女子大学教授))」が開催され,京都市内外から心理学に興味を持つ高校生や保護者の方,引率の先生など20名の方が参加されました。

この講座では認知心理学のテーマの中から認知特性の個人差に焦点を当て,全体に注意を向けるグローバル処理(『森を見て木を見ず』)と部分に注意を向けるローカル処理(『木を見て森を見ず』)があること,そしてそこに個人差はあるのかという問いについて授業をしました。箱田先生から一般的なグローバル処理とローカル処理についてNavon図形(小さな数字で大きな数字が形づくられている)を使った課題等が実施され,それらの処理傾向が場面の知覚や記憶とどう関わっているかがお話しされました。私は,顔認知の観点からのお話をしました。本稿ではその「顔のグローバル/ローカル認知─人物認知と表情認知」の話をします。

顔におけるグローバル処理とローカル処理

顔認知とグローバル処理/ローカル処理は,切っても切れない関係にあります。なぜなら,顔認知ではグローバル処理(顔研究では「全体処理」と呼ばれる)がとても重要であると多くの研究が示しているからです。特にその顔が誰であるか認知する人物認知では,部分(目,口など)を処理するだけでは不十分で,顔を全体として処理することが重要だと言われています。

人物認知における全体処理の重要性

全体処理の重要性は,次の四種類の研究によって示されています。一つ目は,顔の一部分(目のみ,口のみ)を提示しただけではそれが誰かを答えることが難しいという研究です。私はこの話をするときにはいつも,芸能人の方の顔写真を使います。顔全体を隠して目や口だけを見せて,高校生に誰かを当ててもらいます。最近は女優の石原さとみさんの写真を見せていますが,やはり目だけではわからないようです。

二つ目の研究は,低空間周波数画像(粗くぼかした画像),すなわち部分がわかりにくい顔画像でもそれが誰かはわかるというものです。続けて三つ目は,スクランブル顔を用いた実験です。スクランブル顔とは,眉,目,鼻,口の上下配置を入れ替えた顔画像のことで,配置情報(≒全体情報)が間違っている画像です。この顔画像に対して誰かを答えさせると,正しい配置情報の顔画像に比べ回答が遅くなることがわかっています。こちらの話も授業では,芸能人の写真(今回はビートたけしさんとダウンタウンの松ちゃん)を使って答えてもらっています。

四つ目は合成顔効果です。これは別の人物の顔の上下半分ずつを合成すると,元の人物の認知が困難になるというものです。合成顔によって新しく作られた顔の全体情報が,元の人物認知を困難にするのです。授業では,この例が一番おもしろく感じてもらえます。今回は向井理さんと小栗旬さんの顔の上下半分を合わせてそれぞれ誰かを答えてもらいましたが,普通に見ただけではわからないようで,高校生は自然と顔の下半分を隠して見ていました。そうしないと認知できないくらい,新しく作られた全体情報が強いことを示していると言えます。

以上が人物認知で全体処理が重要であることを示す研究でした。これらの話題は多くの心理学テキスト,顔に関する書籍に書かれてあります。その一方で,今回の授業では人物認知だけでなく「表情認知」に全体処理と部分処理がどう関わっているかもお話ししました。

表情認知とグローバル/ローカル処理

「表情ではグローバル処理とローカル処理のどちらか重要でしょうか」と今回の授業で尋ねたところ「ローカル処理」という答えが返ってきました。理由を聞くと「笑顔などは目や口の形だけでわかるから」と。確かにその通りで,表情認知とローカル処理(部分処理)を結びつける話として,表情研究の第一人者であるエクマンが開発したFACSシステム(Ekman et al., 2002)の話をしました。FACSとは表情筋に基づいて顔の動きを番号化したもので,例えば1番の動きは眉の内側を持ち上げる,2番は眉の外側を持ち上げるなどと番号化され,これらを組み合わせると表情になります。授業ではどの番号で動かせばどの表情になるかを説明して,実際に表情を作ってみました。

表情認知と部分処理の関係については,怒り,悲しみ,恐れでは顔の上部特徴が,喜び,嫌悪では下部特徴が重要であることが明らかにされています。したがって高校生も答えた通り,表情認知では部分処理,人物認知では全体処理という二分法的な話になりそうでした。しかし私がこの授業のために調べた先行研究の中に,表情認知でも全体処理が行われていることを示す研究があったのです(Calder et al., 2000)。この研究は表情を使って,先に述べた合成顔効果を検討していました。実験の結果,顔の上下半分で異なる表情を使用すると,表情でも合成顔効果が生じること,すなわち全体処理が行われていることが示されました。そこで授業では,表情認知では全体処理と部分処理のどちらが重要かについての研究はまだまだこれからです……というところで話を終えました。

高校生に伝えたかったこと

今回講義をする上で私が大事にしたのは,最新知見を紹介することもそうでしたが,それは世界中の研究者が日々研究に取り組んでいる結果であり,人ごとではなく,心理学を学びたい高校生の皆さんが大学に進学し自らも研究室で研究を進めていく可能性を示すことでした。そのためにまずは現象を体験してもらい,知識を提供しながらなぜそれが起こるのかなどを自ら考えてもらいました。「なぜこうなると思う?」と問いかけ,どのような考えも否定せずに聞いてみると,高校生も正直で自由な考えを話してくれました。「研究をやってみたい!」という彼らの気持ちに火をつけられたかはわかりませんが,今回のような授業を通して少しでも多くの高校生が心理学の研究に興味を持ち,希望の種となることを心から願います。

文献

  • alder, A. J., Young, A. W., Keane, J. & Dean, M.(2000)Configural information in facial expression perception. Journal of Exerimental Psychology: Human Perception and Performance, 26, 527-551.
  • kman, P., Friesen, W. V. & Hager, J. C.(2002)Facial action coding system(FACS). Salt Lake City, UT: A Human Face.

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